##狐の化かし合い##

 

「うちはなぁ、あんたらがえらい好かんのや」


「きゃあこわーい。きゅうちゃんの同胞下僕を全部倒した人に言われるの、超こわーい」



 光の尾を九つ携えたコガネと、九尾の自称きゅうちゃんが半壊した神社にて対峙していた。

 足元にはコガネが仕留めた妖狐族が山のようにある。すべてが九尾の意のままに動く忠実な下僕であった。



 そして、その足元に転がっている妖狐達は息絶えているため、九尾さえ倒せば妖狐族が絶滅するという状況であった。




「あんたら妖狐族は害獣やさかい、もれなく駆除しなあかんわ」


「同じ穴のムジナってやつなのに。同族嫌悪ってやつかなー?」



「うちは妖狐やない。幻狐や。なんぼ似とっても本質的にはちゃうんや」



 誇りを持って否定する彼女の瞳の奥には、この世界に降り立った時の光景が鮮明に映っていた。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆



 妖狐の村は高度な幻術によって隠されていた。

 彼女が幻狐であることは特段問題なく、馴染めていた。


 ある日、いつも通り耳と尾を隠してレベル上げに森を徘徊していると、一人の人間に出会った。


「よいせ、ここらは危ない妖怪が出やすいさかい、あんま出歩かん方がええよ」



「すごい……あ、お姉さん、ありがとうございます! でも私は山菜を採らなきゃいけないんです。家族が待ってますから……」



 人間の少女は小さく貧しい村で生まれ育ち、病気の兄と細々と暮らしいていたと言う。そこでコガネは危ないから護衛としてついて行くという約束をとりつけた。


 そして村に迎えに行ったり少女の兄の見舞いにも行ったりして、村の皆にも優秀な狩人として親交を深めた。


 平和で優しい世界だと、彼女は癒しを得ていたのだ。

 今の彼女からしては鼻で笑い飛ばしてしまうような幻想である。



「……? なんか妙に視線を感じるんやけど……気のせいか?」



 何の変哲もないある日、彼女は居を構えている妖狐の村で奇異の視線をしばしば感じた。

 疑問に思いながらもいつも通り人間の少女を迎えにお馴染みの村へ向かった。


 ――彼女がそこで目にしたのは、一面の血液とバラバラの肉塊であった。


 現実を直視できず、困惑でいっぱいのまま少女の家へ向かう。

 家の中から咽び泣く音が聞こえ、彼女はゆっくりと戸を開けた。玄関には少女の胴と首が別々になって転がっている。それを必死に抱きしめ、ときどき咳き込みながら少女の名を呼びかける少女の兄。



「な、にが――」


「ひっ……な、なぜまた姿を現した! ゴホッ……」




 ありえてはならない状況に脳が追いついていないコガネに対して、兄は仇を見るような目で必死に睨みつける。



「何を言って……」


「死ね! 化け物が!」



 生き残りの村人が声を聞きつけ、コガネの背後から粗末な槍で胸を貫いた。死の間際、僅かに耳に入ったのは少女の兄の恨み言であった。


 ――そしてコガネは悟った。

 自分が妖狐達に嵌められ、弄ばれたのだと。


 妖狐の村にリスポーンすると、九尾が愉快そうな笑みを浮かべて待ち構えていた。



「てっきり君の獲物だと思ってたのに何もしないもんだから、ちょっと意地悪しちゃったよ? テヘッ」


「幻術でうちの姿になってあんなことしたんやろ。どうして――!」


「狐は人を化かしてなんぼ、狐同士でも隙を見せたら化かされる。そんなの常識でしょ? 面白い表情ありがとねー」



 何も悪いことはしていないと心の底から思っている九尾を見て、握る拳が爪がくい込んで血が滲む。八重歯が牙のようにむき出しになる。



「【黒爪】!」


「あははは! 怒っちゃって、可愛い〜」



 コガネの本気では九尾の足元にも及ばなかった。取り巻きの妖狐達にも嘲笑われながらボコボコにされた後、彼女は失意の中、妖狐の村を出た。



 ――数日ほどあてもなく歩き、空腹値が限界に達した頃、幻想の魔女パンタシアという魔王国の幹部に拾われ、弟子として幻術の勉強に励んでいく。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆




 忌々しい記憶を反芻し、コガネは敵意を増大させる。




「……あんま直接的な言葉やと三下っぽくなるんやけど、さっさと死んでくれへんか?」


「あははははは! 最ッ高! でも死なないよー。面白いのをもっと見せて欲しいんだ。そんなに死んで欲しいならさ――」




 九尾は獣の神としての力を解放し、泥のようで血のような鈍い光の粉が九尾の周りで漂う。



「――その溢れんばかりの憎悪で、その熟れて実った宿怨で、その火傷しそうな敵意で、その凍てつくような殺意で、殺してみせなよ」




 神の圧が放たれる。

 それはただの人であれば、即座に諦めて身を差し出すもの。

 しかし、彼女の目は爛々と輝いていた。



「この世界は強いやつに大切なものを奪われる。そやさかいうち、決めたんよ。――悪意を持つやつに容赦はしいひん、奪われる前に奪うってな」



 コガネの力強い宣言に応じるように、固形の雷が彼女の傍に突き刺さった。



 〈直接関わるのはできないが、君らの冒険を応援している。破滅の宿命を覆すのに役立てておくれ〉


 念話越しで雷を寄越した神がコガネの背中を押す。



「幻術とちがうな。どこのどなたか知らんけどありがとう使わしてもらうで」



 コガネが固形の雷――否、雷霆らいていケラウノスを手にした。

 それは神ゼウスの扱う神器であり、使用者によって形を変える変幻自在の雷の概念そのものであり、その万能さから効能も変化する代物である。


 掴んだ途端、雷の形をしたイヤリングとなり、コガネの左耳に装着された。



「邪魔にならんのはええな」


 〈解放の詠唱は――〉



 最後に念話で神器解放の詠唱を教え、ゼウスはそれ以降介入しなくなった。



「よそ様の神が横槍なんて失礼するじゃない。ま、直接じゃないのなら横槍にもなってないんだけどねー」



「それはどうやろなぁ。『響く雷鳴の鼓動――』」



 詠唱の読み始めから、既に白き雷がコガネの髪を逆立てていた。





「『崩れし神話の欠片を以て、運命を絶やす雷が収束す』【神器解放:崩怨雷霆ケラウノス・クローバ】」



 瞬間、彼女の髪をはじめとする体の一部が白雷となって輝いた。


 元々幻狐という不安定な存在ゆえに同化に近い現象が起きたのである。





「【黒白無爪】」


「わ、思ったより速い【無尽の爪撃】」



 雷と同等の速度であるコガネの連撃に対して、九尾はあらかじめ仕掛けていた罠を起動したかのような包囲型の爪撃で迎え撃つ。


 お互いがお互いの攻撃を避け、掠めたと思ったらお互いに幻術であったり、無限に続くと錯覚するほど形勢の傾かないやり取りが行われているように傍からは見えた。

 しかし、実際は僅かにコガネが押している。

 分身のように使っていた幻術には常人では感電死するほど強烈な電気が流れていて、それを何度も浴びた九尾はほんの少しだけ消耗が激しいのである。



「ちくちくちくちく……痺れるからやめてよ『――絶望を見た。終幕の空、日輪は堕ち、月光は朽ち果てる。あまねく星々と共に光を失い、獣は孤独に吠えるのみ』【神器解放:堕蝕の向日葵へサンセット】」




 九尾の腕に巻かれた、擦り切れそうな程か細い紐が鈍く輝き――禍々しい日輪を顕現させた。

 九尾とて元からひねくれていた訳ではない。永き月日が全良な妖怪を愉悦に染めあげた。

 そこに、かつてのが関わっていたのもあるかもしれないが、そう遠くない日にどこかの堕天使が真実に辿り着くかもしれないので割愛させてもらう。




「これで終わりにしよか、【幻尾収束】【幻朧世界】【幻現指定アウェイキングオーダー】」



 九つの光の尾が大きな一つになり、コガネの瞳があやしく輝く。

 瞳孔はかつてないほど細まり、幻と現実の境界を曖昧にぼやけさせた。彼女のひと押しで現実は泡沫に消え、彼女のひと押しで幻は現実として書き換えられるのだ。



「それはお返しするさかい、たっぷり味わってな」



 迫り来る黒き日輪は、九尾のもとにその進行方向を変えた。あまりに自然に戻ってきた自身の最高火力を、九尾は避けることすら叶わず食らってしまった。



「――――あぁ、熱い。これがヒマワリの苦しみ……あははっ! ふう、流石のきゅうちゃんもこれは耐えられないね。でも同じなら良いかも」


 日輪に呑まれゆく九尾は、笑いながら一つの忠告を残した。



「――異界の狐さん、私みたくなりたくなければ……終幕の先で待ち受ける、無数の絶望に備えなさい。真の滅びは意地の悪いことに、安心した後に襲ってくるから!」



 そう言い放ち、塵も残さず燃え尽きた。



「あんたの言葉をそう易々と信じるわけあらへんやろ。……そやけど、ま、あんたみたいにはならへんように真っ当に生きるわ」



 ひねくれ者同士、思うところがあったであろうコガネは、疲労でその場に倒れ込んだ。

 使い慣れない神器に加えて、普段より自身を幻と現実の間で行き来させたので身体が不安定なのだ。




 かくして、少女は、人知れず一度目の復讐を成し遂げたのであった。




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