##世界樹総力戦①##

 


 ミドリが養分となって世界樹はかつての活力を取り戻した。夜中とはいえ、それほど大きなものができたのだからエルフの民は総動員で異変に対抗しようとした。


 しかし、ただの個人の集まりが世界を覆う大木をどうこうできるわけもなく――




「あんな邪悪な木が世界樹なんて意味がわからない!」


「世界樹って世界に恵みをもたらすものじゃないの? なんで他の木々を枯らせて成長しているのよ!」


「こんな時に限ってセヌス殿も賊に重症を負わされているしどうすればいいんだ……」



 非難轟々、エルフ達は騒ぐことしかできずにいた。その中に異変によってもぬけの殻になった牢獄から逃げ出した不公平もいた。

 彼は適当な壁にもたれかかったまま、シッポリとヤニを注入している。


「ミドリのやっこさんはあん中にいるっぽいな……それでもどうにかならないくらいヤバい状況ってわけねぇ」



 ウイスタリアとどらごんは日中の激戦で今はまともに戦える体ではない。その上ミドリも不在ときた。不公平は自身の実力はよく分かっている。


 ウイスタリアやどらごんのような才覚のあるパワー系でもなければ、ミドリのようなどんな盤面でも覆す底力があるわけでもない。

 ――彼は見た目以外、完全に凡人であった。


 いまの絶望的な状況は彼だけでどうにかできるものでない。彼だけでは。



「仕方ねえな。初対面ではあるが、あの嬢ちゃんの人脈を信じてみっかね」




 彼はタバコの煙を吐きながら動き出した。

 目的地はエルフの里で、世界樹を除いて一番大きな木の住居だ。彼はミドリの元仲間であるストロアを頼るつもりなのだ。


 暗闇が似合う男は、キザなイケメンだったらやだな、なんて考えながら追加のタバコを吸いながら歩くのであった。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 ところかわって未だ静観を貫いているストロアの部屋。世界樹の出現を無視して初夜を終えたストロアとソリシアはベットで寝転がっていた。



「殿下、よろしいのでしょうか?」


「構わん。少し大きい程度の木なら彼女の敵ではない。降りかかる火の粉は払うのが行動指針だから勝手に解決してくれるさ」



 仰向けになって目を瞑るストロアは、ミドリがなんとかするだろうと口にした。

 それが元仲間に対するただの評価なのか、あるいは別の感情が含まれているのか。詳しく分からないソリシアですら判別できた。だからこそ、彼女はそれ以上追及しないでおくことにした。



「ソリシアこそいいのか? スノアの話が本当なら一番危険なのはお前だろう」


「そうでしょうね。ですが、殿下が守ってくれるでしょう?」



「……さぁな」




 ストロアはソリシアに背を向けるように寝返りをうつ。しばらく、外の喧騒すら飲み込むような沈黙が流れた。


 ソリシアは、布切れ一枚の隔たりは無くとも心の距離はずっと離れていると感じた。それと同時に彼が想っている人のことを羨んだ。

 たかが婚約者、たかが一度体を重ねただけの関係。そう言わんばかりに苦楽を共にした仲間との絆、何ものにも変え難い何かを見せつけられる。


 ソリシアにとっても、嫉妬していないと言えば嘘になる。しかし、ストロアも諦めをつけて決めたことなのだ。彼女から文句を言うつもりはなかった。


 ――コンコン、と扉を叩く音が響く。

 そして間髪いれずにストロアの妹、スノアが入ってきた。



「お兄様! 外が大変なことに――!」


「ああ、知っている」



「何を呑気なことを言って……は、ははは、はだ、はだだだ……はだか!? な、なななな何をしていたというのですか! ナニをしていたとでも言うのですか! 不健全!! アタシはお兄様をそんな子に育てたつもりはありません!」



 部屋の中の様子を見て気が動転したスノアは扉を一度思いきり閉めてから、少し覗くように話を続けた。



「コホンッ! それはともかく、ミドリ氏の仲間、不公平氏が“ミドリの嬢ちゃんもヤバい状況だから手伝ってくれ”と私の部屋に侵入してきたの! 夜這いかと思って一回外に投げ飛ばしてしまったけど……」




 それを聞いて、ストロアは少し考えた後おもむろに起き上がって服を着始めた。



「――――スノア、宝弓の用意を」



 想定外の危機を察知して彼は奥の手の準備に向かった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「だああ! 腕があと10本はなきゃ無理だろこんなん!」

「ふっ! そう文句ばかり垂れるものではございませんぞ。殿下の到着までここいる民を守れるのは我々だけなのでしょう」



 明け方。

 周囲のエネルギーを吸って成長し続けている世界樹の枝からエルフの民を守るように、不公平とセヌスは共闘していた。

 快復までとはいかずとも己の使命を果たすために剣を振るう老剣士と、持ちこたえるようにスノア達から伝えられたヤニ中は互いに背を預けて無尽蔵の枝をさばき続ける。


 ――枝を削ぎはじめてから何時間経った頃だろう。樹に異変が生じた。直接殴っても一欠片の傷も生じなかった世界樹が苦しむように蠢いている。



「やっと暴れだしたかミドリの嬢ちゃん。あのじゃじゃ馬があんな窮屈そうな場所でじっとしてられるわけねぇよな!」


「それに……竜のお二方もお目覚めの様子ですな」



「まじ? 勝ったわ。風呂食ってくる」



 軽口を叩く余裕のできた不公平の頭上を、二つの影が通過した。




「【竜星拳】!」

 〈【どらごん】!〉



 世界樹が揺らいだ。

 神には至らずとも強者なのに相違ないパワーである。その頼もしさに不公平は再度闘力を練り上げて、仕掛けようとする。




 しかし、この場においてセヌスだけは確信していた。数多の戦場をくぐり抜け、幾千もの英雄を見てきた彼だからこそ――世界樹を倒すには足りないと悟っていたのだ。


 そして、世界樹はターゲットをウイスタリアに変えた。彼女は竜種の王族であり生命力HPが多い。言い換えると世界樹にとっては美味しそうな餌なのだ。


 枝が彼女を捕えんと伸びる。


「【嵐剣】」



 不意打ちに近いそれを唯一素で追えたセヌスは割って入って嵐を振るった、――――が。



「ぬぅ……」




 細切れになった枝は今まで見せなかった、即時再生を行ってセヌスを捕らえた。邪魔者を先に排除しようと世界樹はセヌスから生命力を吸い始めた。


 当然庇われたウイスタリアが黙っているはずもなく。彼女は今出せる全力で枝を攻撃した。




「【竜王の娘ドラゴンハート】! 【黒竜鱗】、【竜掌】!」




 セヌスを捕縛している枝を殴って吹き飛ばした。


 だが、枝は再度繋がる。

 根本を絶たねば一度捕捉した獲物は逃がさないと言わんばかりに元気よく。



「ロリっ子! 火だ!」


「我は黒竜なのだぞ! 火を吹くバカと一緒にするでない!」



 流石はプレイヤー、即座に敵の弱点を見抜いて火が出せそうなウイスタリアに頼んだ。無情な返答は置いておくとして、不公平のメタ推理は正しい。枝を燃やせば本体からわかたれた枝の先も再生して繋がることはないのだ。



「火くらいデフォで吹いてくれよ……まあ無いもんは仕方ねぇ。とりあえずあのじいさんを助けないと火力的にキツイ。なんとかあの枝を――」




 上空で空間の歪みが生じた。

 乱気流による迎撃により、突然現れた人影は勢いよく落下してきた。


 一人は2本の剣を携えた、ベージュ色の髪をひとつに束ねたクールな女性。

 もう一人はいかにも魔女といった風貌のおっとりとした女性。



「わわっ!? なんかすご〜い木があるよ〜?」


「一難去ってまた一難ね。リン、MPは残ってる?」




「サナちゃんったら〜、私の魔力MP総量は知ってるでしょ〜? ……ってもう5%くらいしか無いよ〜!?」


「あんだけぶっ放してたらそうもなるわよ。あのネコ助のせいでこっちもクールタイムだらけだし……すみません、そこのイカつい方。状況を教えていただけると助かります。場合によっては手を貸しますので」



 空から降り経った二人組はマイペースに現状報告を受ける気である。

 不公平は呆れながらも端的に為すべきことを伝えた。当然、火を試してみて欲しいことも。そして面倒だから敬語は不要とも。



「不公平さん、でいい? 火力なら自信あるから露払いは任せたわ」



「任せんしゃ〜い! 〖インシネレ〜ション〗!」



 森の魔女、プレイヤーネーム:リンは無詠唱の火炎魔術でセヌスを縛る枝を焼き切った。



 解放されたセヌスは生命力を吸い取られていながらもなんとか再び剣を握る。


「助かりましたぞ」




「そりゃよかった。それに――火弱点ってのは当たりみたいね」


「火を嫌って再生しにこない、切り離すってところか。こっちのメンツは使えないから火ブッパで頼んだぜ!」



「仕方ない。今回は手柄を譲ってやるのだ!」


 〈どらごん!〉



「ふふふ〜♪ さっきまでまともに相手されなかったから魔術が効くだけで楽しい〜」



 ルンルンと上機嫌なリンを他所に、相方の剣士は2本の剣を重ねてスキルを使った。


「我は焔を纏う者〖エンチャントブレイズ〗、我は嵐を纏う者〖エンチャントストーム〗、【チェイン】」



 業火と嵐を纏わせた剣を携えて、プレイヤーネーム:、愛称(本名リアルネーム):サナは真正面から世界樹に向かって突っ込んでいった。


 トラブルで突如参加することになったリンとサナを加えて、世界を蝕まんとする樹との大規模な戦いは本格的に幕を開けた――――




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