##83 樹中の姫(傑物)

 



 随分と早く目が覚めてしまった。

 時刻は朝の4時半、この時間はまだお母さんも起きていないだろう。折角だし朝食でも作ってみようかな。


 遠隔操作のリモコンで車椅子を寄せてから、パパッとベッド横の補助フェンスを使って器用に乗る。着替えは……今日は出かける予定ないからいっか。


 とりあえず顔を洗って歯磨きも済ませてからキッチンへ。

 私の家は一軒家で、昔一緒に料理したいとキッチンの床が高くなる改造が施されている。当然スロープ付きだ。


 本来の意図とは違っているが、今の私にとってはとても有難い措置である。



「お、昨夜のコンポタのあまりが……なら洋食かなー」


 冷蔵庫の中身を確認してからメニューを考える。

 如何せん私はズブズブの料理素人だ。簡単なものくらいしか作れない。



 つまり何が言いたいかというと……



「トーストとスクランブルエッグにベーコンでも添えとこっかな」


 スーパーオーソドックス朝食に決定。

 卵混ぜて加熱するだけじゃないかと言うことなかれ。ベーコンも切って加熱するから。トーストにもちゃんとジャム塗っておくから。


 簡単そうとはいえ失敗しないように、ちゃんと調べながら丁寧に作っていく。




 ――チン!



「よし、あとはジャムを塗るだけかな」


「んゅ〜? いい匂い? …………みどり!? 翠がりょ、料理を!!? 〜〜!!」



 丁度出来上がりそうなタイミングでお母さんが起きてきた。時間は――5時半!? 1時間弱も料理していたらしい。まあ慣れないことをしているのだからそれくらいはかかるか。


 それよりもなぜか号泣しているお母さんをなだめた方が良さそうだ。



「……おはようございます。もう少しで完成ですから、泣いてないで顔洗ってきてくださいね」



「わ゙がっ゙だ――! …………娘がお嫁さんになったみたいねぇ」



 涙をボロボロこぼしながら、さらっと理解不能な呟きを残して洗面所に向かっていった。

 私のまともな遺伝子の元とは到底思えない変人っぷりである。自身の娘をお嫁さんに見立てるなんて、世の母親とっては常識なのだろうか?


 親心というのはさっぱり分からない。




 そんなことを考えながら、完成した料理をテーブルに運んでのんびりまったり母の(洗面所からの)帰りを待つことにした。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「今の状況はHPとMPが吸われ続ける上にこのように隙間なく木で埋め尽くされていて呼吸困難で――」



 リスポーン。



「窒息死する無限ループに入ったところです。この樹自体がリスポーン地点になってるみたいで死んでも抜け出せない文字通り地獄で――」



 またリスポーン。



「す。さあ、皆さんの知恵を披露して私を助けてみてください! 採用された人には抽選で私のサイン入り田中さん用シャチハタをプレゼント!」


 またまたリスポーン。


「抽選は“あげる”“あげない”のルーレットで決めますので悪しからず。さあさあ、よってらっしゃいみてらっしゃい!」



 またまたまたリスポーン。

 いい加減窒息死にも慣れてきて大して苦もなく死ねるようになってきた。ただ、身動きがとれないのは鬱陶しい。



『スキル:【無酸素耐性】を獲得しました』

『スキル:【苦痛耐性】を獲得しました』



 やったね(白目)!

 まあ耐性がつくほど死にまくったのはいいとして、問題は突破方法だ。全身がっちり木で拘束されていて剣を握ることすらできない現状をどうにかしたい。


 これではよくある、「転移失敗して石に埋まっちゃったてへぺろ」の木バージョンである。

 こういうのは三人寄れば文殊の知恵、視聴者の頭脳をなんとか合体して知恵者1人分程度にはなって欲しいという願望で配信を始めた私は、今の状況を窒息死ループしながら伝えた。


 反応の方は――




[焼き鳥::田中さん用シャチハタは要らんのよ]

[あ::それって抽選とは言わんやろ]

[病み病み病み病み::動けないなら無理では?]

[枝豆::なんかいい感じのスキルないの?]

[紅の園::シャチハタはともかくサインは欲しい! 火の魔法とか使えませんか!]

[リボン::気合いとか]

[ベルルル::パワー!]

[セナ::スキルでぐぅ〜と押し広げるとか]



 ふむふむ。ごく稀に参考になる案がチラホラ。

 気合いやパワーは置いておくとして、


「火は一応試したんですけど私の方が先に死にましたし、ここ酸素薄いので直ぐに火消えちゃいました。押し広げるのは……ちょっと待ってくださいねー」



 一回窒息死を挟んでからステータスを確認。


 ########


 プレイヤーネーム:ミドリ

 種族:大天使

 職業:背水の脳筋

 レベル:118

 状態:良好

 特性:天然・善悪

 HP:23585/23600

 MP:5900/5900


 称号:異界人初の天使・運命の掌握者・理外の存在・格上殺し・魅入られし者・喪った者・旧魔神の親友・敗北を拒む者・元G狂信者・対面者・色の飼い主・復讐者・神殺し・空間干渉者・時をかける者・破壊壊し・真理の探究者・天賦の才



 スキル

 U:ギャンブル・職業神(?)の寵愛・超過負荷3・無間超域・獲物に朝は訪れない(一時貸与)


 R:飛翔10・神聖魔術8・縮地8・天運・天眼・天使の追悼・不退転の覚悟・祀りの花弁(不撓不屈・命の灯火・残花一閃)・水中活動・間斬りの太刀・闘力操作・魔力操作


 N:体捌き10・走術7・無酸素耐性7・苦痛耐性6


 職業スキル:脳筋・背水の陣・風前烈火


 ########




 今ある手札で“押し広げ”が可能なのは、【超過負荷オーバードライブ】か闘力と魔力関係かな。ただ、闘力や魔力の操作はそこまで練度が高くない。押し広げるような出力を維持し続けるのは難しいだろう。

 残された選択肢はひとつ。



「一回やってみます。【超過負荷オーバードライブ】」



 久しぶりにこの中二病チックなスキルを使った。例のごとく赤黒いオーラが漂ってくる。それを私はとして全身を覆うように膜状のそれが樹を押し広げていく。強引に広げているからこの樹が苦しそうに揺れている。


 存外簡単にできてしまった。昨日の苦労はいったい……ちゃんとやれることを探せという教訓ですね、はい。




「酸素の薄さは変わりませんけどかなり楽になりましたね。抽選に関してはそのうち検討を加速しておきますので」



 そのうちね、そのうち。

 今はこのデスルーラーから抜け出せただけの現状をどうにかしないといけない。



「さて、剣が振れるならイニグっちゃいましょうか」



 私の神器で使える【総てを砕く我が覇道イニグ・ミカエラ】はクールタイムがない。例の執事さんとの戦闘で使用したがもう使えるのだ。

 必殺技というだけあって詠唱は長いし精神的にも疲れるから連発はしたくないが。


 私が詠唱を始めると、樹の中からあの悪人弟がにゅっと現れた。私はそれを見て詠唱の声量を下げながら一瞬だけ【超過負荷オーバードライブ】を操作して奴を迎え入れた。




[エーミーろ::そんなの入れて大丈夫?]

[あ::ペッしなさいペッ!]

[いしやーきもー::うわいかにもな悪役だ]

[燻製肉::あっ]

[壁::悪い笑みが見え隠れしてまっせ]

[らびゅー::察したわ、敵さんカワイソス]




「異界人を贄にすれば無限に成長することができる――素晴らしい事実が判明した。愚かな天使よ、感謝するぞ」




 訓練された視聴者は私の意図に気付いたらしい。

 それに比べてこの三下野郎ときたら。


 ――詠唱が終わった。




「私は愚かな天使ではなく、ミドリという名前があります。冥土の土産にでも持っていってくださ【いにぐみかえら】!」




 殺し合いの世界に不意打ちもクソもない。

 私はお出迎えイニグを本気でかましてやった。


 虚をつかれた顔のまま体が文字通り真っ二つになっている。この忌々しい樹にも切れ目が入り、外が見えた。



 しかし、すぐに再生していく。


 急いで脱出しないとまたイニグらないといけなくなる。というか【超過負荷オーバードライブ】の効果時間とクールタイムのことも考えたら次のチャンスまで数日かかる。


 私は【飛翔】を使って全速力で開いた出口へ飛ぶ。



「あ、ちょ! 邪魔しないでください! 植物アレルギーになっちゃいますよ、いいんですか!」



 こんな時に奴の体が木の根の形となり、私を縛ってきた。

 次第に閉じていく出口。



[階段::これマズイのでは?]

[天々::嫌いになりますよ、みたいに言うな]

[コサイコ::やりなおしですかね……]




「わああああ!!」



 気合いとパワーで縛りつける根を引きちぎり、人1人分通れるかどうかの隙間に突撃。

 ギリギリ腕だけが入る。



「【命の灯火ソルス・ノヴァ】!」


 ただでさえ減っているHPを削って焔を出す。

 伸ばした腕を燃やし尽くすほどの火で松明代わりにしてなんとか隙間を広げる。



 それでも、そこに蓋をするように外皮が生成さらてきた。


 HPも限界を迎え、私は再び樹の檻に囚われ――――





「――【神器解放:創世木弓ユグ・アルテム】」




 私の頭上スレスレ、閃光が走った。

 目を開くと私を苦しめていた樹が消し飛んでいた。事態の把握に一瞬脳がフリーズしたが、再生しないうちにと飛んで脱出を図る。



「っ! いい加減しつこい!」



 またしても私を養分にしようと樹から枝が伸びて私の足を掴んできた。

 だが、そんな気持ち悪い枝を引きちぎってくれた竜が一匹。竜の上に乗って大きな手を差し伸べるエルフが。





 〈どらごーん〉


「手を!」




 どらごんめ、何が「助けに来たよー」だ。いつの間にか頼りがいのあるドラゴンに成長したものだ。ストラスさんもまるで王子みたいな顔つきしおってからに。……茶化してやろう。



「手汗、ついてないでしょうね?」


「え? あ、ちょっと待ってくれ」



 嘘でしょ? 手汗が気になったのか手を引っ込めやがった。

 馬鹿なの死ぬの?

 てか私が死ぬが?




 〈どらごん!〉



 空を切った私の手を、どらごんが竜の太い足で掴んでくれた。そのまま樹から離脱していく。



「ナイスカバーです、どらごん」


 〈どらごん〉



「そしてストラスさん……あ、ストロアさん?」


「……ストラスで構わない」



 なら遠慮なく。


「ストラスさん!」


「あ、いや……すまないと思ってる。手汗がどうとか言われたら気になってしまって――」




「ありがとうございます。いい狙撃でしたよ」


「――! それほどでもある! あれこそ〘オデッセイ〙のストラス最後の一矢なのだからな!」




 締まらない場面はあったが、無事脱出は叶ったのだからよし。

 幕引きを手伝うとしよう。






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