###虚像の戦い###
パナセアとツヴァイが天空の虚像の外で交戦を始めた頃。
サイレンは言われた通りありったけの海水を放出しつつ全体に行き渡るまで水を操って外に出ないようにして水流で最上階まで登った。
さすがに消耗が激しいので操作を解除して水は虚像の外に放出された。その時一緒に虚像内に仕込まれていた爆弾も無効化して流したが本人は気付いていない。
「キャハハ! 泡凄かったのだ!」
「まったく。考え無しの行動は控えて欲しいよのです」
「どの口が言ってるんだ……」
「いきなり水攻めとは策士もいたものですね」
「何を考えているかはぼくには分からないけど……ってドライさん!? 何混じってるの!?」
水中で濡れないようにと作った泡から出たウイスタリアとマツと同じように、自身の神能で海水と水流から身を守っていた〘ツィファー〙の第三席、ドライもちゃっかりサイレンの隣でふぅと汗を拭っていた。
「誰なのだ?」
「確か敵ですね。殴りましょう」
「よしきた【竜掌】!」
「【鬼拳】」
「ちょ――」
「お元気な方々ですね。『少しお静かにしてください』」
ドライの優しい声が響き、脳筋二人は攻撃の途中で弾き飛ばされ壁にめり込んだ。
「いてて」
「いきなり何してくれるんですかねぇ」
「それはたぶん向こうのセリフでしょ」
そしてサイレンは考える。
「(喋れているから
ストレージから三叉槍を取り出したサイレンは突撃部隊も真っ青な脳死ゴリ押し二人組の前に躍り出て構える。
「相性も含めてぼくが残るよ。真正面から殴り勝てる相手じゃないからね。あと彼女の後ろの扉に天空の支配者がいるはずだから、中の装置もまとめて殴り壊して来な」
「壊す? 得意分野なのだ! 任せてるのだぞ!」
「ふむ、私もああいうひねくれた手合いは面倒ですしそれでいきましょう」
「女神ヘカテーよ、我が
「『うふふっ……頼もしい男の子は嫌いではありませんよ』」
音の衝撃波が衝突する。
その隙に最上階の大広間へウイスタリアとマツは突入していく。
「『大いなる海よ、深き海よ、母なる海よ。産み生みし生命の源流を、今、この手に』【神器解放:
「『遥かなる協奏、願いを届ける音は静かに鳴り響く』【神器解放:
水流を伴う槍を投げては移動しながら回収、間合いを詰めては突きを放つサイレン。
対するドライは神器であるマイクを手に美しい歌声でその全てを弾き、逸らし、完全に捌ききっていた。
サイレンの猛攻を軽く凌いで一曲歌いきったドライは空いた手で指を鳴らした。
「【協奏世界】」
「これは……」
ドライの世界スキルによって虚像の外壁が吹き抜けになり、そこにステージができあがった。
観客は居ない孤独のステージ、それは歌手であるドライやアイドルをやっているサイレンにとっていつもの場所であった。頼れる仲間も、崇拝すべき主もステージ上には居ない――まさにただ一人の世界。
しかし今は敵ではあるが声を重ねられる者が居る。
「ここはあなたの声も攻撃になります。なのでどちらかが倒れるまで共に歌いましょう」
「そうきたか……」
突然目の前に現れたマイクを見てサイレンは考える。ドライがかつて共演した番組で言っていた彼女の望み、そして自身が世界スキルを所持していないこと。
導き出される結論はただ一つ。この戦いにのるしかないのである。
「負けないよ」
サイレンは三叉槍を床に突き刺し、マイクを握った。
「そうこなくては……! お互いの曲で共に歌いましょう。ミュージック、スタート!」
どこかからスポットライトが二人を照らし出し、最初にドライの代表作が流れ始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
「うふふ……まさか踊りも合わせて対抗してくるとはやりますね」
「ぼくは歌手じゃなくてアイドルだからね。お互いの曲は終わったけどまだどちらも倒れていないし――第三者の曲でもやる?」
「それでしたら恋愛のれの字も知らない子がつくった曲がありますので、そちらでいかがですか? “愛する人に捧ぐ歌”というタイトルです」
「あー、謎の幼女歌手ナズナーんさんの曲だね。有名だしぼくも知ってるからそれでいこう!」
互いに一歩も譲らない歌と踊りによる攻防が繰り広げられる。
ミースはこの歌に、ソフィに対する敬愛を込めて、サイレンはパナセアに対する純愛を込めていた。次第にヒートアップしていき――サイレンの
かなーり前に受け継いだ【愛の芽】が。
「――♪ 【愛の奏者化】」
戦闘用の服から、
サイレンの歌と踊りに更に磨きがかかる。
そしてついに最後のサビに入った。
美麗な歌声と、愛情が飽和を超えた歌とダンスが激突し――【協奏世界】が砕けた。
ドライが膝をついたのだ。そもそもどういう判定でこの世界内で攻撃の威力が決まるかと言うと、ドライの主観による評価なのだ。ちなみに本人も知らないが、知らないからこそ、この圧倒的有利な効果になっていたりする。
「終わりだよ♪ 【ラヴリーサウンドスクリューウェーブ】!」
ハイになったサイレンはいつもは落ち着いた色の瞳に太陽を反射する海面のように輝かせて槍をドライに向けた。
するとピンク色の奇妙な効果音を伴った海流がドライを飲み込んだ。
満足げに気絶したドライはそのままどこかまでポップな波に押し流されていくのだった。
「ラヴリー! チェーンジ…………ぃ?」
元に戻ったサイレンは正気を取り戻して自身のテンションに青ざめる。
「もうやだなにこれ……むり。二度と使わない…………」
体操座りで壁際に寄りかかった。メンタルがぶっ壊れたようで1分ほど彼はフラフラでまともに立つこともできなかったという。ちなみにただの変身の反動なのだが、彼にとってはメンタルダメージだということにしないとあの形態に慣れてしまいそうだから無意識による自己防衛で誤解している。
◇ ◇ ◇ ◇
最上階の奥の部屋に突入した戦闘狂ペア。
各関節を鳴らしながらいい獲物がいたと悪い笑みを浮かべる二人の視線の先には、天空龍と知られている天の支配者がいた。
ところどころに雲を纏った巨大な龍が鎮座していた。その巨体はそこそこの規模の陸上競技場の大きさに近い部屋を埋め尽くすほどであった。
「【神格化】【謙譲の天使】【本能覚醒】」
マツの角が金色になり、天使の特徴も追加された。そして自身のこめかみに指をあてがい、銃のような形を作った。
「【謙譲の自重】、嗅覚」
全力全開のマツに続き、ウイスタリアも特に意味の無いポーズをとりながら変身した。
「【神格化】【本能覚醒】【称号発露:竜神姫】」
ウイスタリアが一時的に成長して大人の姿になり、衣装も豪華な戦闘用のドレスになった。
「……ん。なんだ、ハリボテではないか。その程度で我の【真竜眼】は誤魔化せない。マツ、そやつの本体は胴の雲がたる辺りなのだ。それ以外ただの見掛け倒しなのだぞ。【竜神連撃】」
「了解! 【縮地】【闘志の礎】【鬼神拳】!」
敵の仕掛けを一瞬で見破った竜神姫のパンチ連打、鬼神によるバフ全開で至近距離からの強烈な一撃で龍の胴体がメシッと音を立てて吹き飛んだ。
同時に実体を伴う幻は消えて、真っ白で巨大な鳥が姿を顕にした。
――直後、二人を風の斬撃が襲った。完全に不可視のそれをマツは真っ向から食らい、ウイスタリタは見切って躱した。常人なら粉微塵になる火力と手数なのだがマツはシンプルな耐久力で、ウイスタリアは敏捷性をもってして凌いだ。
「鳥ですか。大きいですし――焼き鳥にしてしまいましょう!」
「うむ。実に美味しそうなのだ」
〈ケェエエ!!〉
鳥――天の支配者ジズは自身以外の空気を固めて二人の身動きを封じた。
「何ですこれ? 肩を凝らせるスキルかなにか?」
「拘束など我らには通じないのだ」
脳筋ゴリラ二人はなんのそのとパワーだけで風の重圧を押しのけて動き始めた。
「【鬼火】【鬼灯の枝】」
「【紅蓮の竜腕】」
マツの右腕に妖しい火が、ウイスタリアの左腕が深紅の炎に包まれた。
風にも負けず二人は跳躍して距離を縮めて拳を引く。
「【鬼神焔拳】!」
「【真竜神拳】」
同時に二人の熱烈な拳が炸裂した。
そのまま一撃でジズを焼き焦がし、貫いた。
余波で部屋の中にあった賢者の塔を覆う結界の装置も破壊したのでこれで彼女らの役目は終わりと言える。
――乱入者でもいなければ。
「【強欲の簒奪】」
「ッ……! 【鬼神拳】!」
マツの肩に手を置いた者に即座に反撃するも難なく回避された。
残機5のうちの2つ、すなわち賢者ソフィ・アンシルが二人その場にいた。
「マツ!」
「くっ……力が抜け――」
「【
「【黒竜脚】!」
プレイヤーでもキャラロストさせる
「……誰なのだ?」
「賢者、ソフィ・アンシルよ」
「今の攻撃を捌いた判断、なかなかやるのね」
「二人、か……足りないのだぞ? 【ラストブースト】【
ミドリやマツの【縮地】よりも速く移動したウイスタリアはそのまま片方のソフィの顔面を掴んで粉砕した。
そして当然のように死をトリガーに肉体から爆発系統の魔術が展開された。
「10秒で終わらせるのだ――」
床を蹴るウイスタリア。
そこらの神なら何度も殺せる質と量の魔術が降りかかる。しかし神力を放ち逸らして躱していく。
大人モードの彼女はパワーは元以上、テクニックとスピードがマシマシなのだ。
「【
「【海龍槍】!」
「ナイスなのだサイレン」
危険な防御は割り込んだサイレンの攻撃によって無くなり、渾身の一撃がソフィの上半身を消し飛ばした。
――と同時に、〈【自爆】〉と思念の声がした。
「まずっ――」
「どっせぇーい!」
海流で加速したサイレンが爆発の間際ウイスタリアを庇う。
超至近距離の爆発だったが、水流で流されたことで大事には至らなかった。
「サイレン……ありがとなのだ」
直撃したサイレンは当然デスペナを食らった。
しかし当初の目的は犠牲者ゼロでやり遂げた。賢者の残機を2つ落とすという功績もある。
しかしここに来たのは戦闘用の分体ではなく、あくまでも回収用――マツの【謙譲】を回収するための。
つまり、既にソフィのもとには【憤怒】以外の七罪七徳が揃ったのだ。
ピースは着実に揃っている――
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