#104 猛獣狩りに行こうよ
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまっす~」
シンパルクに来て二日目、朝食のコーンスープと山菜サラダというヘルシーなメニューを平らげた。宿を値段抑えめの衛生面はそれなりのところで取れたのは幸い。ご飯が少ないのは他で補えばいいだけである。
「さて、行きましょうか」
「っすねー」
サイレンさんは風邪をひいたらしく、パナセアさんは忙しくてログインできないとのこと。
なので、今日はのんびり二人で日銭稼ぎに冒険しようとなった。
今日は配信は気分が乗らないのでお休みにする予定だ。
宿から出てマナさんの案内で冒険者ギルドへ向かう。昨日の怪しい訛りプレイヤーに、私探しついでに色々な場所を紹介してもらったらしい。
「雨降りそうですねー」
「たしかに重めの雲っすねー」
「ちゃちゃっと稼いで午後は宿でゴロゴロしましょう」
「枕投げしたいっす!」
「ふっ、私の必殺技、マクラグナロクを披露してみせましょう!」
「ならこっちはマクライトニングで対抗っすよー!」
強そうな必殺技の名前を言い合って盛り上がる。
ここで恋バナが出てこないあたり、私たちって感じだ。しかし、マナさんも私も浮いた話は無い。
……無い、よね?
「あのー、話は突然変わるんですけど、マナさんって私の知らないうちに恋愛とかしてます?」
「レンアイ? れん、あい…………」
聞き慣れない単語だったのか、フシューとショートしてしまった。赤面よりかは私の心にはマシだけど、これはこれで悲しいな。私が恋愛しない分マナさんには幸せになって欲しい気持ちもある。
もちろんマナさんは渡さないという独占欲の方が大きいのだけれども。
「まあ、浮いた話は無くても、私たちなりの青春は送ってるから大丈夫ですよね」
「フォローありがとうっす。――――恋ってどんな匂いなんすかね」
「匂い?」
「ほら、思い出ってそれぞれ特有の匂いみたいなもので記憶に残ってるじゃないっすか」
「あー、何となく分かるかもしれません。具体的な説明はできませんし明瞭に覚えてはいませんけど、うっすら匂いというか味というか、そんな感じで残りますよねー」
自分が居た病室の近くを通ると昔の記憶がよみがえるし。そういうのって何か名前ついてたんだけど……出てこないや。
「それにしても恋の匂いですか。本の知識ですが、やっぱり鼻をつくようや甘酸っぱい匂いなんじゃないですかね」
「確かによく言うっすよね。あ……」
「どうかしました?」
「もしかしたら、苦くて重くてクサくて――でも決して忘れられない、やみつきになる匂いかもっす」
マナさんの目はどこか遠くを見ていて、自分ではない誰かの恋する様を思い返しているようである。
そうか。身近に恋してる人、いた。
「サイレンさんに聞いてみれば分かりますし、今度聞きましょう」
「でも記憶の匂いって終わってから思い出す時に感じないっすか? 当事者は匂いどころか盲目っすよ?」
「たしかに。なら……ん? 待ってください」
「変なこと言ったっすか?」
「いえ、マナさんがサイレンさんの恋心に気付いていたことに驚いただけです。知ってる前提で話した私が言えたことではありませんけど」
「そ、それは……あからさまっすからね! 流石のマナでも気付くっすよ!」
目が泳ぐことの対策か、目を閉ざして挙動不審に言い放っている。早歩きで私が置いていかれそうだ。前を向いて歩かないと危ないぞー。
「いや、本当に前っ!」
「え? あだっ……」
「あ゛?」
建物の中から出てきた筋肉ゴリゴリのマッチョさんとぶつかってしまった。話していて気付かなかったが、冒険者ギルドに着いてしまっている。
つまり、冒険者という荒くれ者と衝突してしまったのだ。
「なんだぁ? ガキがこの俺様にぶつかるとはいいご身分だな?」
「ごめんなさいっす。ただ、ガキではないっすけど」
ガキという言い方は気に食わないのか、謝罪の後にキッと睨んでいる。かわいい。
「まあまあ、ここはお互い様ということで。さ、マナさん行きますよ」
「ぶ〜」
腕を引いてギルド内に入る。
不貞腐れてるマナさんの頬をつついてやりたい衝動を堪えつつ。
「おい待て」
「……」
「……」
後ろから呼び止められたが無視する。
めんどくさい系のマッチョだ。
「待てよ!」
「はぁ、何ですか。まだ用が?」
「ミドリさん、この筋肉めんどくさい系の筋肉っすよ……盾でぶっ飛ばしていいっすか?」
ボソッと耳打ちしてきてこそばゆい。
しかし、その内容はかなり喧嘩腰であった。
私みたいなセリフで、教育の恐ろしさを身に染みて感じる。
「俺様はザコデス、Cランクだぞ!」
「自己紹介がそれでいいんですか……?」
「さっきとは打って変わって偏屈になったっすね……」
自分のことを雑魚ですって初対面で言うなんて余程大変な人生だったのだろう。可哀想に。
「ちげーよ! 名前がザコデスなんだ!」
「…………それはそれで大変な人生だったのでしょうね」
「親は何を考えて名付けしたんすかね」
「パパとママを馬鹿にすんな! じゃなくて俺様はCランクなんだ。お前らみたいな雑魚は土下座して命を乞うのが正しいって言ってんだ!」
「パパママ呼びからいい人感が漂ってきます」「そもそもマナたちはBランクっすから、そっちが土下座すべきっすよ」
そういえば前のスライム退治で飛び級昇格したんだった。見た目が弱そうだからってなめてかかるのは、やはり危険だなー。
「うっせぇ! お前らみたいなヒョロいのがBランクなわけねぇだろ。通り名言ってみろよ!」
「何ですかそれ?」
初耳な要素だ。
もしかしたら私の知らないところで麗しの天使とか呼ばれてるのかもしれない。
「Bランクみたいな強い冒険者に誰かが付けるやつっすね。マナたちはまだ上がりたてっすから無いっすよ」
「そうなんですか。残念」
「上がりたてぇ? 戯言だな。本当にBランクだと言うなら、俺様の剛腕を受けてみやがれ」
「いいで――」
「マナの出番っす。来いっす!」
ガキ呼ばわりがそんなに気に食わなかったようで、盾を構えて準備万端なマナさんが一歩前に出た。先程言ってたようにぶっ飛ばすつもり満々である。
「【剛腕】!」
「【シールドバッシュ】っす!」
剛腕という通り、丸太のような腕が振るわれる。
マナさんは真正面から盾をぶつけにいっている。
これはおそらくマナさんの勝ち――――
「はいはい、そこまでにしときー」
割り込む影が。
「うがぁ!?」
「おっととと……」
間に入って二人の攻撃を軽くいなしたのだ。
最近聞いた訛り混じりの声からして、昨日私探しを手伝ってくれたプレイヤーの方だろう。
「てめぇ! 邪魔すんじゃ……」
「話は聞いとったけど、うちもようやく昨日Bランクになったから通り名が無いのだって不思議じゃあr……ないのですわよ?」
あらへんとかありまへんとか言おうとしたのか、標準語に言い直そうとしているがめちゃくちゃだ。コンプレックスか何かだろうか?
「ザコデスの剛腕があんな簡単に――」
「ザコデスって案外弱いのか――」
「ザコデス――」
「ザ――」
どうやらザコデスさんは知名度あるいは悪名が高いのか、周囲がざわめいている。
……それにしても、馬鹿にしてるのではないかと思うほど名前があげられていて同情の念が湧いてきた。
「お前らうるせえ……! くそが! 覚えてやがれ!」
のしのしと怒りながらギルドから出ていく。途中で八つ当たり気味に壁を蹴ったら思いのほか硬い所に当たったのか、うめき声を漏らして足早に出ていってしまった。
「通り名――やっぱり職業通り『
「でしたら私は『現世に現れた全てを救う超絶最強無敵ハイパーアルティメットエメラルドエンジェル』か『世界の美を凝縮した甘美にして耽美、しかして純然たりて、飛花落葉の世を憂う絶世傾国の美少女天使(パワー系)』あたりですかね」
「わぁ〜、自己主張の塊やわぁ」
私の完璧な通り名は置いといて、場を穏便に収めてくれた謎の方言プレイヤー、コガネさんにお礼しないと。
「この度も昨日も本当にありがとうございます。改めまして、私はミドリです」
「マナっす!」
「コガネですう」
三人、輪になって握手を交わす。私とマナさんがする意味はないけど流れでね。色々個人的に聞きたいことはあるが――
「注目浴びたままというのもなんですし、よければ一緒に依頼でも受けません?」
「選んでくるっす!」
マナさんが元気に依頼ボードの方へ走っていった。微笑ましい光景に、思わず私とコガネさんはお互いふふっと笑う。
「すみません、予定があれば全然断ってくださいね。元々二人で受けるつもりでしたし、戦力的な問題はありませんから」
「折角やし、ご一緒させて頂きますぅ」
語尾が上がっているからやはり訛り!
一体どこだろう。本人に聞く前に当てたい。やはり関西弁かな?
「いいの見つけたっすよー」
「お、ありがとうございます」
「どれどれぇ? ――鷹ねぇ」
マナさんが持ってきた依頼は、北東部にある山脈の傍の森でふんぞり返っているらしい巨大な鷹の討伐だ。
さっきの身のこなしを考えればコガネさんが力不足ということもないだろう。それなりに成長してきている私でも、どこから現れたのか見えなかったのだから。
「大丈夫そうですか?」
「大丈夫ぅ〜」
「語尾上がるんすね。なまりってやつっすか?」
「気のせい気のせい〜」
「気のせい……?」
かなり無茶な誤魔化しだ。
「マナさん、人には触れられたくない話題があるんですよ」
「たしかに! ごめんなさいっす!」
「えぇよ〜」
常に軽いな。
よく分からない不思議な人だ。
「とりあえず臨時パーティーの手続きをして依頼の受注を済ませましょう」
「うおー、ノンデリした分働くっすよー!」
受付に向かって走っていった。一体ノンデリなんて言葉、どこで覚えたのやら。
「元気やねぇ」
「ですよね。世界一かわいい」
「…………せやね」
「そうでしょうそうでしょう!」
どこか呆れたような視線を浴びながら、私たちもマナさんの方へ歩いていく。
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