##海を裂く藍##

 



「お前ら! さっさと引き上げねぇと死ぬぞ!」




 三本列島北西部、造船が盛んな地に大いなる怪異が迫っていた。

 拡声器を持ち、渋い顔をした青年が、漁業中の船や試運転中の船に注意喚起をしている。


 そんな中、荒ぶる高波の上から動じぬ船が一隻。




「ペネノ、生体反応は?」

「周辺5キロメートルに高レベルの生体反応は存在しません」


 度重なるアップデートで、ようやく流暢な言語能力を獲得したペネノが広域レーダーの結果を報告した。



「やはり妖怪か……しかし、これほどの規模のとなるとおおかた何が原因か予想がつく――」

「葉小紅氏の言っていた〈海の災害〉海坊主と予想されます」



「私が言いたかったのに……」



 大きめの軍艦から海を眺めているパナセアは不満げに呟きながら迎撃用意を始める。


「――砲門開け! 全艦攻撃準備!」

「AからY、つつがなく完了しました」



 海面が揺らぎ、海を着た巨人が姿を現す。

 それに立ち向かうは僅かな期間で船大工に教わった技術とパナセア自身の知識の賜物である黒き軍艦。




「【ザアアアラァ】!!」


「AからL、撃て!」

「発射します」



 海坊主と思しき巨人が海面を両腕で叩き、港を飲み込まんとする高波が出現する。

 対するパナセアは、操縦を任せているペネノに攻撃の指示を送った。彼女の手元にいる通信機から操縦席まで通信が届いているので彼女も戦いに参加できるのだが、まだ様子見をしていた。


 AからCはそれぞれ軌道の異なる魚雷、DからLは威力、射程、弾速、連射性能の異なる大砲である。

 水中、空中から大規模の攻撃が海坊主を襲う。

 爆発によって高波の指向性がまばらになり、波は何とか港町に届かなかった。





「硬い……それに防衛戦なんて不利にも程があるな」

「では――」


「ああ、私が直接ヘイト管理に出る。戦艦の全権は委ねよう」

「了解しました。適度な援護を遂行します」



「【形態変化】、天使モード」



 機械の翼からジェットを噴出させ、彼女は空へ飛び立った。ストレージから対物ライフルを二丁取り出して脇に接続させて固定させる。

 もちろん彼女の改造済みの代物であり、貫通力だけでなくガトリング並の連射機能も搭載されている。



「【狙撃】」



【狙撃】スキルはリロードまで効果が反映される――つまり、連射されるすべての弾に狙いを定める効果を与える。手応えのない初手の攻撃を鑑みて、まずは弱点らしき場所を探すために全弾バラバラの箇所を攻撃したのだ。


 全弾命中したにはしたが、何の効果も無い様子である。



「(とことん相性が悪いな……そもそも物理攻撃は効果が無いくさい。爆発で水を飛ばそうにも、やつはこの周囲の海そのものだし――うむぅ)」



 一瞬だけ海を枯らすような爆発は彼女にとって不可能なことではない。しかし、二次被害で関係のない人々を巻き込むのは、仲間が出来た今の彼女にとっては許容できない選択肢であった。





「【ジオァウア】!」



 海による掛け布団とでも言い表せる高波が彼女とその背後の町に迫る。



「GI……対象による攻撃で自艦沈没、離脱しました」


「海という相手のステージで戦うのは失敗だったか。自爆したとてあの波は止められないが――せめて手向けとしてね」



 パナセアは頭が良い。

 自分では敵わない存在というのは理解出来る上、結末が変わらないのなら割り切りも早いのだ。

 町を背に、心中の覚悟で高波の前に立ちはだかる。



「ミドリくんたちがこちらに気付いて増援が来るまでゾンビアタックするとしよう」

「故障防止のためストレージへの格納を希望します」


「ああ、そうだった」



 プレイヤーでなく、壊れたらそれっきりのペネノをパナセアはストレージに仕舞う。


 遠くから祈るように見守る町の人々を背に、彼女は自爆の用意を始めた。



「【自ば――――」





 パナセアの心臓コア部分が点滅し始めた瞬間、彗星の如き藍色の槍が海を割った。



 割れた海の底を小さな波だけが町の方へ流れていく。

 そして、そんな超常の波をサーファーのように乗りこなす人影が一つ。



 パナセアの横まで空中を波が舞う。



「まさか、君が来るとは!」



 明らかにテンションが上がったパナセアを見て、見覚えのある人影は、深海の色をしたローブの中から苦笑に近い笑みをこぼした。



「ほんと相変わらずだなぁ……」


「ふむ、褒め言葉と受け取ろう。それより言うべきことがあるんじゃないかね?」





「……? あ、確かに言い忘れてた。、パナセアさん」


「おかえり――」



 ローブのフードが風に揺らされ、素顔が明らかになる。




「――サイレンくん」




 蒼き海を纏わせた三叉槍トライデントを呼び戻した中性的な顔の少年の名が呼ばれた。






 ◇ ◇ ◇ ◇



「さて、今の状況としては……かくかくしかじかだ」


 パナセアが感動しているかは別として、再会の挨拶も早々に、彼女は今の状況を報告しようとして面倒になって諦めた。



「伝える気皆無じゃん。まあ何となく分かるよ。あの珍妙な生き物を倒せばいいんでしょ?」


「ああ、そんなところだ。私では決定打が与えられないから可能なら頼もう」




「おっけ、相性最高だから一発で貫けるよ――【海神の舞】」




 サイレンは水を周囲に漂わせ、華麗かつ壮麗な舞を披露する。それは海神の加護に準ずる資格を有した者が捧げ、特殊なバフが返ってくるのである。



「『大いなる海よ、深き海よ、母なる海よ! 産み生みし生命の源流を、今、この手に』【神器解放:大海之蒼歯トライデント・ネオン】!」



「【ズァガィィ!】」




 彼の手にある神器から神秘の水流が噴き出す。

 常人ではまともに持つことすら難しいそれを、彼は勢いよく投擲した。

 迫り来る三叉槍トライデントを迎え撃とうと、海坊主は自分そのものである海を存分に使ったエネルギー波を射出した。


 しかし、海そのものといえど、その海を統べる神に力を借りている一撃だ。





「海には詳しくなったからね、を撃ち抜くなんて余裕にも程があるよ」



 三叉槍トライデントが巨大な海坊主を貫き、大きな空洞が生じる。そこにあった暴走の原因も消えているので問題の解決が完了したのである。




「見事なものだな。是非ともどんな修行をしてきたのか聞きたいものだ」


「いやー、まあ、それはおいおい報告も兼ねて皆んながいる時に話すよ」



 揶揄からかうパナセアに少し照れながら、彼は投げた三叉槍トライデントを手元に戻した。二人のささやかで無自覚なイチャイチャタイムに水を差すように、正気を取り戻した海坊主が語りかけた。




「――迷惑をかけたでごわすな! おふたりさんがいなければ大妖怪として禁忌を犯すところでごわしたよ!」



「ほう、禁忌なんてあるのか。興味深いな。お礼としてその辺りを聞かせてくれ」


「ごわすキャラ……気にしちゃだめか」




 サイレンの呟きはさておき、パナセアのなかなか厚かましい投げかけに海坊主は快男児らしく応じた。



「ある神との古き誓約ってやつで、おいどんら大妖怪は永劫中立を確約しているでごわすよ――」



 パナセアとサイレンは、海坊主から大妖怪の区分――創世以前より来たり存在について聞いた。

 といっても、詳細は誓約により語れないため、何が起きたのかはまた別で知る必要がある。




「そろそろおいどんは海に帰るでごわす」


「ああ、達者で」

「もう変なの飲まされないようにねー」



 海に戻っていく海坊主を見届け、一息ついてからそれなりに被害の出た町を空中から眺める。



「さて、ぼくらは半壊の港付近のお手伝いに行こっか」

「テキパキ終わらせるとしよう。うん?」


「どうかし――雲?」




 ミドリたちの居る方角に重々しい雲が出現した。

 ちょうど鬼が喚び起こされたのと同時刻である。



「……いずれにせよ間に合わないな。彼女らを信じて健闘を祈るしかない」


「あっちでとんでもないのと戦ってるわけねー。ここからの距離とか分かったりする?」



「たしか直線距離でおおよそ150kmだったはずだ」


「それなら多分届くかな。相当本気で投げなきゃだけど」


「?」



 少年は再び神器解放を行い、超長距離の槍投げの構えをした。




「――【激流】【投擲】!」




 三叉槍トライデントが激しい水流を生み出しながら、音速に近い領域で東へ飛んでいく。




「あれはピンポイントで敵に当たるのかい?」


「多少の軌道修正は神器だから勝手にやってくれるよ。これくらいしか陸地では手助けできないからね、役に立ってたらいいんだけど」



 相変わらずの謙虚さにパナセアは微笑みを浮かべながら、二人で合理的な判断として浸水した地域の水抜きへ向かった。



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