##77 嵐、来襲
動物の血肉や使用済みの矢が時折見られ、いよいよ目的地に近づいているのが分かってきたのは昼過ぎだった。
不公平さんのことを紹介したりしながら、私たちは代わり映えのない森の景色を堪能していた。
「――停めてください! 何か、風の音が迫ってきてます!」
車の上に寝転がっ……張り付いて見張りをしていた私は、異様な音を察知して運転席に向かって停めるように言った。
「風なんざ気にすんなや。この車は戦車が降ってきても平気って話だろ?」
「そうだぞ。パナセアのぎじゅつ? を信じるのだ」
〈どらごん〉
確かに自然の突風程度なら気にしないのだが、今回のそれはレベルが違う。風に紛れて人の気配と強者特有の圧が感じられたのである。
「もういいですよ! とりあえずシートベルトしてしっかり座席に掴まっててくださいよ」
ストレージから常に小分けにしてある硬貨を取り出し、車の上から覗き込んで車内のスイッチめがけて弾いた。誤って押さないようにガラスで蓋がされていたが、私の弾き力で強引にガラス蓋を割ってスイッチを押した。
瞬間、車内の座席がすべて勢いよく外へ射出された。私も逃げ遅れないように車の上から飛び退く。
――直後、車が木っ端微塵になった。
「全員、臨戦態勢を!」
などと言っている間に真正面の私が狙われ、風が一瞬で接近してきた。
「くっ……」
すんでのところで腰の3号を抜いて相手の剣を受け止めた。速度の乗った剣はやはり重い。
「今のを防ぐとは。ただの賊というわけではないようですな」
木剣で私の剣と鍔迫り合いをしていたのは、風を纏った目を閉ざした老人であった。盲目の老剣士なんて、かっこよすぎる。
敵意さえ向けてきていなければよかったのに。
「出会い頭に賊扱いなんて立ち振る舞いの割に過激なんですね。一体私たちが何をしたと言うんですか」
横から加勢しようとしていた不公平さんやウイスタリアさん、どらごんを目線で制して先に事情だけ聞いておく。
「ここから先は我々エルフの領域でございますゆえ、どうかお引き取りを」
「なら尚更退けませんね。そちらにストラスという者が行ったはずですので」
「ストラス? そのような者は――ああ、そういう……」
老剣士はウイスタリアさんとどらごんを一瞥してそう呟いた。
「耳長執事! 我らはあのバカに用があるのだ。王子か何か知らん! そこをどくのだぞ!」
「え、王子? ストラスさんって王子なんですか?」
「なんかそんな風に話してたのだ」
「マジですか……」
道理で向こうさんはピリピリしているわけだ。戻りたてほやほやの自国の王子に会おうとする部外者なんて面倒極まりないだろう。
「要するに押し通りゃいいんだろ? さっさと終わらせようぜ」
「あんまりイキると負けフラグ立つのでやめてください。実力行使に異論はありませんけどね」
「ぶっ飛ばすのだ!」
〈どらごん!〉
意気込む私たちに応じて相手も剣を構えた。
4対1で大人気ないでもないが、全員でサクッと終わらせた方が効率的だろう。
私は神器も解放して二刀流で構える。
「【嵐剣】」
老剣士の持つ木剣が不可視の嵐そのものとなった。一振り、嵐が振るわれる。
私たちはまとめて巨大な嵐に呑まれた。
しかも風の中に斬撃が混ざっており、向こうのさじ加減で細切れになるだろう。
「【吸魔】……やっぱり魔力じゃないから吸えないか…………ウイスタリアは私を、不公平さんはどらごんをあの人めがけて投げてください!」
近場にいる組み合わせで最大限効果がある作戦を頭の中で組み立てる。どらごんと目配せした後、私はウイスタリアさんに足を掴まれて嵐の外へ投げられた。そこに【飛翔】で調整を加えつつ、詠唱を小さく早口で流す。
〈【どらごん】!!〉
「しっ!」
どらごんは飛びかかるも吹き飛ばされる。しかし、それと同時に木が育ち、相手に巻きついた。
完璧な仕事だ。
あとは私が決める。
「――【
初手の嵐で相手の射程を見極め、その外から【無間超域】による拡張機能を乗せた必殺技を放った。
老剣士は仕方なしと未だ二人包んでいた嵐を自分に向け、その反動で拘束ごと躱してみせた。
大丈夫、当然そこまで読んでいる。
「今です!」
「まだ嵐で酔ってんだけどなっ!」
「【黒竜砲】!」
〈【どらごん】!〉
私と不公平さんは闘力による攻撃で遠距離物理攻撃を、ウイスタリアさんとどらごんはそれぞれ口からビームを出して仕留めにでた。
「【嵐の前の静けさ】」
嵐の剣を地面に突き刺すと、私たちの総攻撃は何も無かったかのように霧散した。直後、赤い線――否、空間が見えた。
「外の世界にこれほどの強者がいるとは。しかし、これにて閉幕とさせていただきましょう。【
吹き飛ばされる。足がつかない、そして何より前後左右の感覚が無くなりそうなほどぐちゃぐちゃに振り回される。
壊れかけでガッタガタの洗濯機に放り込まれたような気分だ。頭が痛い。意識が薄れる。
直接的な殺傷能力はそれほどだが、制圧力がとんでもなく強い技だ。
辛うじて周りの様子を見るが、仲間は既に気絶している。
「…………【間斬り、の太刀】」
薄れゆく意識の中、世界を斬る攻撃をしつつ敵の首を狙ったが、平衡感覚のズレで僅かに逸れてしまった。
「殿下のご友人がこれほどとは……」
盲目の老剣士が嬉しそうにしているのを最後に、私の意識はそこで途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます