#39 へんてこなマスコットです

 

 ――気がつくと、頭の下に若干柔らかい感触を感じた。



 目を開けると、最初に視界に入ったのはマナさんの心配そうな顔だ。目尻に涙が残ってるのは気のせいではないだろう。


 意識がハッキリしてくると違和感を抱いた。



「何ですか、それ?」



 マナさんの肩の上に、植物の根っこが乗っているのだ。



 〈どらごん〉


「何か懐かれたっす」


「えぇ……」



 状況が全く理解できないが、頭に響く声からしてその肩に乗ってるのは生きている……のかな?



「あ! 災獣は、どうなりました?」


「これっす」

 〈どらごん〉



「はい?」



 困惑していると、横からサイレンさんが補足を入れてくれる。




「あの後マナちゃんに抱きついてスリスリして、攻撃も止んでその姿になったんだよ。意味分かんないけど」



「意味分かりませんね。よいしょっ」



 もう少し膝枕を堪能したい気持ちもあったが、我慢して起き上がる。パナセアさんは銃の整備をしていて、名前も知らない女性は気まずそうにオドオドしている。



「私、どれだけ意識を失っていました?」


「吹き飛ばされてからまだ10分も経ってないっすね」



 距離的に考えて、かなり早いのかな。そもそも気絶とかあるんだね。流石に長時間は強制ログアウトとか入りそうだけど。



 〈どらごん〉



「すまんって言ってるっす」


「……何を言ってるか分かるんですか?」


「何となくっす」


「そうですか……」



 本当に意味が分からない。どらごんとしか喋らない植物に、それを通訳するマナさん、頭が痛い。




「あれ? 無傷?」



「何か通りすがりの人達に助けられたみたい。ぼくらが来たらあとはよろしくって去っていったよ」



「通りすがりの、ですか……?」



 意識を失う間際に聞こえた声の主かな。またどこかで会えたらお礼をしたいなー。



「そうそう、紫色の髪の侍みたいな人と、金髪の聖職者っぽい人だった」


「なるほど、覚えました」

「ほへぇ〜」

 〈どら〜〉



 マナさんも間抜けな反応を示す。

 マナさんはその場に居合わせていなかったのかな。



「マナさんは会っていないんですね」


「この子をなだめるのに時間を取られたっす」


「お疲れ様です」



 マナさんが宥めてくれなかったら全滅も有り得たからね。こんなアホみたいな見た目の割に災獣呼ばわりされるぐらいだし。



「その子、連れて行くんですか?」


「そうっすよ! 名前はどらごんっす!」



 おっと……。植物の災獣として手配書が回ってるのに、まずいのでは?

 いや、手配書の絵は鹿の姿だった。こんな間抜けなのを見て強いなんて想像もつかないはず。




「鹿にならないなら良いですよ」



「やったーっす!」

 〈どらごん!〉



 さて、気絶なんて初めてだけど、配信はどうなってるのかな? カメラは見当たらないけど…………終わってるっぽい。自分で再生して最後の場面を見るが、映されていたのは私が吹き飛ばされるところまでだった。カメラが私の場所まで追いつく間に気絶したようだ。


 一応無事の報告と、明日の大会に備えるから夜は無いと告知。




「よし」


「そろそろ私はその娘の素性を聞きたいところだが、どうだろう、ミドリくん?」



 パナセアさんが、銃を仕舞って私に話題をふる。

 素性なんて物騒な言い方をしてはいるけど、お互い自己紹介をしていないのは事実。命を預け合ったし、やるべきだろう。



「そうですね。私はミドリです。このパーティーのリーダーを務めています」



「あ、わ、あたしはクリス……、ですぅ」



 クリスさんに改めて向き合うと、修羅場で気付かなかったものも見えてくる。


 遠目でも分かる髪は、赤橙せきとう色で大きな三つ編みを肩にかけている。

 服装はマントを着ていて中までは分からないが、マントのボロさからかなりアグレッシブな活動をしてきているのが分かる。



 そして、今更気付いたチャームポイントのような箇所。それは、左目を若干隠すような前髪の奥に眼帯を付けていたのだ。

 白くて変な装飾の無いシンプルな物だ。



 今日出会ったひとは、パナセアさんの眼鏡しかり、目に何かしらあるのは何だろうか?




「マナはマナっす!」

 〈どらごん!〉

「サイレンです」

「パナセアさ」



 ちゃっかり混じってる植物が案外馴染んでいるのは納得がいかないなー。



「どうして、こんなのと交戦していたのですか?」


「え、えっとー、たまたま遭遇しちゃってぇ……」



 しどろもどろなのが怪しい気もしないでもないけど、割とデフォルトでしどろもどろだからな……。

 見分けがつかない。




「それなら仕方ないですね。どうします? 私たちはそろそろ帝都に戻るつもりなんですけど」


「け、結構ですぅ……」



「では、またどこかで」

「ばいばいっすー!」

 〈どらごん〉

「お気をつけてー」

「…………」



「さ、さようならぁ……」




 クリスさんと別れ、私たちは帝都に向かう。



「そういえば、私たち大会に明日出るんですけど、パナセアさんはどうします?」


「ふむ、時間帯は?」


「説明面倒ですし、チラシを渡しますね」



 ストレージから取り出して渡す。



「私は第3試合、残り二人が第4試合です」


「…………観戦しようかな。パーティーメンバーの実力が見れる良い機会だ」



「了解です」



 私達が真面目な会話をしている後ろで、マナさんとサイレンは――



「こうして見ると可愛いなー」

「そうっすねー」


 〈どらごんー〉




 どらごんを愛でていた。

 つついたり撫でたりして可愛がっている。

 私もやってみたい!



「私もやります!」



「おっ、どうぞっす」



 マナさんの手の平に乗せられたどらごんを、触――



 ――――ペシッ



 は?


「は?」



 小さな枝が生えて、触ろうとした私の手を弾いた。思わず語気を荒げてしまった。



「…………」


 ――――ペシッ



 何かの間違いだともう一度近づけるが、さっきより強めに弾かれる。



「こいつっ!」



 両手で仕掛けるも、


 ――――ペシペシッ


 枝が増えて、難なく弾かれてしまった。

 イライラしてきたんだけど。

 何こいつ、可愛くない。



「こら、どらごん。ミドリさんにも触らせてあげなさいっす」


 〈どらごん……〉



 しょぼんとした雰囲気を漂わせて、こちらに向く。今更だけど、こいつ動くんだ……。


 まあいいや、触れるとのことなので触る。手を近づけると、クソ腹立つ渋い顔をして嫌がっている。

 顔もあるんだ…………更にキモく思えてきた。

 とりあえず触っておくけど。



 ――――チクッ



「いった!?」


 触った場所に、棘が生えたのだ。

 意地でも私に触られまいとしてくるねー!

 本当に可愛くないやつだ。


「ふんっ!」


 棘など知ったことかとグーで殴る。



 〈どらごん!?〉


「ミドリさん!?」

「ミドっさん!?」



 軽く出血してしまったけど、あのクソ植物に仕返しができて満足だ。

 周りに引かれてるけど、私は満足だ。



 〈どらごん……!〉

「こら、どらごんはやめてっす。今のはきっと吹き飛ばされた分っすよ」

「そ、そうだよね、ははは」


「ミドリくん、本線にまで勝ち抜く自信は…………どういう状況だ?」



 場がややこしくなってきたので、話題を変えよう。決して私への追及から逃れるためではないんだけどね。



「ゴホンッ! ……そういえば、クランにペット枠があるんですけど、そいつ入れますか?」


「入れるっす」

「露骨な話題転換、把握ー」

「ゲームシステムにはあまり関心を抱いていなかったが、存外深いのか……」



 サイレンさんの野次や、パナセアさんの独り言を無視し、どらごんの返事を待つ。




 〈どらごん!!〉



「マナさん、通訳お願いします」



「ミドリの配下になるつもりはないが、マナがいるなら仕方ない、貴様の下にはくだらんぞ、だそうっす」


「……本当ですか?」


「本当っすよ!」



 あの四文字でこんな語る?

 てか内容も生意気だし。


「まあ、入る意思があるなら入れますけどね……」



 マナさんが推薦してるのが大きい。でなければこんなやつ入れるわけない。


「やったっすー!」

 〈どらごん!〉



 また別の方向で賑やかになりそうだ。



 帝都に入り、冒険者ギルドに向かって迷いなく進んでいく。




 隣を、黒い外套を着た怪しい人達が通る。



 すれ違う瞬間、その中の一人と目が合った。




 すぐに目を離したからハッキリとはしないが、どこか空虚で計り知れない闇を抱えた瞳をしていた。つい振り返って目で追ってしまう。



「ミドリさん?」



「すみません、お構いなく」



 怪しい人達だけど、何かした訳でもない。

 私の考え過ぎだろう。それに、一瞬聞こえた話し声は穏やかでどこかで聞いた覚えのある声だった。




「…………カフェ、か」



 あの路地裏のカフェに居たグループだ。

 なら余計に危険度は下がる。大会に出るとか行ってたし、その観戦かな。



 無駄に回る頭を止め、みんなの元へ追いつく。



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