##79 開発者とのQ&A

 

 挨拶も済ませ、私は早速施設内のあれこれを教えてもらっていた。カフェや食堂はオシャレでお値打ちの品揃えでなかなか最高だった。



「意外と早く案内し終えちゃいましたねー。何か質問とか――――」


「いたいた!」



 無機質な廊下をドタドタと走って来たのは、徹夜しているのかクマがすごいインテリ系の男性だ。



「君が噂のミドリさんだね!? 給与の割増もしてもらうように言っておくから少し協力してくれないかね!」


「あ、はい。別に構いませんよ。……えーっと、佐藤さんこの方は?」



「この人は総合開発部のゲームデルタ開発課の芝波しばなみさんですね。ゲームデルタは…………うん、やってみてのお楽しみということで」



 なにその含みのある言い方は。

 ホラーじゃないよね? 私ホラーだけはスタート画面で離脱する自信しかないけど。



 半ば人柱のような感じがしないでもないが、ゲームデルタなるものの開発室にまでやってきた。部屋の中はよく分からない大きな機械がいっぱいならんでいて、そこにはりついて操作しているクマがすごい人達。



「ささ、こちらの機器を使ってダイブしてもらって。とりあえず今回は人里を目指す感じでよろしくお願いします!」


「は、はぁ……」


 真面目そうなのに目力が怖い。

 これが好きなことをしている人の熱量というやつか。


「じゃあ私は水と甘いものを調達しておきますねー」


「ちょ、何でそこまでするんですか!? そんなにヤバいゲームなんですか!? 佐藤さん!? 佐藤さーーん!!」



 ◇ ◇ ◇ ◇



「…………」


「いやはや、この難易度でもなんとか人里には行けるとは。ゲーマーとして圧倒されましたぞ!」



みどりさんお疲れ様です。水とチョコとラムネですよー」


 疲労困憊で天井を仰ぎ見る私を気遣った佐藤さんはご機嫌取りの品々を膝に供えた。




「このゲーム、タイトルは?」


「“死にゲーオンライン”の予定ですよ!」

「……そういうことです」



「道理でキッツイわけですか」


「黙っててすいません。でも……黙ってた方が面白いかなって」


 佐藤さん、意外とSっ気がある。

 というより愉悦を味わうタイプの人間なのかもしれない。



「その通り! 死にゲーは知らずにやった方がより楽しめるのです!」


 こっちはこっちでただの死にゲー狂いの人だ。

 つまり、ここは実質的に死にゲー同好会みたいなものなのだろう。佐藤さんが彼の紹介をする時に目を少しずつ逸らしていったのは、ここが引かれがちな窓際部署だったということなのだろう。



 私がやった“死にゲーオンライン”は、その名の通りクソみたいな難易度の死が前提のゲームだった。フルダイブVR適正が高いとか言われている私も、最初の30分で8回死んだ。それ以降は慣れて死ななかったが、正直AWOとはゲーム性が違いすぎて大変だった。



「そもそもターゲット層的に私はやらないタイプのやつですし、これっきりでいいですか?」


「ええ! 十分データはとれましたのでね!」



 戦闘、死、その他活動で得られる経験値を各種ステータスに振って強くなるタイプのRPGで、聞こえだけは自由度の高い良ゲーだ。しかし、初期ステータスがナメクジ未満なのだ。いや、正確にはナメクジの方が大きく強くて、軽く叩かれて死ぬくらいには敵が強すぎる。

 そして上げられるステータスも低すぎて大して成長できないシステム。


 AWOで例えると、レベル1で敵意MAXの竜の渓谷に投げ出された感じだ。むしろ3時間で人里まで辿り着けたことを褒めて欲しい。直線距離でも20km弱あったし。



「本当に疲れましたよー、あーチョコ美味しい……」



 クソザコフィジカルを補うために頭をフル回転させたから糖分が脳に染みるんじゃ〜。


 糖分と水分を補給していると、キャンディを口に入れた優羅ゆうら室長が現れた。




「よりによって寄り道先がこことは……あとでゲーム⊿開発課には説教が必要のようだね。さて佐藤、ここからは私が手続きをするから君は例の広告の件を手伝いに行ってくれ」


「あいあいさー」



 そこはマムでしょ、とツッコミたくなる気持ちを抑えて私は室長と共にまたまた別室へ向かった。




 着いたのは応接室。

 書類手続きはネット上で済んでいるが、今から何をするというのだろうか。



「ふう、ようやく腰を据えて話ができそうだ」



 向かい合う形で室長は対面のソファに腰をかけた。




「今も一応勤労時間として給料も出るから安心してほしい」

「そこは別に心配してませんよ。……それで、お話とは?」



「こちらからはAWOに関する質問をするから正直な感想を応えてほしい。その代わり、と言ってはなんだが……つまらなくなるようなネタバレ以外の質問に応えようか」



 次の予定がある15分間までだけど、と付け足しながら室長はメモ帳を取り出した。

 願ってもない機会だ。素直に答えてくれるとは限らないが開発者に直接質問できるのは滅多にない。大事なことに絞って尋ねよう。



「まずは……そうだね、ログインとログアウト時の不満とかはある?」


「いえ、ロードも短くてストレスなく行き来できてます」



「よしよし、ならステータス画面に関する不満や意見は?」



 ステータス画面か。

 私がゲームをやり始める前に攻略サイトを見たときはステータス画面の改良アプデとして、称号の追加とスキル欄のレア度ごとによる整理が行われていたらしいが……今のステータス画面に関する意見か…………。




「うーん、強いて言うなら、RPGとかでよくある攻撃力とかの具体的な数値が見れたら面白いかもですね」



「……それはできない。ステータス画面はプレイヤーもNPCも共通だから、それをすると間違いなく争いが起きる。それに関しては君もそういう記録を読んでいるはずだよ」


「ああ、あの“黎明”――ゲルビュダットさんの日記ですか。確かに争いが絶えないとか文句が書いてあった気はします」



「その通りだ。他には無いかな?」



 パッと思いつくような不満は感じていなかったので、頷いて次の質問に移ってもらう。




「ではゲーム全体で“これはどうなの”と思うことはあるかな?」



「そうですね……パワーバランスでしょうか。新規とトッププレイヤーの実力の格差が縮まる要素が無いとは思います」



 私の場合は仲間や出会う人たち、そして運良くスキルなどに恵まれて最初期からトップを走っていたマツさんやネアさんのような人達に追いつけている。しかし、ほとんどのプレイヤーとトッププレイヤーとの力の差は広がる一方に思えるのだ。

 従来のソシャゲでは新規の参入のしにくさとは結構大きな損失につながりやすい。



「確かにそうかもしれない。しかし、レベルは次第に上がりにくくなる。超長期的に見れば問題は無い、というスタンスなんだ」



「なるほど。だから別ゲーも同時に作っていると」



 AWOに使われている最先端のハードはこの会社にしか作れない。だからこそ、フルダイブVRの黎明期に自社ソフトの開発を押し出すことで今後の市場シェアにおいて有利な立場を築けるということだ。


 今後他社にソフト開発に関する情報を共有するかは謎だが、私にとっては特段興味のわかない話だから質問はしない。



「では最後の質問だ。――あの世界は楽しいかい?」



「はい。悲しいことも苦しいこともありますけど、それもこれも全部ひっくるめて楽しめていますよ」


「それならよかった。開発者冥利に尽きるというものだ」




 メモ帳をしまって彼女は今度は私に質問権を譲った。私は残り時間的に少ししか聞けないことを確認してから、重大なことを尋ねた。




「マナさんの封印? を解けるかどうか、そして可能ならそのやり方も聞かせてください」


「マナ……たしか魔神マナンティアのことだったね? 封印は間違いなく解けるよ」



 室長はスマホを弄りながら続けた。




「正確にはあれは魂だけがあそこに閉じ込められている状態だから、直接くだんのソフィ・アンシルを打ち倒すか解かせるかしてやる方法がひとつ」


 ひとつ?

 まるで他にも方法があるような言い方だ。

 私は黙って次の言葉を待つ。



「もうひとつは封印だけを解除する方法。こちらは封印のレベルが高いから、私が知る限り1人しかできない」


「どこのどなたですか?」




「ふむ……いずれ向こうから接触してくるはずだよ。その手をとるか否かは君の選択次第だが」



 何か含みのある言い方だ。

 しかし、平行世界に分岐するとはいえ未来を演算する技術もあるようだし、そういう手段もあるというのは頭の片隅に置いておこう。そのうち向こうから来るようなら、ソフィを倒すのを目的として動けば間違いないだろう。



「時間的にも私の質問は以上で構いません。お墨付きを頂いて俄然やる気が出てきましたし」


「配慮に感謝するよ。……あ、そういえばいつも娘が世話になってるね。それもありがとう」




「娘、ですか?」




 この人の娘さんなんて…………あれ、よく見るとどこか見知った面影のある顔である。

 そう、むしろ私の方がお世話になってるであろう彼女に。



「あの他人を鑑みないあの子がこないだ実家に帰ってきてね。あのアホな旦那にも旅先に手紙出してるらしくて驚いていたよ」


「……パナセアさんの親御さんでしたか」



 つまり、彼女の父親が技神の人で母親は室長なのだ。なんというか、研究気質一家だ。





「そう。君たちと出会ってからあの子も良い方に変わって、親として何よりなんだ」


「パナセアさんはもとから良い人でしたよ?」




「――ふふっ、本当にそう思ってるのか。君たちが出会わなかった世界線と比較すれば一目瞭然なんだよ。まあ親に顔見せようなんて思ったのは、出会うどうこうより君が失って泣き崩れる様子を見て思うところがあったんだろう」




 寿命とか、としゃれにならないことを笑っていいながら、室長は私を見送ってくれる。


 エントランスで気兼ねなく寝転けている幼女、ソースさんを睨みつつここまでで済まないと私に謝った。

 私は構いませんよ、とその場で軽く頭を下げてその場を去ろうとした。



「――そうだ、言ってなかったが邪神のことも頭の片隅には置いておくといい。先人ゲルビュダットとしての助言だよ」




 そんなことを耳に入れながら、私は初のバイトを終えたのであった。



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