##剣聖、ところにより剣神##
暇を持て余した大妖怪の一角、大天狗は古き者が食すと暴走状態にさせる果実を食らっていた。
同じ
「……ほう、なるほどな。かつての世界を想起させることで妖怪としての在り方を揺らがし、暴走させるといったところか」
果実を咀嚼しながらも、冷静に分析しているあたり他の大妖怪と違って影響を受けていないことがうかがえる。
そんな別格の大天狗が騒動の起きている町を近くの大木から眺めていると、土を踏む軽めの音がした。
「――こうやって挑戦者として出向くと、若い頃日本各地の道場を破って周っていたのを思い出すのう」
「異界の剣士、まさかわっしを相手に武勇伝で挑む気か?」
「千年万年生きた存在にそんなもので挑むほどボケてはおらんわい。若いのでは手に負えないのを相手しに来ただけじゃよ。せめて、向こうの決着が着くまで儂と戯れていようではないか」
「折角中立を崩して暴れる口実ができたというのに……残念だな」
全く残念そうには見えない大天狗の表情を見てから、異界の老剣士――仙老は腰の刀に手をかけた。
ミドリと手合わせしたことがあるからこそ、元凶は彼女とその仲間に任せて動いているのだ。もちろん、彼が大天狗のいる場所に辿り着けたのも偶然ではない。
妖怪側で暗躍している猫の獣人に少しズレた対抗意識を持った、お節介な時の神が唆したのであった。
「――神薙流奥義・
「【
仙老の放った極太の斬撃は、大天狗を確実に捉えたにもかかわらず空を切った。大天狗のあらゆる攻撃を無効化するスキルによるものである。
「ふむ、今の剣聖はお前のようだな」
「儂にはちと荷が重いことにのう。じゃが、請け負ったからには先代達に恥じぬ戦いをするのみよ【剣聖の刻】」
達人同士の間合いで睨み合った後、木々を優しく撫でる風が吹く。静かに、しかし確かに苛烈な斬撃と風がぶつかり合う。
人が至れる剣の頂きに居る老人と、人智を超えた風と呪いの権化による戦いは、人知れず騒動が終わるまで続いたという――
◆ ◆ ◆ ◆
ところは変わり、妖怪が溢れる町中、なかでも七草家は窮地に立たされていた。
時系列的には、まだ騒動が起こったばかりで陰陽師が死亡していない頃である。
「
「そうだよ! 危ないよ!」
「……はやく、逃げなさい。旅館へ行けばハコちゃんが守ってくれるから……ここは私が引き受けるから……」
呪いに蝕まれている体を気合いだけで起こし、愛用の薙刀を手に襲ってくる妖怪を引き裂きながら、末っ子二人に向けて七草嘉多は言い放った。
「だめ、危険」
「そうだよ! お姉ちゃんも一緒に逃げようよ!」
それが不可能なのは嘉多が一番よく理解していた。彼女はその場に立って武器を振るうのがやっとであり、二人を守りながら走るなんてことは夢のまた夢であると知っていたのだ。
「妹を守れずして何が姉……ここは私に任せて先に行ってなさい。あとから必ず追いつくから」
歪む視界の中、少女は決意を固める。
「(ハコちゃん、この子達のことは任せるね。お姉ちゃんはできるだけ時間を稼ぐから)」
嘉多は己の行く末を悟り、二人を急かした。
「さあ、早く!」
「い、いやだよ! お姉ちゃんも――」
「……鈴白、行くよ」
「なんで!? だってお姉ちゃんが!」
「分かってる!」
「じゃあ……」
「でも、行かなきゃ邪魔になる。早く行って、助けを呼ぶ」
聡明な鈴菜が鈴白を強引に説得し、共に裏口から逃げ出す。嘉多が妖怪を引きつけているため、二人を追うものはいない。
「どうか、二人が無事に逃げられますように……」
旅館に行かせたものの、葉小紅がどこにいるかは分からない。そのため、二人が無事に避難できることを祈る他ないのである。
「はぁ……そろそろ私はここまでかしら……」
呪いと妖怪退治で体力が限界を迎え、嘉多は遂に膝をついた。そんな彼女の首目掛け、落ち武者の妖怪が錆びた刀を振るった。
「よく粘ったな」
うなだれる嘉多にひとつの影がかかった。
周囲にいる妖怪がすべて塵芥も残さず消え去る。
まさに侍といった風貌の男は、どこか誇らしげにその硬い手で嘉多の頭を優しく撫でた。
「流石、俺の娘だ」
男は手刀で嘉多を斬ると、彼女の身に巣食っていた呪いが解けた。
男は七草姉妹の父親、そして現剣神でもあった。
「どうして――」
「俺がここにいるのは誰にも言うなよー。立場的に色々まずいからな」
「そんなことはどうだっていい! 今まで私達を助けなかったくせに、今更父親面しないで!」
嘉多の言うことは全くもってその通りであり、男はバツの悪そうに目を逸らして頭を搔く。
「悪ぃな。もう行かねぇと怒られる。今回は本当に運良く来れただけだからもう忘れてくれ。達者でな」
それだけ言って男はパッと消えてしまった。
「…………もうあんなのはどうでもいい。あの子達と合流しよう」
自身のクズな父親のことは忘れ、鈴菜と鈴白の逃げた方へ、元気になった嘉多は走り出した。
嘉多を助ける前に、男は二人の逃げ道付近の妖怪を殲滅していたから急ぐ必要はないのだが、彼女は知る由もないだろう。
◆ ◆ ◆ ◆
クーシル天空国、幻想的な草原に位置する小屋に、嘉多らを助けた男は入っていった。
「あら、おかえりなさい。どうだった?」
「あー、久しぶりの転移でちょっと酔ったな。あれはどうも慣れる気がしねぇけどさ」
「フフッ、そっちじゃないわよ。あの子達の話」
「……ま、ぼちぼちやってたよ。嫌われてはいたけどな」
「それは仕方ないわね。あの子達には苦労をかけたもの。それで、他にも収穫はあった?」
「あの人が言ってたやつらを見てきた。今はまだまだ未熟だったな」
「将来的には?」
「――折れなきゃ伸びる」
「そう、フフフッ。それは会えるのが楽しみね」
男と話していた虹色の髪の女性は、その美しい瞳に妖しい光を宿しながら笑みを浮かべた。
「私達精霊族の英雄である翡翠の天使の継承者、彼女はどんな選択をするのかしら。賢者を討つほどの力を手にできるのかしら……フフッ」
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