###それぞれの用意###

 

 ――時間は少し飛び、ミドリたちが学生生活を送りだしてから数日経過した頃。



 〈サイレンの場合〉



「おかしい」




「サイレンさん出番です! いっちょやっちゃってください!」

「……はーい」


 何がおかしいか、彼は改めて自身のおかれた境遇に疑問を抱く。とはいっても彼にとってそんなことは明白であった。


「男の娘アイドルとかなんで需要があるのかも分からないし謎にバズってまさか現実より先にゲーム内でお茶の間に出ることになるとは……」


 サイレンはこっちの世界でオタク文化が浸透していることに驚いていた。

 しかし、彼はあとが残らないように優しく自身の頬を張った。今からの撮影は目的通り、賢者ソフィ・アンシルの直属の配下である〘ツィファー〙の一人と共演するのだ。

 親睦を深め警戒されないように次へと繋げつつ情報を集める――それが彼の任務なのだから気合いを入れ直したのだろう。



『本日のゲストは巷で大流行中の男の娘アイドル、サイレンさんです』


 全てを包み込むような優しい声がマイクを通して振り撒かれ、サイレンはアイドルの皮を被ってカメラの前に出る。

 これは〘ツィファー〙の“慈母”ことドライ3番目がやっているTV番組、「慈母のお茶会」であり、その視聴率は平均でも驚異の8割超である。

 なにせこの国の全ての者が敬い崇める賢者の信頼する人間であり人間性も優れており、歌姫とも呼ばれるその道の達人でもあるのだから当然と言えば当然だ。


「どうぞ、おかけになって」

「ありがとうございまーす!」



 媚びっ媚びの声と笑顔を取り繕いながら席につく。サイレンの仮面は演技のプロですら騙せるものであった。……彼を知る仲間、特にミドリが見たら抱腹絶倒ものだろうが。

 ともかく、彼自身が見るとあまりの羞恥心で蕁麻疹が発症しかねないので彼は振り返ることはしない。つまり演技の道に進むことはないのである。


 番組は他愛もないアイドルとしてのサイレンについて深堀りされ、嘘でコーティングされた昔話作り話を披露した後、最後のトークテーマに入った。



「活動の中で目標としているものはありますか?」

「目標……そうですねー、すごい友達に並び立てるようになりたいです!」




「十分サイレンさんもすごいとは思いますがそのご友人とは……?」

「ヒ・ミ・ツ、です♪」


 サイレンは今日日きょうび稀に見ないレベルのぶりっ子をして誤魔化し、自然な形で質問を打ち返す。



「そういうドライさんの目標は何ですかー?」

「私の目標、願いはただ一つです」



 純白の装束に身を包んで目を閉ざしているドライはその豊満な胸の前で両手を組んで祈るようなポーズで告げた。



「――うら若き新芽に敗れること」

「なんか難しそうな話です?」


「いえ、それほど難しくないはずです。私も一度私すら超える素質を持つ子に軽く教えたことはありますが……彼女はもう亡くなってしまいました。一芸あれどこの国では弱き者はただ潰えていくのみですから」


 この天空国家クーシルは賢者ソフィ・アンシルが支配しており、その風潮として絶対的な資本主義社会なのだ。現実の日本のような福祉をはじめとするセーフティネットは存在しないのである。

 だからドライすら凌駕する才能の持ち主である者はすり潰されないような運命の巡り合わせも必要だ。

 ドライが持ち上げた少女はそれが足りなく亡くなってしまったのだろう。


 当然、そんな少女七草ナズナがあの世――冥界で冥神すらファンにするほどの歌姫になっていることはミドリくらいしか知らない。


 そんな話は置いておくとして、敗北を知りたがっているドライにサイレンは猫を被ったままド天然な発言をかました。


「じゃあ、ぼくがその新芽になりますよ!」

「…………ふふっ、それはとても楽しみです。いつでも待っていますよ」



 実質的な宣戦布告に、面と向かって言われたドライも、この番組を見ていたこの国のインターネットの住民も大いに盛り上がった。

 この国では既に電力の代わりに魔力が使われている技術が進歩しており、インターネットも流通しているので、情報を常に集めているネアはこれを見てため息を吐くのだった――






 〈コガネの場合〉


「……」


 コガネはクランからのお小遣いで買ったこの国のスマホ、そこに入っている地図アプリを見ながらバスに揺られていた。現実に近い進歩をしているこの国ではごく一般的な公共交通機関である。

 しかし時刻は仕事上がりの人が多い夕方。

 要するに満員であった。


 彼女のお尻を撫でる手が。

 その手はサラリーマン風の禿げた中年男性のものである。



「……」

「はぁはぁ」


 コガネはバスの中だと邪魔という理由で耳と尻尾を幻影によって消していた。服装は袖のないグレーのニットに白のタイトスカート、大きめの丸いサングラスをしてオシャレに着飾っている。


『次は、螺旋塔前〜螺旋塔前〜』


 目的の場所に着いたコガネは人混みをかき分けてバスから降りる。

 そして出発するバスを眺めて一言。



「随分と男のケツに興奮してはったなぁ」


 バスの中では、未だ男のお尻をまさぐる中年男性が。触られる方も何故か満更でもない様子。

 狐に化かされた哀れな中年男性が触られていた男とちょっとした展開(意味深)になるのはまた別の話。



「ここが螺旋塔……ちんちくりんな塔やな」


 観光用の所までしか一般入場できないが、ひとまず塔の内部に入って内部構造をスマホのお絵描きアプリでメモしていく。

 ここはネアからあらかじめ聞いていた、彼女が作戦当日に侵入する場所なのだ。

 この螺旋塔には天空国家クーシルだけではなくこの空に浮かぶ大陸の結界の操作ができる場所なのだ。

 塔の中心の螺旋階段を上るとその度にスペースが階段の外側についている構造で、一般的開放されているのは10階まで。外観からして30階ほどの高さはあったので残りの3分の2が未知数である。

 階段を見張る警備兵も10人近くおり、この塔の重要性からして直属の配下、〘ツィファー〙がいてもおかしくないため、無理な侵入は図らない。


「お土産にこの螺旋チップスでも買ってこかなぁ」



 あくまでも自然に、観光客を装って狐はよく観察する。


「(ここから先は行けへんし……ん? 天井にへんな線が入っとる。それに横にも妙な構造の金属があるなぁ。なんやろ)」


 階段を下りて下の階で確認しても同じような仕掛けが施されていた。

 コガネは首を傾けながら一応とメモをとっておくことにした。



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