##60 黄色
どうやら結構ギリギリだったようだ。
フェアさんとの世間話でこうなったと考えると責任を感じざるを得ない。
仕方ない。折角天使に復帰したことだし、たまには天使っぽいことをしておこう。
「女神ヘカテーよ、我が嘆願の声に応じ、愚かな者を癒したまえ〖セイクリッドリカバリー〗」
胸を貫かれた赤髪の男と、ボロボロになったウイスタリアさんをササッと回復する。
それにしても荒れた戦場だ。
水浸しな上に大きな力のぶつかり合いで生じたクレーターだらけになっている。
〈〖ドラゴンサージ〗!〉
「おっと、まだまだ元気そうですね」
この感じ……魔法、あるいは魔術の類かな。
無詠唱だし竜固有のものの可能性が高そうだ。
ジャンプで軽く躱しながら戦闘経験から分析。
咆哮をあげる白金の竜には、理性で取り繕ってはいるがえも知れぬ狂気が見え隠れしていた。
「ウイスタリアさん、その方を連れて下がってください。どらごんとンボ子は二人の護衛を」
〈どらごん!〉
〈わん!〉
「【人化】、分かった。悔しいが我では勝てん。任せたぞ、ミドリ! ほら、ラヌスは肩貸してやるから邪魔にならないとこまで行くぞ」
「お、おう」
ははーん。
ラブコメの波動を感じる。
ジャンル的には片思い幼なじみのやつ。たぶんウイスタリアさんはそこら辺興味無いタイプだから叶わないのがオチだろう。
「ヘヘッ……お肌が潤いますねー」
[ヲタクの友::かっこよさとキモさの両立ってなかなかできないと思うんだけどな…]
[ジョン::カプ厨か?]
[ドL::た た か え]
[死体蹴りされたい::カプ厨の鑑]
[パン屋ぱん::言ってる場合か]
[壁::よかった平常運転だ]
おっと、配信中だった。
真面目に戦いますかー。
〈〖ドラゴンレイ〗〉
「【吸魔】」
3号で竜の形の光を吸い込む。
すると、剣の装飾にある赤い石が点灯した。
「なにこれ?」
〈〖ドラゴンストーム〗〉
「わわ、【吸魔】」
剣の光が増した。
そういえば2号の性能からアップグレードされていると言っていたし、もしかしたらこれ吸うだけで終わりではないのでは?
そうなると【吸魔】の対義語だから――
「【放魔】、とか?」
剣の先から先程吸った魔術が発射された。
敵の鱗も頑丈なようで大して効いていないようだが、魔法を主軸とする相手がいる集団戦のときにはかなり重宝しそうだ。
「ま、こっちはもう性能テスト完了ってことで倒しちゃいますか」
〈天使風情がこの私めを倒せるとでも?〉
「それ、死亡フラグです。『
両手で私の神器を握り、刀身を出現させる。
ついでに職業を《屠竜士》に変更。
『職業:《屠竜士》になりました』
軽くステータスから職業スキルを確認してっと。
ふむふむ。常時竜に対する特効と竜からの被ダメ減少と、いい感じの剣技系スキルもある。
「【縮地】【
大剣フォルムの新たな相棒が、竜の図体を真っ二つにしてのけた。竜への特効があるとはいえ、豆腐とも切るような感触だったので、私も結構引いている。
「こわ、こんなに斬れるなんて聞いてないんですけど」
[枝豆::音がブチブチじゃなくてスッだから気持ちいいね]
[カレン::( 'ヮ' )]
[あ::覚醒しすぎでは?]
[芋けんぴ::自分でやってドン引きするのまでがテンプレ]
[病み病み病み病み::爽快!]
[天々::これが大天使の力かー(震え声)]
それにしてもアッサリ終わってしまった。
なーんかこういう時って良くないことが起きそうなんだよねー。
念の為、竜の死体から目を離さないでいる。
「――っ」
どこからともなく竜の死体に
見られている。私のことをじっくりと、その
私がこれまで積み上げてきた戦いの勘が警鐘を鳴らしている。
黄色い布が竜をモソモソと取り込んでいる隙に、私は詠唱を開始した。
「『光は集い、闇は巣食い、焔は焚べられる。そこには希望も絶望も無く、目的も未来も見い出せず。数多の救いを切り捨て、終焉を迎える道を歩む』」
「■■■■■■■■」
人間の2倍ほどの大きさの布が私の前に立つ。
いや、あれはただの布なんかではない。液体とも固体とも気体ともとれる、あまりにも不安定な存在。この世に在ってはならないものである。
「【
冷や汗で服が濡れてしまった。
「なんだったんですかね……」
[らびゅー::また一撃かい]
[燻製肉::強すぎない?]
[蜂蜜過激派切り込み隊長::エフェクトもかっこよかった!]
[ベルルル::黄色の布ってやっぱり王ってことかな?]
[無子::クトゥクトゥしてきた……]
王?
気になってその場で「黄色の布 王」で検索した。そして直ぐにあの異様な気配に納得がいった。
「黄衣の王、神の気配がしたのはそういう事ですか。でもどうしてこんな所に邪神が……?」
こんな所は失礼か。
おそらくあの白金の竜が唆されて死んだことで目覚めかけた……のかな? どうもしっくりこない。そもそも相手は邪神だ。まともな思考で仕掛けてきたとは限らないし、ただちょっかいをかけるためだけに、竜同士で戦うように仕向けただけの線もある。
「おーい! ミドリ、無事かー?」
「あらウイスタリアさん」
今は考えても仕方ない。
それより先に目先の不快感を消す方が優先事項だろう。
「汗かいちゃったのでこの辺で水浴びできる場所とか教えてくれません?」
「水浴び……近場のはさっきサイレンがここを水攻めするときに使って竜殺しの粉? が混ざってるから少し離れたところのしかない」
「サイレンさんも反抗期ですか、シクシク」
[唐揚げ::棒読み草]
[芋けんぴ::空から探した方が速いのでは?]
[階段::その翼はなんのためについてるんや?]
視界の端で流れるコメントに気付かされた。
ついさっきまで考えごとをしていたから、飛べることを忘れていた。というか飛べるようになったのも今日だから、飛ぶという選択肢が忘れがちになっていたのもある。
早く大天使としての力に慣れないと。
「飛べばいいんでしたね。ちょっと浴びてきますので後で合流しますねー」
「迷わないようになー」
「空から探せば迷いようはありませんよ!」
「それもそうか! ガッハッハッ!」
翼を手にした私は、ついに迷子という不名誉な属性から解放されるのだ。
さよなら、ポンコツな私。
そしておはよう、クールな私。
◇ ◇ ◇ ◇
「さて、綺麗な水辺を探して結構入り組んだところに来てしまいましたが…………ここはどこでしょう? 昼間だから明かりの目印もありませんし完全に詰んだんですが」
カメラを切って音声だけで水浴び雑談をし、合流のために高度を上げたところでようやく気付いてしまった。
岩場が多くて地上のものが見えにくいし、かといって低空飛行なんてしようものなら岩壁の迷路に惑わされるのがオチ。
上空の突風が吹き荒れる領域のギリギリから見渡しているが、一向に人や竜の姿は見えないでいた。
「仕方ありませんね。適当にふらつきますか。その間イベントの話でもします?」
[紅の園::そういえば明日だっけ]
[コラコーラ::wktk]
[天井裏::雑談たすかる]
[タイル::今回はどんなイベントなんだろ]
そう、私が三日も試練でくつろいでいる間にイベントの詳細が告知されていたのだ。日時はあらかじめ知っていたから予定を入れたりはしていないけどね。
「今回のイベントは2日間行われ、敵モブを倒してその質と量によってポイントを競う感じみたいです。PVもあるしストーリーとかもあるかもですね」
告知からはただのプレイヤー間競争イベントにしか見えないが、何か魔大陸でフェアさんがごちゃごちゃ言ってたから何かしらバックグラウンドがある可能性が高い。
「まあ明日になればどんな雰囲気かは分かるでしょう。今日は早寝して明日の昼からの配信をお見逃しなく」
「――ミドリ様、お迎えにあがりました」
「あ、ペネノさん! よかった、道に迷うところでしたよー」
ドローンが私に語りかけてきた。
さすがうちの孫の手係。痒いところに手が届く。
「既に宴の準備が始まっています。ご案内します」
「よろしくお願いしまーす。じゃあここからはプライベートなので配信はここまで、また明日お会いしましょう。おつですー」
しっかり締めの挨拶もしてから配信を終える。
そしてドローンについていってみんなのもとへ向かう。
近づくに連れ、お肉の良い香りが鼻をくすぐる。
戦いの後はやはり肉、宴会、パーリータイム。竜の出す食事の量が楽しみである。
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