##84 世界樹総力戦②

 ◆ ◆ ◆ ◆


 ミドリが【超過負荷オーバードライブ】で世界樹の中に活動可能な領域を作り上げ、不意打ちイニグを構えていた頃。


 サナが無限ともとれる連撃を世界樹にかましていた。

【付与魔術】によって火の特性を得た斬撃に、同じく風の特性を得た斬撃でより火力を増やし、更にユニークスキル【チェイン】で自動的に追撃が入る。


【チェイン】の効果は攻撃に衝撃が加えられた際に、攻撃と同じだけの火力で追撃が発生するというものである。

 本来の使い方としては、相手との攻撃のぶつけ合いで2倍の威力で押し切ったり、仲間との攻撃で自身の攻撃が増すといったものが想定されている。


 しかし、サナはパッシブスキルの【解釈拡張】が悪さをしている。その結果、追撃が攻撃判定となり、火の斬撃と風の斬撃が交互に衝撃を与え続けて終わることのない追撃の嵐が巻き起こっているのである。

 しかもその無限の斬撃も一度だけではない。彼女が2本の剣を振るう度に更に増え、なんなら斬撃の嵐同士でも干渉して指数関数的に増えていく。



「リン!」

「は〜い、〖エクステンド〜〗と【重ねがけ】、〖ク〜ルダウン〗×かける3!」



 プレイヤー唯一、魔女の称号を持つリンによる【支援魔術】でサナの【チェイン】の効果時間延長とCTクールタイム短縮が施された。

 リンの【重ねがけ】で効果時間が終わる頃に再度使えるようにCTクールタイムが調整されている。お互いの全てを知り尽くした完璧な連携である。



「もう一丁、【チェイン】!」

「〖スカ〜レットフレア〜〗」


 主力の二人が世界樹の再生と拮抗している横で、細かい枝の攻撃を捌いていたセヌスが気配に気付いて雑魚狩りの指示役である不公平に指示を仰いだ。


「不公平殿、殿下がお見えになられます」


「正直あの二人より火力出せるかは疑問だが……ま、セヌスの爺さんが言うんだから大丈夫か。よし、どらごん! お前さんは王子を迎えに行け!」


 〈どらごん!〉


「我は!?」

「お前さんはどらごんよりパワーがある。この場を離れたら崩れるからそのままだ!」


「フフンッ!なるほど、我のパワーを見込んでか。分かっているな、フコー!」


 脳筋竜娘の扱い方を心得た不公平は、「それじゃあ俺が不幸なやつみたいじゃねぇか」とこぼれそうになった文句を飲み込み、どらごんの分の枝処理作業のために闘力を更に練り上げる――




 ――ストロア視点。

 迎えに来たどらごんが「乗れ」と言わんばかりにしっぽで自身の背中を叩いているのを見て、ストロア――否、は最後の冒険へ踏み切った。


「お兄様! ぶっ飛ばしちゃって!」

「殿下の勇姿、見守らせて頂きます! 頑張ってくださいね」




「ああ、この里の次期長として吾輩の威を示す良い機会だ。この土地から栄養を奪う悪しき大樹、必ず討ってみせよう」


 ストラスの言う通り、今の世界樹とも呼べない存在はミドリからだけでなく地面から、周囲の植物を枯らしてまで養分を吸い上げているのだ。近隣の森は既に半壊、このままいけば大陸にまで悪影響を及ぼしかねない。


 そこまでは考えていないであろうストラスは、里の宝弓――初代里長がとある神から賜った神器の欠片を持って空へ飛び立った。


 〈どらごん!〉

「ああ、そこに彼女は居るのであるな? 任せておくがよい」



 三日月のような弓から、おもむろに光のつたが張られていく。



「『幼き三日月の調しらべ、射抜くは崩壊の兆し、番えよ光陰の矢』」



 月光の概念が矢を形作る。



「――【神器解放:創世木弓ユグ・アルテム】」


 光速を超えた矢が大樹の半分を消し飛ばした。



 ◆ ◆ ◆ ◆





「うわ、これは酷い」




 あれだけ生い茂っていた木々が見る影もない。

 それもすべてこの樹のせいだ。


 まあそれはともかく、いつの間にか人が増えているね。


 どらごんにもう大丈夫だと伝えて降ろしてもらう。この大樹をかなり削ってくれたであろう二人組のもとへ着地。



「リンさんとサナさん!」


「やっほ〜ミドリちゃん!」


「どうも。前々回の人神戦ぶりね」



 イベントでは会ってるが、実際に通常フィールドで会うのは何気はじめてだ。



「どうもー! あ、今配信しちゃってるんですけど大丈夫ですか? なんなら後でカットとかしておきますけど」



「お〜、ふわふわカメラだ〜」

「別に撮られて困るものはないから平気よ」



「それはよかったです。編集とか面倒ですし……」


 ボソッと本音を漏らしつつも挨拶を済ませたので、そろそろ戦いを再開しよう。

 丁度大樹も再生し終えたところのようだし。



「さて、終わらせましょうか。攻略方法は大方予想がついています」


「おっ、じゃあ指示よろしく〜」

「私達も結構カツカツだからありがたいわね」



「おっせぇぞ! ミドリの嬢ちゃん! 俺らはどうする?」

「ぶっちゃけもう疲れたのだぞ……」



 不公平さんとウイスタリアさんも合流。

 ストラスさんとどらごん、あとあの老剣士さんはスノアさんの方へ向かってるのは落下中に確認しているからこれで全員か。



「リンさん以外はエルフの住民の方をお願いします。森がこんなに荒れ、そこに居た魔物がどう動くか予測できないので万が一に備えて警戒は解かないでくださいね」


「リン、ヘマしないでよ」

「ちょっと〜そんなドジっ子じゃないんだから〜」


「応よ」

「魔物なら寝ながらでも倒せるな!」



 そして私は残ったリンさんに具体的な指示を出す。



「リンさんは私をあの樹の頂点より上に何らかの方法で飛ばしてください。そして私が斬った後の樹の残骸を炎なり何なりで消してください」


「いいよ〜、【空間魔術】と【虚無魔術】でできるから〜」



 本当に手数の多い人だ。

 敵にしたくない。


 まあ今は仲間だから気にしても仕方ない。まずは樹を斬り落とすのが先決だ。

 あの樹はリスポーン地点の特性を持っていた。

 私の読みが正しければ、ここの運営はリスポーン地点の保護を行っていない。実際に攻略サイトにもリス地が破壊されていた事例もあがっていた。

 恐らくわざと壊せるようにしているはず。

 じゃなかったら壊れた場合には一つ前のリス地に登録されるなんてことは判明していないはずだ。


 何が言いたいかというと、世界樹はリス地の延長線上にあるものなのではないかという仮説だ。

 ここの運営はこの世界を独立した異世界として作り上げているように思える、そして我々プレイヤーに甘いことなんてしていない。チュートリアルもなく、すべてが自由な世界。そんな運営が無限に蘇られるリスポーン地点をねじ込むだろうか。


 

 ――リス地から大地を伝ってエネルギーを徴収し、蘇らせているのだとしたら。


 以前皇帝さんから世界樹の葉を原料に蘇生薬が作れると聞いた。性質が似ているのだ。

 もしも本当にリスポーン地点の進化系で、現地人すら蘇らせることができるというならすべて筋が通る。


 だから、私はどこにあるか分からないリス地の働きをしている核を狙うのだ。



「早速飛ばしちゃってください」


「おっけ〜! 〖ロングワ〜プ〗」



 リンさんが私の背に手を当てると、私は上空に投げ出された。



 何故私が斬るのか、それは簡単な話だ。どこを攻撃すればいいか誰にも分からないから、だからこそ――



「示してくださいよ、【天眼】先生!」


 忘れがちだが、【天眼】には三つの線が見える。

 重宝している赤い攻撃予測線と、行動指針を示す黄色の線、そして今回頼る青い攻撃推奨線。



 私は青い線を凝視しながら、{順応神臓剣フェアイニグン・キャス}を刀の形にして腰の横に構え、抜刀の構えに。

 イニグったばかりだし、【間斬りの太刀】もまだクールタイムがあけていない。だから今から使うのは【祀りの花弁】で葉小紅さんから受け取ったスキル。それを【走術】のアーツと【縮地】を上乗せして放つ。



「【空蹴り】【縮地】【残花一閃】」




 青い線をなぞるように、大きな樹を縦に斬った。

 本物の侍のような鮮やかな居合切りに我ながらアッパレである。


「リンさんお願いします!」



 確かな手応えを確認し、私はリンさんに斬って倒れそうな樹を消し飛ばすように合図を出した。

 乱気流のある上空にまで伸びている樹が縦に斬られて倒れでもしたら、この大陸に壊滅的な被害が出かねない。



「〖ディバインバニッシュ――」


「【速射】」



 リンさんの喉と胸を矢が貫いた。

 魔術発動前に彼女はポリゴンとなって散ってしまう。的確に急所を射抜かれたようだ


 矢は大樹のあった方から飛んできていた。

 そちらを見ると、あの三下ハイエルフ弟が弓矢を構えていた。少しずつ、体が変質していっている。ストラスさんの父親の体が崩れ、目つきの悪い男になっていく。



「貴方が……」


「私こそ、この世界の頂点に立つ男。シリカス・スース・スレイブその人である! 邪魔ばかりする貴様にはここで消えてもらおうか!」


 ぶっちゃけこの男のことはどうだっていい。

 そんなことより今にも倒れそうな大樹が問題である。



「そんなにあの樹が気になるか。それもそうだろう。このままあれにはこの大陸を粉砕してもらうとしよう」


 どうする、どうすればいい?

 あんな大きな樹を地面につく間に消せるような技は無い。火魔法を使っても私のレベルでは時間がかかる。


 ともかく、リンさん頼りの部分だったから補完は難しいのだ。

 方角的に倒れて直接的な被害が出るのは、王国南部と竜の渓谷方面。これが帝国の方に倒れるのならジェニー皇帝さんが焼き払っていただろうが、彼女の性格的に自国に被害が出ないなら無視するだろう。



 本当に賭けにはなるが仕方ない。


「【不退転の――」



 〈【どらごん反転同化】!〉



「どらごん!? 何をしてッ……!」



 どらごんがやけに気合いの入った突撃をかまし、大樹の根元で抱きつく体勢をとった。

 そして、ゆっくりと光の粒子になっていく。

 そして半分に斬られて倒れかけていたそれに、ツタが絡まって再生してゆく。




「バカな! なぜかつて反転させた性質が元の世界樹になっているのだ!?」


「どらごんの馬鹿……」



 枯れ果てた土地に恵みがもたらされる。吸い取ったエネルギーを返すように、森が元に戻り、世界樹の周囲に綺麗な花々が咲き誇る。そして世界樹自身も生き生きと清い生命力を伴って生い茂っている。




「やつの覚悟を貶してやるな。そしてその男とは吾輩がケリをつける。ミドリは吾輩の城に向かってくれないか。妙な胸騒ぎがするのだ」


「……分かりました。この場は貴方に任せます」



 それぞれの決意があるのだろう。遅れてやってきたストラスさんにささやかな贈り物職業を残して、私はの解決をするために一際目立つ木の建物を目指した。





 ◇ ◇ ◇ ◇


 エルフの次期長、は、彼の父親の身体を乗っ取り挙句の果てには受肉の糧として利用した祖先に弓を構えた。


 対する苛立ちを隠さない男も矢を向けた。



「【致命の一撃】【邪樹冥矢】」


 禍々しい風を纏う矢がストロア目掛けて放たれる。


「――【装填・三の矢】【夕の結実】」



 ストロアの脚に巻きついた包帯が解け、残り二本の枝から1本を矢として放つ。ミドリが渡した職業:《狩王ハントマスター》によって幾分か強化された矢は、更に光を纏い、風を帯びる。



 2本の光と闇の矢が正面からぶつかり合い、一瞬の拮抗の後、衝撃波をともなって両方とも消し飛んだ。爆風が互いの肌を撫でる中、先に動いたのはストロアであった。


「【疾風脚】【黒木の大槌】!」



 風の如く駆け抜け、横から蹴りを入れる。

 続けざまに【流星の矢】を叩き込んだが、そちらは難なく躱された。

 ストロアが本気で仕掛けている中、男――シリカスは不意に不満をこぼした。



「境遇は似ているというのに、どちらが先に生まれたかで運命は変わるのか……相変わらず憎いものだ」



 彼が言っているのは、自身と同じようにストロアが妹より劣っている部分が多いにも関わらず、兄だからと長の座につくことになっていることについてである。ストロアも含意に気付いたのか、すぐさまそれを否定した。


「貴様と一緒にするな。不快だ。吾輩はスノアに譲れと言われれば譲る。あのできすぎた妹の才能も努力も、吾輩が1番知っているからな」


「――理解できん。民の上に立ち、己が威を示す、それが我々ハイエルフの矜恃だろう!」




「さぁな、吾輩には貴様のような老いぼれの古い考え方は知らぬ。大切なのは誰が上に立つかではなく、里がどう良くなるかだ」



「なぜだ! なぜお前のような者が真っ当になれる! ハイエルフは自身のため、創造主のために力を示すのが本能だというのに……!」



 ストロアは狼狽するシリカスに飛びかかり、強引に抑え込んだ。



「最近は本能を理性で隠さないとモテないぞ? 非モテ男」



 確かにストロアも下手したら目の前の男のようになっていたかもしれないと思っていた。

 だが、そうはならなかったのだ。


 理由は簡単なこと。

 ミドリたちと出会ったから。



 ――大切な者のために弓をとるストラスが彼の中に生まれたから、道を違わずに進み続けられた。

 彼は長として最後の枝を矢にした。




「――【装填・終の矢】【夜の散華】」



 自らの脚を手向けに、ストロア・アルクス・スティファノスはエルフの里の長となった。



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