##竜の覇権争い##
ミドリが天界でタイムスリップして、お子様には到底見せられないような恥ずかしい顔でマナに耳かきされたりしている頃。
蒼竜の奇襲によって散り散りになった〘オデッセイ〙の面々はきちんと黒竜のナワバリにて合流した。
「遅いぞ長いの! なぜ我が首を長くしないといけないのだ」
「長いとは吾輩の耳のことか!」
「だからそう言ってる! その無駄に長い耳はお飾りなのか?」
「ほうエルフ差別か。いいだろう、その喧嘩買ってやろうぞ!」
「こら、今は無駄に体力を消耗しないの」
ウイスタリアとストラスの気が強い組の口喧嘩を、サイレンがなだめる。普段ならスルーしていた彼だが、今は軍事会議の場。
黒竜と緋竜の重役が真剣に戦いの作戦を練っているのだ。リーダーのミドリが居ない今、邪魔にならないようにバランサーになるのは彼の役目なのである。
「……母親みたいなこと言ってるのだ」
「……まるで
「――――頭、冷そっか?」
サイレンの頭にイライラマークが複数浮かぶと共に、二人は近くの水源からの水をガッツリ浴び、体を震わせながら黙った。
「ふむ、相手の戦力はおそらく半分ほどこちらで倒せるだろうが……それでも数が足りないな」
「すまないな。身内のゴタゴタに巻き込んでしまって。我がここまで衰えていなかったらすべて叩き潰していたというのに……」
申し訳なさそうに、ウイスタリアの誇りそのものである父、現竜王のランボルク・ボルテスタは謝罪した。その竜は最古にして人神の盟友の、かつて最強の座争奪戦にまで参加できるほどの強者であった。
「そないな謝罪より、勝つ方法を考えなあかんよ。戦は勝ってなんぼやさかい」
「戦術シミュレーションが完了しました。現在のデータから敵が選ぶ最適な戦術はこちらの三択になるでしょう」
ペネノが地面に石で戦略の図を描いて会議参加者に見せた。
一つ目は単純にこちらを囲って数で攻めるもの。
二つ目は数を分けて引きながら誘導し、蒼竜が存分に戦える北部の渓谷で待ち構えるもの。
三つ目は緋竜と黒竜のどちらも本領を発揮できない
「なるほどな……」
「ふむふむ、指揮官の頭脳によるな」
「ほーん。確かに三つ目が一番ありえそうやな」
「どのパターンにも対応できるよう、空中から分析した推定最適戦場には既に監視ドローンを向かわせました」
ペネノの有能っぷりに重役たちも心強いと感じている中、緋竜の若者戦士はしびれを切らしたように立ち上がった。
「ッチ! あの陰湿なやつらの作戦なんざ気にする必要ねぇだろ。全員焼き殺しゃあいいだけだっての」
「ラヌス! ランボルク様の御前で――!」
「親父も大人しくなったよな。古いヤツらが竜の血に抗ってどうすんだよ。そんなだからレントルに反旗を翻されるんだろ! おら、緋竜ども行くぞ」
ラヌスの呼びかけに、緋竜の若者を中心に追従した。ラヌスの父は血気盛んなバカ息子を締めようとしたが、ランボルクが制止した。
「よい。強き種が力に溺れるのは誰もが通る道。それを更なる力によってへし折られるのまでがせっと? というやつだと我が
「ハッ! まだまだラヌスのやつも青いな」
「てっきりぼくは君があっち側だと思ってたよ……」
「吾輩も」
「じゃあうちも〜」
「ほう、敵の首魁は彼の知り合いなのか?」
パナセアは何かを考えながら質問した。
「ラヌスとレントルは幼なじみなのだぞ。そして我はあやつらの姉貴分だ」
「そのレントル君が指揮官ということでいいんだね? 強さはどのくらいなんだい?」
「うーん。最近はあまり会ってないから分からないな」
「パナセア殿、レントルは冷戦沈着で屈指の戦略家だ。実力も黄昏時であれば最低でもウイスタリア以上と言えるだろう。弱点と言えるかは分からないが、あやつは全体のさらなる繁栄のためなら身内すら切り捨てる冷酷さも持ち合わせている」
ランボルクが補足を入れる。
それを聞いたパナセアは苦い顔をながら、ペネノに目配せをした。長く連れ歩いた仲。無言で作戦を共有したペネノは、すぐさま行動に移した。
監視ドローンを目的地に移動させ、作業用に変形しえ罠を仕掛け始めた。
「パナセアさん、ほどほどにね」
「ふふふっ! そこまで残酷なことはしないさ。ただ少し、ほんの少しだけ人間の恐ろしさを教えてあげるだけだ。ここでは人間じゃないんだがね!」
「ミドリはんみたいなノリしとるな」
パナセアの、不敵かつ敵役のテンプレのような笑みを見て、失敗フラグかなと察したサイレンであった。
◇ ◇ ◇ ◇
――ウ〜!
パナセアが用意した、罠にかかったのを知らせるサイレン(人じゃない方)が鳴り響いた。
現実の時間的には、ミドリが3号を受け取った頃である。
「よしよし。獲物がかかったね。まずは第一関門はクリアっと」
「敵軍、獲物を捕らえました」
「ちょい待ち、どういう状況なのさ?」
「敵がこっちの罠にかかった獲物を捕まえるってどない状況なん?」
「むむ?」
「???」
ここの過程についての説明を行っていないため、全員がクエスチョンマークを浮かべている。
そんな様子を満足しつつ、先に遅れないようにと車に乗らせて移動し始める。
「ペネノ、オブラートに包んで説明してあげてくれ」
「承知しました。では――」
車内にしか届かないアナウンスで、ペネノは作戦の未共有部分である序盤の詳細を告げていく。
「……えげつな」
「アッハー! エグすぎてわろえてまう!」
「悪辣だな!? 高潔なエルフでは永遠に思いつかない内容だ」
「よくわかんないが、上手くいってるならいいのではないか?」
そんな反応を示すような作戦……の前に敵の作戦を解説すると、白竜がまさに白兵として前線を張り、蒼竜は北方の寒冷地にて大規模な竜専用の魔術を準備、その後一斉攻撃という容赦のないものである。
頭のキレる指揮官がいるからこそ、ペネノの予想から大きく外れることは起きない。つまり、パナセアの作戦がよく刺さるのだ。
第一関門、暴走して突っ走リ敵へ正面から向かっていた緋竜の若者勢を罠で拘束。
第二関門、それを敵軍が捕虜として連れ帰る。
第三関門、しばらく放置しておく。
彼女考案の作戦はこれだけである。
これだけであれば敵に塩を送っているように思えるが、それは若者勢に何も仕掛けていない場合に限る。今回は敵に塩を送って無理くり傷口にその塩を塗りたくる作戦とも言える。
若者勢が向かうのは昨夜明言していたので、
そう――
「対竜衰弱薬物兵器、通称ドラゴンキラー。我ながらとんでもないものを作り出してしまった……!」
「パナセア様の名誉のために補足しますが、既に治療方法は確立してありますのでご安心ください」
「ちなみにどういうものなのさ? ウイルスみたいなやつ?」
「チッチッチッ……! 私はマッドサイエンティストではない。発明家なんだよ。そう、今回のドラゴンキラーは竜王ランボルク氏の血液提供のもと、その辺に落ちてた竜殺しの大剣を砕いて粉末状にし、それらを混ぜ合わせることで――」
要するに、かつて竜殺しの大剣を使う人間を打ち倒した竜王ランボルクはあまり見た目の良くないその剣を捨て、それをペネノの金属探知で見つけたという経緯である。
粉末状の
もちろん、風をあてにした作戦なはずもなく、シメはきちんと仲間側で行う。
「というわけでサイレンくん、任せたよ」
「粉末ってことはやっぱりそういうことだよね。抵抗はあるけど――仕方ない。じゃあパパッと終わらせるからね」
敵の前線基地が見えてきた。
車の上に乗ったサイレンは、近くの水場から水球を作り出した。
「【水創】」
小さな水球は、質量保存の法則を無視してみるみるうちにその量を増やし、巨大な水球として前線基地の真上に置かれた。
「竜ならそう簡単には死なないよね? ごめんなさい!」
謝りながら、水を降らせた。
仕込んでいた粉末は溶解しないため、少しずつ広がって竜の鱗の隙間から染み込んでいく。
「……流石にあんな量とは思わなかったがよくやったね」
「おっかないわぁ」
「中々やるではないか」
「貴様、本当に容赦のない人間だな」
「広かったから勝手が分からなかったの! 君らにだけはそんな目で見られたくないよ!」
「基地内の全白竜に衰弱の効果を確認しました――が、耐性のある個体が存在します」
「何? 竜王にすら効いたあれを?」
「測定、不能。通常の竜とは質が異なり、神の力が見え隠れしていたす」
「竜神の……? いや、それはありえない。ウイスタリアくんでさえ加護止まりだ。神の力は直接奪うか引き継ぐかしかないはず」
想定外の状況にパナセアは頭を抱える。
それもそのはず、竜神として覚醒したどらごんについては彼女自身がその目で見て知っているからだ。
そうこうしているうちに、事前に通達した通り黒竜が攻め入った。弱体化した白竜達は黒竜に次々とやられていく。
そして遠方から飛んできた蒼竜の攻撃は、後方で用意していた緋竜の攻撃で相殺。数は蒼竜の方が多いため、こぼれた攻撃は昨夜パナセアが各地に配置した自動迎撃砲が対応している。
弾には限りがあるが、時間さえ稼げれば蒼竜を蹴散らしに向かえる。
白竜の前線基地にウイスタリアを置いてから、車で一気に北方へ走っていった。海を操るサイレンがいるため、水場の多い北方での戦いは少数で倒すという作戦でもある。
「随分と変わり果てたのだな、レントル」
「これはこれは、ウイスタリア様。200年振りでしょうか。私めはさして変わっておりません。変わっているのは貴方様の方では?」
ウイスタリアが残ったのは他でもない、ドラゴンキラーが効かなかった相手を倒すため。
人状態で相対するのは、眼鏡をかけ、切れ長の目をした灰色の髪の青年である。
「ふん、もはや言葉は要らん。さっさとくだばれ【黒竜鱗】【竜掌】!」
「残念なことに、今の貴方様では私めには勝てません。【白竜鱗】【竜掌】」
余波だけで基地や周囲にいる竜をも吹き飛ばす衝撃がぶつかり合う。拮抗こそしているが、レントルは未だ余裕そうな表情のままである。
◇ ◇ ◇ ◇
〈【白金の槌】〉
〈ハァ……うぐっ!〉
戦いは竜形態にまでもつれこみ、ウイスタリアは既に限界を迎えていた。圧倒的な硬さ、鱗を貫通するような重い攻撃で苦しみながらも勝利を諦めずにいた。
〈これで終わりにいたしましょう。【光鋳の剣】〉
溶けかけの光の剣がウイスタリアの眼前に迫る。
――鮮血が舞った。
〈……お、い。何で……!〉
「へっ、へへっ。やっぱ、姉貴は俺なんかより強えぇからさ……こんなチンケな剣でやられるなんざ、似合わねぇっての」
捕虜になっていたラヌスが、人状態でウイスタリアを庇った。傷は完全に胸を貫いており、竜とはいえ死から免れることはできないだろう。
〈まだおままごとをしているのですか、くだらない。邪魔が入りましたが、今度こそ仕留めると致しましょう〉
〈く……そ……〉
ウイスタリアは動けない。
一度庇われたところで蓄積した傷が癒えるわけではないのだ。
もはや死を待つしかないのである。
――天からの贈り物が降ってでもしてこない限りは。
「どっせーい!」
純白の翼はどんな強者よりも自由に、光輪は太陽より眩しく、ウイスタリアの瞳にはそう映った。
そして、透き通るような翠色の髪に目を奪われる。
「ミドリ、バージョン2.0! 見参!!」
レントルを踏んずけたまま、自由気ままで傍若無人な大天使様は元気に名乗りを上げた。
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