#78 {適応魔剣}



「ローグイン!」




 昨日はゲーム内で寝落ちしてしまって、機械をかぶったままだったので首周りがカチカチ。

 ゲーム内で寝ると自動でログアウトさせられる仕様なのは良いけど、ログアウトしたら起こす機能があれば便利なのに。



 目を開けると、相変わらずの暗闇で何も見えない。天使モードになって光を灯す。



「はよー」

「ふぅぁっ!?」


 思わず変な声が出てしまった。

 起き上がった私の肩に手を置くキャシーさんの方を見てみると、昨日よりクマが酷くなっていた。



「おはようございます。あまり寝れていない感じですか?」

「そー」



 天使がいるから、とキャシーさんは眠そうに付け足す。


 昨日言っていた天使が近くにいるとベッドの効果が弱まるとかのことだろう。もしかしなくてもあまり一緒に居るべきではないのかもしれない。

 また一人になるのかな。


 ん?


「“一人”?」


 何か最近しつこく聞いたような……なんだっけ?


 思い出そうと頭をこねくり回していると、キャシーさんが私の腕を掴んだ。



「こっち」



 手を引かれてどこかへ連れていかれる。

 キャシーさんの手はとても硬く、金属のような冷たさも孕んでいるように思えた。



「あの」

「うん?」


「昨日見せていただいた記憶、いつのですか? 見た目はほとんど変わってないのに、雰囲気だけ異様に変わっていまして……」

「あー、私も分からないやー。寝てたし」


「何回寝たとかで何となく分かりません?」

「ずーっと寝てたから」




 それはもうただの意識不明な状態では?

 目が覚めて「今何年だ?」ってなるやつでは?



「まー、知ってる国が無くなって、知らない国が発展してるぐらいの長さかなー」

「何百年とか寝てません? 寝るって封印とかの暗喩じゃないですよね?」



 分からないことだらけのまま、私たちは何かの山の前に着いてしまった。

 私の光が照らしたのは、白い山だった。



「これ、全部骨ですか?」

「そ。夜とってきた」



 ただの骨だったらまだ良かった。良くはないけど。


 でも、目の前のそれは私に現実逃避をさせないかのように巨大であった。

 その上、形から全て背骨と肋骨、頭蓋骨であるのがうかがえた。


「巨人を乱獲したと」

「頑張ったー」



 めちゃくちゃ強いあの巨人さん達をたったの一晩で、一部の骨だけで山になるほど倒すとか化け物すぎる。

 というか、何の為に犠牲になったんだろうか。



「今日は、これを使って剣を創るー」

「えぇ……?」



 理由を聞いてより困惑する。


 確かに素材としては十分すぎる頑丈だとは思うが、それゆえに加工が難しそう。



「【素材合成】」



 キャシーさんのスキルで骨の山が溶け出し、大きな一つの立方体になった。

 汚れひとつない、綺麗な白。



「【怠惰の黒炉】」



 その真反対の黒い炎か、立方体を包む。

 黒と白が混ざっていく風景はとても美しく、心が奪われてしまう。



「――い。おーい」

「はっ!? な、何ですか?」



「手、貸して」

「分かりました。何をすればいいんですか?」



 断るはずもなく承諾する。

 そして、何故かまた腕を掴まれた。


「それー」

「え、ちょ?!」



 炎の中に放り込まれてしまった。

 私を投げるとは思わなかった。



「痛――くない」



 一度最初の方にキメラに燃やされて死んだから、その違いが分かりやすい。熱もなぜか無いので何の害になっていない。

 強いて言うなら、視界が塞がれているのと何をすればいいか分からないということだけ。




「キャシーさん! 何をすればいいですかね?」



 少し大きめの声で尋ねるが、返事は無い。

 聞こえないのかとも思ったが、無視してる可能性も拒めない。

 


「それ以前に、何で私がここに入れるの?」


 ついさっきまで骨の塊があったのに。

 外から見ている限り、溶けてる様子もなかった。謎だらけだ。


 どうしたものかとキョロキョロしていると、突然黒い炎が私の腕を包んだ。入った時と同じように痛くも痒くもない。



「これ、消えるよね?」



 激しさを増す炎に忌避感を抱く。

 いかに安全なものでも、こんな目立つ炎をまとっていたら街の警備員に職質みたいなことをされてしまう。


 息を吹きかけて消そうとするも、効果はなく、今度はもう片方の腕にも炎が飛んできた。



 なぜ剣を作るのに私がこんなことになってるのかさっぱり分からないけど、炎から出たらキャシーさんがキレてお殺しあそばせなさるかもなので、観念して待つことにしよう。



 ◇ ◇ ◇ ◇




 炎を見つめること三十分。

 徐々に増えていくのをボーッと眺めて虚無の時間を過ごしている。



「一生これしてたい」



 願望が漏れてしまった。

 しかし、俗世のことを考えずにいられる時間のなんとありがたいことか。



「政治とかで疲れ果てたであろう昔の人達が出家するのも、納得だなぁ〜」



 そんな馬鹿げたことを一人で話していると、周りを覆っていた黒炎の壁が全て消えた。

 半分は私の腕に、もう半分は目の前に浮いている棒状の何かに移ったようだ。


「握って」



 壁の向こう側にいたキャシーさんから、背中越しに指示を出される。

 言われるがまま、恐る恐るそれを握った。





「ッ……!」




 炎が胸の――心臓の辺りに上ってくる。

 少し痛みと脱力感を感じ、全ての黒炎は消えた。



「かっこ……よくない」



 浮かんでいた炎の中から現れたのは、剣のような柄に、巨大なアイスの棒みたいなものがついている。

 つばは三日月の形状、柄の先は丸くなっている。そして「く」の字の謎物体がつばに付いている。


 端的に言って飲食店のお子様セットのおもちゃレベルだ。



「それあげるー」

「ドモデス」



 気持ちはしっかり受け取るけど、少しガッカリしてしまった。あんな幻想的な演出だったから期待しすぎたなー。



「試し斬りする?」

「試し斬り? 剣なんですか?」


「もちろん、剣しか創れないよー?」

「これが……剣?」



 どこからどう見てもおもちゃ。

 斬れ味なんて皆無の見た目。そもそも刃が無い。



「アイテム鑑定系、スキル無いー?」

「無いです」


「そっかー」

「そうです」


 そこで会話が終わる。

 キャシーさんは興味無さげにポリポリと頭を搔いている。私は何か言われるのかと言葉を待つ。



「……これは強ーい剣」

「えーと?」



「{適応魔剣}っていうやつ。君専用の武器」

「私専用、ですか?」



 専用、いい響きだ。

 人類みなお得な単語が大好きだから。



「そ、適応って言ってみてー」

「分かりました。【適応】」



 瞬間、右手で持っていた武器が光り始める。

 アイスの棒のところから刀身が、三日月のつばから純白の翼が現れた。光を鎮めるかのように「く」の字のものが刀身を押さえつけている。


 光が安定してくると、今度は私の方に影響が出ていた。握っている右手に白い光の紋様が天使をかたどるように刻まれていく。服の中から溢れ出る光は、心臓にまで辿っていった。



「んー? 何かおかしー」

「何がですか?」



 キャシーさんはこの様子を見て、どこか不満げに眉を顰めている。




「もっと強いはず……何かあるー?」


「えっ、ちょ……!」


 不思議そうに私の服を剥こうとしてくる。必死に抵抗するも、レベル差なのか全く敵わない。



「なるほどー。変なのが邪魔してるー」



 どうやら剥くのが目的ではなく、胸の中を見るだけだったようだ。覗き込みながら観察しているキャシーさんにドギマギしてしまう。


 女同士とはいえ、風呂とかで洗われるよりずっと恥ずかしい。謎のドキドキだ。私はどちらかというと攻めなので、我ながら解釈違いです!


 混乱して意味不明なことを心の中で吐き捨てているが、そうすることで必死に赤面しないように抑えている。



「なにこれー?」

「あー、破壊神のなんちゃらとかいうやつみたいです」



えぐりとれば消える?」

「無理ですやめてください死にます」



 あっさりと恐ろしいことを言ってのけるので思わず早口で拒絶してしまった。でも実際、死んでも消えていないのなら抉っても意味は無いはず。



「使い手の問題で弱くなるの、鍛冶師としては納得いかなーい」


「なんかすみません」



 キャシーさんは興味を失ったようにのんびりどこかへ行ってしまった。はぐれないように、私も足早でついて行く。崩れた首元のボタンを閉めたりしながら。




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