##78 初出勤
気絶状態になると自動でログアウトされ、次に目覚めるまでの時間が知らされる。
私が次に気絶状態から目覚めるのはどうやら夜らしい。
「ふにゅ〜! 久しぶりに負けたなー」
洗濯物の気持ちを知れたとかはどうでも良く、【不退転の覚悟】や【ギャンブル】も使わなかったのは失敗だったと反省する。人数的に有利だったから出し惜しみしてしまった。
「お、運営さんからのメール?」
ざっと目を通していく。内容は、「今暇? うち来る?」的なことを硬っ苦しい文面で丁寧に整えたものであった。
気絶状態なのを知ってバイトの説明や設備案内をしようということらしい。善は急げ、私はそれに了承の返信をしておく。
これもバイト代が出るらしいから断る理由などないのである。
お母さんにもその旨を伝えて、一人で目的地まで行けるかのお試しも兼ねて珍しく一人で外に出た。
「なんやかんや、もうすぐ冬か……」
受験は地元で一番近いところが狙いで、特段学力の心配はいらないが……時間の流れは早いものだ。
そんなことを考えながら平坦な道を電動の車椅子が静かに、揺れも少なく進んでいく。
道も地図アプリが懇切丁寧に案内してくれているため、流石の私でも迷いようがない。
名誉のために言わせてもらうが、ゲーム内にはこのアプリが無いから迷子属性みたいに思われているだけで、これがあれば実質的に私は方向音痴ではなくなると言えるのだ。
「ちょうど行っちゃたし……あと10分か、ゲームしよっと」
バスの待ち時間に、最近ログインしかしていないゲームを起動してポチポチと遊び始める。
◇ ◇ ◇ ◇
『次は
目的地に到着した。
私は周囲の風景を眺めながらバスを降りる。
周辺に住宅地の気配はなく、古びた日本の空気が漂っていた。しかし、目の前に広がっている竹林に敷かれた新しい綺麗な道を含めて、人の手が加えられたのが見てとれる。
「あ! お待ちしておりました!
「そうですけど……お出迎えまで準備してくださるとは」
割と暇なのだろうか。
失礼なのでそんなことは口が裂けても言えないけど目の前の妙に元気な社会人を見てそんな感想がよぎってしまった。
「いやー、ここでは私が一番年下かつ後輩だったからバイトとはいえ後輩ができて嬉しいんですよ!」
「は、はあ。ところで貴方のお名前とかお聞きしてもいいですかね?」
「おっとこれは失礼いたしました。私はここ――
「どうもどうも」
名刺を頂いたが、生憎と私は学生で名刺なんて持ち合わせているわけもなく。とりあえず受け取るだけ受け取っておく。
ちなみにV&R合同会社はお馴染みのAWOのハード、ソフトの両方を開発した新進気鋭の企業である。
どのような経緯があったかは知らないが、彼女の若さ的に考えて新卒で入ったように思える。きっとこれでも優秀な方なのだろう。そして有名になる前から入ることを決めた慧眼も持ち合わせていると。
「さ、そろそろ行きましょうか! 竹林道を眺めながらお話しすればいいですからねっ!」
「そうですね」
親切にも車椅子を押してくれた。
両脇に竹林が生え揃った滑らかな道をAWOについて雑談しながら進んでいく。
「佐藤さんは……」
「麗奈でいいですよー」
「……佐藤さんは私の担当? をしてくださるということになるんでしょうか?」
「このスルースキル、本物だっ!」
「何がですか……」
勝手にはしゃいでいる佐藤さん。
この様子だと私の方が精神年齢は上かもしれない。
「えーっと、私は
「結構ハイスペックなんですね」
「そうですかね? ちょっと心理学と医療介護福祉士の資格を持ってるだけなんで褒めても何も出ませんよ〜? 下っ端ですし」
えへへとお口ゆるゆるの照れを見せる佐藤さん。
見かけによらずと言ってはなんだが、最先端技術を生み出す企業に所属しているだけあって痒いところに手が届く人材だ。
そんな話をしながら目的の建物に入った。
大きな受付の広間の爽やかな香りが出迎えてくれる。
「ソース氏、件の翠さんを案内してきました! バイト用の通行証と彼女の名札くださいな」
『おお! 彼女が噂の天使氏ですな! すぐにご用意しますとも!』
受付のカウンターで寝転がっていたぐるぐるメガネをした髪の毛ボサボサなロリっ娘が、慌てた様子でカウンターの下を漁り始めた。
受付の人――にしては幼い気しかしない。
コソッと佐藤さんに尋ねてみる。
「佐藤さん佐藤さん、あの子は一体?」
「さあ?」
「さあってどういうことなんですか……」
「私よりずっと先輩で、世界をデータ化した
AWOの根幹となる世界全体のシミュレーションシステムを、あの子が作ったというのか……世界は広いなー。
情報の波に押しつぶされて心の中で白目を剥いていると、ひょこっとカウンターから出てきたソース? さんが首からぶら下げる名札と、通行証と書いてあるカードを渡してくれた。
『こらこら、乙女の秘密は暴くもんじゃありゃせんよ。はいこれ』
「すみません、ありがとうございます」
『いいってことよー。お、話には聞いていたが下半身不随か。うんうん、その調子だと年内には歩行できるくらいには回復しそうだね』
「はい?」
私の周りをグルグルと回りながら観察して何を思ったのかそんな結論を出した。
医者も兆しはある程度としか言っていなかったのに、彼女には何が見えているのだろうか。
『あの仮想世界内で活動を続けているから運動するための電気信号は順調に発せられているよ。損傷した脊椎の回復もあと僅かのようだし、体が錯覚してある日唐突に立てるようになったりしてね』
「そうなんですか?」
『ああ、そもそもフルダイブVRとは医療分野にもだね――』
結構大事な話をしてくれているので、じっくり話し込んでいると、白衣を着た女性が呆れたような表情でソースさんの服の首元を持ち上げてつるし上げた。
「なかなか佐藤が戻ってこないと思ってたらお前さんのせいか」
『ゲッ! きへーど!』
「あ、すみません室長。タメになりそうな話をしていたので……」
「いや、立場上口も出しにくいだろうし。佐藤は悪くない」
離せ〜ともがいているソースさんをそのままに、佐藤さんの上司っぽい人は私を見た。
格好はかなり奇抜で、室内にもかかわらずサングラスをかけた金髪の外国人である。白衣にデニムスという謎の組み合わせも異質そのものだ。
ハリウッド女優並の美女だからこそできる着こなし。体感私のお母さんより上の50代くらいに思える。
「はじめまして、そしてようこそ。私は総合開発部部長、兼ソフトウェア開発室室長の
「はじめまして。
ひとまず謝罪もしつつこれからお世話になるバイト先の上司と握手を交わした。
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