#91 沼地のスライム



「負けました」

「マナの勝ちっすー!」



 既に到着しているマナさんのもとへお舞い降りる。手をブンブン振って出迎えてくれる姿は、まるでのどかな田舎で元気に働く風車のようだ。


 しかし……移動速度で負ける日がくるとは。



「無念……」

「ジャパニーズサムライっすね!」




[コラコーラ::成長を感じる]

[階段::やはりお主も武士の血筋が……!]

[天麩羅:¥1020:切腹しとく?]



 どこでそんな単語を覚えたのかはもうツッコまないとして、



「そんなことより、さっきの光の盾です」

「あー、あれはこのじ……武器のスキルっす!」


「何か言いかけました?」

「かみゅ……噛んだだけっす」



 ん〜、あざとい子!

 悪い狼が寄りつかないように私が守らないと。



 そんな風に内なる母性あるいは父性を肥大化させていると、目の前にある沼がうごめきだした。少しずつ膨れていき――



「あれ、聞いてるより大きくないですか?」

「しかも有核種じゃないっすね」



「有核種?」

「弱点を守るための核が見えてるやつのことっす」



 以前帝国で遭遇したのも核は無かったが、あれは後から聞いた話だと連合国のスー・イー姉妹の分身だったらしいし、その子もスライムの変異種みたいだし……スライムの変異種というのは有核種ではない個体を指すのかもしれない。



「つまり、こいつは弱点むき出しなんですか?」

「むき出しではあるっすけど、一箇所に集う弱点が満遍なく広がっているからまとめて消し飛ばさないといけないっす」



[無子::ほへぇ〜]

[カレン::博識!]

[神輿::スライム強くね?]

[発勁::消し飛ばすのむずそう]

[サーモンのたきのぼり::割とピンチな気がするのはもれだけ?]




「チート級の生存力というわけですか……っ! 来ます!」



 呑気に喋っていた私たちに怒るように、こちらを飲み込まんと迫る。



「【神盾アイギス】っす」

「【飛翔】」



 マナさんがスライムの濁流をせき止め、その隙に私は空へ。ついでにストレージから適応魔剣を取り出す。


 スライムが魔法を使うようであれば吸魔剣に切り替えるつもりだが、基本使いはこちらの方がリーチがある。



「職業、火の魔法剣士」

『職業:《魔法剣士(火)》になりました』




「火の玉よ〖ファイヤボール〗、【適応】」




 防御のために剣としての機能を発揮させ、様子見してみる。


 私の放った魔法はスライムの表面を少し炙ったが、大きさが圧倒的に足りない。効いているようには見えない。


 その上、私が攻撃してる間にもグングン大きくなっていっている。



「無理では?」

「キツいっすねー」



 盾という名のトランポリンを使って上昇してきたマナさんとともに愚痴をこぼす。



[蜂蜜過激派切り込み隊長::無理そう]

[味噌っ子::液体なら凍らせないと]

[隠された靴下::無限に再生しそう]

[ドブ::てかなんで二人が来たら大きくなったん?]



 凍らせる……いや、この未だに膨れ上がっている巨体を凍らせるなんて相当強い冷気がないと無理だろう。職業を変えて氷関連のを選んでも、スキルレベルを育ててないから足りない。



「ん? その剣、初めて見たっす」

「ああ、これは友人から頂いた{適応魔剣}という物です」


「適応っすか……?」

「私専用の武器らしいです。両手で握ると大きくなったり、私があの一時的に強くなるスキルを使うとそれに合わせて強くなったりします」



【不退転の覚悟】と{適応魔剣}の相性が良いのは、奈落での戦いで分かった。今回もそれを使えば打破できる可能性はあるが、あまり他の人がいる場で使いたくない。

 危ない私になったら巻き込みかねないし、何より――幻滅されそうで怖い。



「いいこと思いついたっす!」

「タイムです。攻撃来ます!」



 追撃の手が迫るが、マナさんのチートスキルで難なく防ぐ。


 効果時間なが。




「今から下に降りるっす。そっちの方が守る範囲も少なくて済むっすから。それに、攻撃する時も足場があった方がいいっすからね」


「よく分かりませんが、わかりました!」



 マナさんの作戦を信じて、まだスライムに侵食されていない地面に降り立つ。その瞬間、スライムの波が正面から襲ってくるが、マナさんの盾スキルは負けない。

 波というより、一点突破の槍のような形状になっているが、こちらは神の盾だ。


「少しむず痒くなるかもっす。我慢してほしいっす!」

「了解です」



 剣を両手で握る私の背に、マナさんは支えるように手をつける。



「きゃうっ!?」

「ふんにゅうーっすー!」


 背中から何かが流れ込んでくる。

 熱くて冷えていて、濃くてサラサラした何かが。


 先程の会話の流れから、この状態で【適応】を使えばいいのだろう。


「今っす!」

「【適応】」



 入り込んでくる何かに集中するために閉ざしていた目を、ゆっくり開ける。

 いつの間にか翼も光輪も出て、いつもより髪色が白っぽくなっていた。


 そして空に掲げた剣は、天を支える柱と見紛うほど大きなものと化している。



「刀身を分厚くするイメージでもう一度使うっす」

「え、はい。【適応】」



 すると、さっきまで不安定だった形状に厚みが増して、少し長さが短くなったように見えた。


 こんなバッチリかみ合った共同作業、言うなればあれだ。


「ケーキ入〜刀〜!」



 ふざけつつも、本気でそれを振り下ろす。

『レベルが上がりました』『レベルが――――




「すご」

「っすねー」



 砂埃が晴れると、スライムを消し飛ばして地面を深く抉った跡が残っていた。


 それをやりのけた剣は、いつものようにアイスの棒に成り果てている。




「一件落着ですね」

「そうっすね。この抉った穴は――」


「「知らないフリで」いくっす」



 二人で話を合わせてから、私はカメラの方を向いた。


「そういう訳で、今日はこの辺にします。いやー、あのスライムすごかったですね。抉られた地面から湧いたんでしょうかねー」




[階段::かもねー(震え声)]

[楽だ::おま原]

[紅の園:¥5000:私は何も見てません]

[天々::草]

[天麩羅::圧よ]

[蜂蜜穏健派下っ端::ひぃ]



 ヌルっと配信を終了。

 消し飛ばしてしまって依頼達成の証拠が無くなってしまったので、それをギルドに言いに行かないといけない。こういう処理を間に挟むと結果の通達まで時間がかかるだろう。


 足並みを揃えて、のんびり帰るとしよう。



「明日もデートできそうですね」

「イベントがあるっすよ?」


「皆が行かないなら私もいいかなーって思いまして」

「行かなきゃだめっすよ」


「確かに一人でも参加は可能ですけど……」

「マナたちは大丈夫っすから、楽しんで来て欲しいっす。それにイベントの話、二人とも聞きたいはずっすよ」


 確かにお土産話としてはピッタリだし、誰も参加せずにゼロより、一人でも行って折角の機会を逃さないという考え方もできる。


 マナさんはパナセアさんがレポートの片手間に見てくれるし、少し負担がかかるけど安心と言えば安心だ。



「折角の祭りですし、参加しましょうかね」

「それがいいっすよ」



 早速、とその場で参加申し込みを行う。

 最近ソロになる場面が多いが、逆に今回のような偶然が重なった時以外は基本的にチームになるから、最後のソロとして楽しもうかな。


 ソロもチームも、良い面はあるからね。

 楽しまないと損。




「マナさん」

「何すかー?」


「ケーキ入刀の後は誓いのキッスでしたっけ?」

「へ?」


「入刀の前にキッスでしたっけ? あれ、なら指輪のやつもやってないのに……結構すっ飛ばしましたね」

「ごめんっすけど何言ってるかわかんないっす」



 やだなー冗談じゃないですかーと冗談で終わらせようと思っていたが、紅潮するマナさんを見て、もう少しこのまま様子を見ていようと考え直す。



「あっつい何かを身体に流してくれたじゃないですかー」

「ただの魔――気合いっすよ!」



「あ、愛ですか……照れますね…………」

「き・あ・いっすよ! もう!」



 不貞腐れる様も非常にかわいい。

 巨大スライム討伐を含めた日常デートに感謝を。


 明日からはイベントで離れ離れなので、今のうちにマナニウムを摂取及び備蓄しておかないと。



「今日は同じ布団で寝ましょうね」

「ッ!?」


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