###36 色んな授業

 




 ――種族学――


 編入初日。仮で目当ての授業を見繕って校内を散策した後の二限目。

 チャイムが鳴り、私とウイスタリアさんは後ろの方の席に座った。


 少しして教授が入ってきた。

 どこにでも居そうな至って平凡な女性といった見た目だ。動きの機微からして只者ではなさそうだが。修羅場、というよりは年季を重ねたことによる佇まいの安定――



「下手なおばあちゃんより歳上かな」

「おや、女性に向かって失礼なことを言う人が居たものだ。後方であれ私は地獄耳だから油断しないように。君は見ない顔だが……」



 ずいっと私の正面まで歩いてきた。

 これはマズイ。ものすごく失礼なことを言ってしまった。別にお歳をくってるとかではなくベテランという意味合いだったのだが普通は悪い方に捉えられるよね。


「すみません。見たことない種族の方でビックリしまして。私たちは今日編入してきたもので」


「へぇ? 初見で人間じゃないと見抜くとはなかなか種族学の才を持った子だ。気配的に天使……それも上位のだね。それにその瞳の紋様――」


 私の目を覗き込む教授。

 意外と年齢のことは気にしていないようでよかった。



「高位の神との繋がりに加えて虹? これも神関連か? そして呪縛に近い運命を感じる」


「すみません、他の方のご迷惑になりますし講義を進めていただけませんか? 編入早々ご迷惑をおかけしたくありませんので。先程の失言についてはこの通り謝罪しますので」


 その場で頭を下げて仕事に戻れと促す。

 それを汲み取ってくれたのか、教授は意気揚々と教壇に戻っていった。


「へんなやつなのだ」

「シー……聞こえちゃいますから」



「さて、新入りもいることだし改めて名乗るとしよう。私はレガレット、揺命人ようめいびとの生き残りだ」


 聞いた事のない種族名だ。見た目は完全に人間だが字面からして寿命関連で特殊な特徴なのだろうか。



揺命人ようめいびとは一般的な長命短命の尺度にはなく、20年の不眠不休の活動の後、20年の完全休眠を行い、それを永遠に繰り返す種族だ。休眠中の私達は不滅であり、現在私しかこの種族が居ないのはどこかの賢者さんが活動中の我々を淘汰したからだ」



 確かに永遠に繰り返すのならレベル的な面でも経験的な面でも厄介なのに違いない。ソフィ・アンシルが揺命人ようめいびとを排除したのも頷ける性能である。しかし、ならなぜ彼女は生かされているのか。


「ま、私は他の頑固者共と違って彼我の実力差は見えていたから早めに降伏して生かすことで利があることを話したのさ」


 私の考えを見透かして説明してくれた。

 生ける歴史の証人でもあるから有用と言えばきっとそうなのだろう。

 そう考えるとソフィ・アンシルによって滅ぼされた種族も少なくなさそうだ。私の天使族は確か破壊神関連のゴタゴタで滅んだから違うけど。



「それより折角天使の者がこの場に居るんだ。天使関連の話をした後彼女に直接質問を投げかける時間も設けようか。構わないかな?」

「授業の一環だというなら一生徒として従うだけです」



「ではまず、天使の定義とは何か、我々は比喩表現として時折心優しき者に天使かと言うこともある。しかしそれは大きく間違っている」


 私をビシッと指してレガレット教授は続ける。



「彼女は別に心優しき存在ではない。見れるものが見れば分かるが善悪どちらの領域にも足を踏み入れているからな。では何が天使たりえ、逆に堕天なんてことが発生するかの線引きだが――」


 なんだろう?

 グレた判定になったら?



「私見ではあるが、その者の絶望度合いで天使か堕天使かが決まっているはずだ。心当たりはないか?」

「バチバチあります」


 ――それから長々と天使についての話をされたが私の知らない情報は無かった。その後の問答も特に当たり障りないものばかりであった。


 でも“天使はお風呂の時にどこから洗うのか”なんて質問に意味はあったのだろうか? 律儀に答えちゃったけれども。









 ――魔導工学――


 ホームルームに続き質問攻めにあった種族学も終わり、ウイスタリアさんと優雅(当社比)に昼食含めたお昼休みを過ごし、三限の魔導工学の教室に来ていた。


「……来るとこ間違えましたかね?」


 ウイスタリアさんはこの時間運動学の授業に行っているので私だけ。

 誰かこの状況を説明して欲しい。


 教室にいる生徒全員が頑丈そうなガスマスクとヘルメットを装着し、制服の上から明らかに金属糸っぽい白衣を着ているのだ。

 何? 兵器でも作るの君達? みんな本から目を逸らさないし、もしかしてインテリ系の方しかいないのだろうか。



 私が後ろ側の入口で戸惑っていると、その後ろから入ってきた人が私の肩をトントンと突いた。


「あ、立ち止まってしまってすみませ……」


 振り向くと、ロリロリしたロリがそこに居た。優しめのふわふわなピンク髪を背中の半ばまで伸ばし、幼女特有の等身の子だ。

 ……他の人と同様、ガスマスクとヘルメット、ブカブカの白衣は装備しているが。


「パ……もしかして! 噂の編入生なのですね!」

「え? そんな噂になってるんですか?」


 一応潜入任務の名目なので目立つのは良いのか……今更か。さっきの授業を思い出して私は即座に諦めることにした。

 それより、この異様な光景の説明を求めると、幼女は元気に答えてくれた。



「この授業は実習も毎回やってて安全のためなのですよ!」

「でも授業の持ち物欄には書いてありませんでしたが……」


「それはここの爆は……作業音でだいたいみんな知ってるから暗黙の了解みたいなやつだと思うのです…………」



 今爆発って言いかけたよね。

 ろくな事になりそうにないので後退しようとしたが、がっちり腕を掴まれ、何かを握らされた。


「これは……装備一式!?」

「予備で持ち歩いていてよかったのです」


 なんで持ち歩いてるんだ。壊れた時の予備とかじゃないよね? 私、別に被虐趣味でも爆発魔でもないから正直遠慮したいんですけど。


 ダボダボの萌え袖白衣の可愛さにやられて抗えずに無理矢理席に座らされると、ちょうど授業開始のチャイムが鳴った。

 同時に前の扉が開いて見覚えのある人物が入ってきた。パナセアさんである。確か補佐的なお仕事だと聞いていたが教授はいらっしゃらないのだろうか。


 するとパナセアさんはこちらに気付いたのかやぁと手を振り――そして手を飛ばして私の傍らにいた幼女さんの首根っこを掴んで引き寄せた。


「今はこっち側でしょう。何生徒に混ざってるんですかネルバ博士」

「てへってやつなのですよ! では助手君が自慢していた編入生に自己紹介といきます! ネルバはファネルバ・リィユ! 魔導工学では博士号を獲得していて教える側なのですが、他の授業は生徒として通ってるので別の場所で会ったら仲良くしてくれると嬉しいのです!」



 噂ってパナセアさんの口から出たことかい!

 というか普通にすごい人っぽいな。他の授業で会ったらご要望通り仲良くナデナデムニムニするとしよう。


「……なんか寒気がしたのです!?」


 お、風邪のひき始めかな? 私が温めて上げないと……!


 歩み寄っところで変な機械を踏んで盛大に爆発したが、みんながアフロになっただけで教室は無事だった。そしてそんな出来事爆発もいつものことのように流され、普通に難しい授業が繰り広げられ――私は頭が爆発しそうになったのだった。






 ――賢仕学――


 学校生活2日目。

 ホームルームで数人の連絡先をゲットして一限の賢仕学の教室に来ていた。結局隣の人とは話せずじまいだったなー。



「それにしても広いし人がいっぱい……」


 この授業は賢者に仕えるための心得やら中央の仕組みを学ぶ授業で、賢者崇拝のこの国では人気が高い。

 ではなぜ今朝できた友人と一緒に受けられないかというと、この授業を受けているのは就職を間近に控えた就活生が多いのだ。

 私の学年だとウイスタリアさんがこの時間に受けている睡眠学入門に全員行っている。朝からぐっすり寝られると好評らしい。


 授業も始まったが正直眠い。先生も眠くなるタイプの口調の人なので尚更。

 有益な情報を待つために頑張って耐え…………






 ――冒険学――



「ふぁわぁ、まだ眠いんですけど」

「よく眠れてスッキリしたのだ!」


 これがレム睡眠とノンレム睡眠の差というやつか、知らんけど。私もそっちの授業にしようかなーなんて考えながら二限の冒険学の教室に入る。

 例のごとく後ろの方の席につき、周りの人達の様子を窺う。


 学年的には上の人が多い印象。同じクラスの人は……あ! 隣の席の黒髪の人が居る。

 授業が終わったら話しかけてみよう。



「あ! みーたんなのです!」

「どうも、昨日ぶりですねネルバさん」


 私をみーたんと呼ぶのは珍しい。でもネルバさんは可愛いから許す!

 それにこういうあだ名も学生っぽいからね。


「ミドリ、このちんちくりんは誰なのだ?」

「ちんちくりんとはなんなのですか! むきゃー!」


 ウイスタリアさんは自分の方がお姉さんだからと相手にしない様子だ。可愛らしい光景で和むがちゃんと紹介しよう。



「こちらは魔導工学の教授にして生徒もやってるネルバさんです。ネルバさん、この子は私の……幼なじみ的な人でウイスタリアさんです」



 うろ覚えの設定で他己紹介をすると、ネルバさんは私の横に腰をかけた。これぞ両手に花である。

 なんだが2人とも身を寄せてきている気がしてとても口元が緩んでしまう。


 軽くイチャコラしているとチャイムが鳴り響いてゼクス先生がその鋭い眼光を携えて入ってきた。



「席につきたまえ。授業を始める。早速だが次の授業でダンジョンにて実地を行う。そしてその後の授業でそれぞれが決めた場所に赴き、こちらで用意した依頼を達成してもらう」


 つまり来週はダンジョン、再来週は修学旅行的なノリなのだろう。



「そのため、今から班決めを実施する。……ふむ、ではこちらで割り振りを行う。【啓示】」


 生徒一人一人の前に小さなカードが出現した。私の前には数字の“4”が書かれている。チラッと横を見るとウイスタリアさんとネルバさんにも同じ数字が。


「同じ数字の者同士で班を組み、ダンジョン探索の立ち位置や作戦、課外学習の場所と依頼についての相談しながらをしたまえ。ここで終わるまでは居るから質問があれば随時来るといい。では開始」



 するとカードが青く光り、同じ数字同士で線が繋がった。


 第四班のメンバーは私とウイスタリアさん、ネルバさん、そして――



 漆黒のレ目がこちらに向けられる。



 ――黒髪のホームルームで隣の席の少女だった。

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