###35 高校生(学園生)

 

 整備の行き届いた廊下。穏やかな静寂に包まれ、私とウイスタリアさんは新品の青緑の制服に袖を通して呼ばれるのを待っていた。

 どうやらこの学校は授業のとり方は現実でいうところの大学のようなシステムだが、高校までの“クラス”のシステムもあるようで今から自己紹介しないといけないらしい。

 ウイスタリアさんと分断されると色んな意味で多方面にご迷惑がかかる可能性があるので昨日の面会で同じクラスにしてもらったのだ。



「――2人とも、入りたまえ」


 担任の教員に教室の中から呼ばれたので、胸を張って堂々と入室する。こういうイベントでなめられたらいけないって不良喧嘩マンガで見たからね!



「好きに自己紹介を」



 黒縁メガネのインテリイケメン教師が素っ気なく私たちに自己紹介を促す。

 彼こそが、ターゲットであるソフィ・アンシル直属の配下、〘ツィファー〙の“叡神”ゼクス6番目だ。なるほど、神の名を冠するのは間違いないようで、彼からは微かに神力を感じられた。

 とりあえずはこのゼクス先生をマークしておけば潜入任務としては十分、他は自由に学生生活を楽しむとしよう。




「はじめまして。この度編入しました、ミドリと言います。分からないことだらけですので色々と教えてくれると幸いです。よろしくお願いします」

「ウイスタリアなのだー」



 とてつもなく無難なあいさつを済ませると拍手で歓迎される。席はホームルームだけ出席確認の効率化のため決まっているようで、指された席に座る。私は最後尾の窓側から2番目――いわゆるヒロイン席だ。ウイスタリアさんは最後尾の廊下側の席にいる。ちょっと離れているがホームルームだけだし問題は無い。



 この学校は初等部から大学部、そして大学院まであり、よほど問題を起こさない限りは特上のエレベーターで試験もなしに進学できる仕組みだ。大学院を除いて、ホームルームと選択式講義が採用されているのは生徒の情操教育と勉学の効率的専門化のためらしい。現実と違い、かなり強引で効率重視のやり方だが、そこはこの国の独裁体制ができる技でもある。

 尖ってはいるが、教育の面では現実より優れている節があるかもしれない。最近はリモート化が進んで情操教育の機会がうんぬんかんという話題も見たし。


 大して意義のない、先生が業務連絡をするだけのホームルームの時間をそんな思考をして聞き流しているといつのまにかホームルームが終わっていた。


 ――さて、友達づくりの時間といこうか。

 隣の窓際の席の女の子は退屈そうに窓の外を眺めている。ここは5階なので見晴らしも良さそうだ。



「あの――」

「ねぇねぇミドリちゃん! なんかいい匂いするけど何の種族なの!?」

「ミドリさん! 演劇サークルに興味ない? 貴方くらいの美人さんだと絶対映像映えするよ!」

「授業なにとるかもう決めたー? 初等部からの私が手取り足取り教えるよ!」


 おうふ、思ったよりグイグイくるな。私が質問攻めを受けている間に隣の席の人はいつのまにかどこかへ行ってしまった。仕方ない。またの機会に挨拶しよう。お隣さんと仲良くしろとはよく言うからね。



「やめろおお! 我に触るな!」


 ウイスタリアさんの声が聞こえたのでそちらを見ると、私と同じように囲まれ――質問攻めではなく撫でられたりほっぺたをムニムニされていた。

 もみくちゃである。……うん、可愛がられているならよし。



「ええい鬱陶しい! ミドリ! ここは撤退なのだー!」

「え、ちょ……」



 ウイスタリアさんが私の首根っこを掴み、窓を破っての脱出を図った。初日から窓割るのはマズイ……と思っていたら担任にして調査対象のゼクス先生が指をこちらに向けて窓を開けてくれた。

 今のは風の…………魔術だろうか? 少し仕組みが違うように見えたのが気がかりだ。

 あとこんな状況になって不審がられたり変な噂が立つと面倒だが――



「おおー! 百合だ!」

「嫉妬か? 嫉妬なんだな? 最高かよ」

「清楚系美少女と尊大系美幼女のカプとか最高か? ご馳走様です」



 その点は問題無さそうだ。

 窓から出る際に聞こえたあまりにもあまりにもな声を聞いて一安心、していいのかは分からないが。


 しかし困った。ある程度クラスメイトから各授業の前評判は聞いておきたかったが、順番に面白そうなところを覗いて決めていくしかなさそうだ。

 休み時間ではあるので適当なベンチで話し合う。


「ゼクス先生の授業は確定として、ウイスタリアさんは何か興味のあるのあります?」

「この冒険学と武術学が面白そうなのだ」


「冒険学はゼクス先生の受け持ちですからそれは確定として武術学ですか……」


 同じ時間に種族学なるものがあって惹かれていたのだが諦めよう。


「? 別行動すればいいのではないか?」


 私が何かを言う前に彼女は当たり前のようにそう言った。

 ひとりにして大丈夫なのだろうか? 武術学とか言ってるあたり実戦的な内容だろうし万が一本気を出して武道場を破壊でもしたらと思うと……。

 チラッとウイスタリアさんを見ると、それはもう純粋で澄み切った瞳をしていた。信じ……ようかな。



「…………そうですね。私はこっちの種族学をとります。あまり無茶はしないでくださいね?」

「むん!」


 それから色々と空きコマを揃えるべく相談しながら、仮候補として決めた。あとは実際に一度受けてみて適宜調整をするだけである。


 私は冒険学と種族学に加え、魔導工学、技能学、高度魔術学、賢仕学、世界史学1をとった。


 理由としては、冒険学はゼクス先生が居るから。

 種族学は純粋な興味としてどんな種類が存在するのか気になったから。

 魔導工学はパナセアさんが助教授としてアシスタントのようなことをしているとメッセージで聞いていたから様子を見に。

 技能学はスキル関連の話を期待して。

 高度魔術学は興味本位。

 賢仕学は賢者ことソフィ・アンシルに仕える役職や〘ツィファー〙関連の話が聞けるらしいから。

 世界史学は……まあ元魔神であるマナさんのことを更に知れる可能性があるからかな。



 ちなみにウイスタリアさんは冒険学と武術学、飛行学、技能学、運動学、睡眠学入門、世界史学1をとっている。基本的に全て興味本位が理由である。私と同じやつは数合わせだけど。



「今日の一限は空きコマ、特に面白そうな授業も無いですし……ポージング学だけ気にはなりますが校内の設備把握も兼ねて散策しましょうか」

「そうだな、筋肉学は気になるけど食堂も行ってみたいのだ」



 そして校内の案内図を片手に歩き回る。

 ――そこ、私が地図を持って平気なのかと酷いことを考えたでしょう。




 大当たり! 

 しっかり迷子になりましたぜ!



「終わった。広すぎでしょうに」

「冒険学準備教室だからここなのだな。だから、食堂はあっちなのだぞ!」


「ん? 冒険学?」



 つまり目の前のここは調査対象であるゼクス先生の職場というわけか。これは物色チャンス!

 ウイスタリアさんと共に中に侵入する。彼女に見張りをさせるよりは一緒に入った方がいいからね。


 部屋の中は散らかっており、よく分からない魔道具やらレポートの山やらがあちこちにある。

 ソフィ・アンシルや〘ツィファー〙関連の情報が無いか手紙の類や論文っぽいものを読み漁るがめぼしいものはない。

 まあそもそも味方の弱点や情報を無駄に書き綴るなんて不用心だからそこまで期待はしていなかったけど。



「分かったのはゼクス先生が生真面目で生徒思いだと言うことだけでしたね」

「ミドリー、なんかソフィって書いてあるのがあるのだ」


「どれどれ……ソフィア・アディさん? 『ダンジョンにおける賢者様以外の上位存在』……おそらく無関係だと思いますよ。ソフィアという名前自体は結構多いみたいですし」


 ダンジョンの起源までは分からないが、運営の存在について触れている時点でかなり頭が回りそうな人だと思いながら、この辺で切り上げることにする。



「む、こんな所で奇遇だね」

「ぴゃああ!?」

「パナセア! 元気にやってるかー?」


 準備教室から出たところで声をかけられ心臓が口から飛び出そうになったが、どうやらパナセアさんだったようだ。



「ああ、よりこちらの世界の魔道具や遺物アーティファクトの研究も取り入れて装備の刷新が進んでいるよ」

「それはなによりです」

「また強くなるのだな! 頑張るのだぞー」



「パナセア君! 次の大学院の方の論文なんだが……」

「おっとお呼ばれされてしまった。ではまた」


「はい。私は魔導工学とったのでそちらで」

「バイバイなのだ〜」


 上手くやれているようだ。

 私も負けないように学生生活頑張るぞー!


 改めて気合いを入れ、食堂へ向かうのであった。当然ながら学校案内の図はウイスタリアさんが持っている。前科というのは重いのだ。

 うう……私の頼れる高嶺の花系清楚系美少女のポジションが…………親しみやすいおっちょこちょい純朴美少女ポジションになってしまう。うぅ……。



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