##昼の花笑み##

 

 ミドリたちのいる町から山を三つ越えた森林に、ストラスとどらごんが居た。

 彼らは種族特有の察知能力で自然の異変を感じ取り、原因を解決するために早朝から出かけていたのだ。祭りがあるというのは知っていたから、珍しい組み合わせであっても手早く解決しようという魂胆である。




「最初は神か何かの仕業かと思ったが……やはり妖怪ということか」

 〈どらごん(特別意訳:くちくさい)〉



「ああ、分かっているとも。吾輩とてちゃんとこの国の事情は聞いていた。こんな苦しそうな自然、妖怪がなにかしているのだろう。確か――」

 〈どらごん? (特別意訳:どぶでも食べた?)〉



「そう、大地の災害のだいだらぼっちだろうな」

 〈どらごん! (特別意訳:ミドリも口臭対策はえちけっとが何とか言ってた!)〉



「ふっ、お前とは言語こそ違えど志は一緒らしいな。やる気十分ではないか! かく言う吾輩も妖怪退治というのは初めてだから楽しみである!」

 〈どらごん(特別意訳:くさいしちょっと離れとこ)〉



 どらごんの言語を理解出来る人が居らず、会話が成立していないが着々と周囲の探索を進める一人と一株。


 町で妖怪が暴れ始めた時間になった。

 森林から見える山が蠢き、更に隆起する。



「あれほどの大きさとは……これでは吾輩の【樹林世界】は効かないな」

 〈どらごん……(特別意訳:フカフカそうな土、あれで寝たい……)〉



「案ずるな根っこ。吾輩の手札は他にもある」

 〈どらごん(特別意訳:根っこ言うな、養分にするぞ)〉



 どらごんの睨みには気付かぬまま、ストラスは弓を構え、弦を引いた。



「【流星の矢】」


【光の矢】よりは速度が控えめだが、威力は絶大の一撃が放たれた。流星の如き矢はだいだらぼっちの顔目掛けて飛ぶ。しかし、大した効き目は無いようで、だいだらぼっちは土の腕を振り上げた。




「【オオオォァォォ】!」


 うめき声を上げながらスキルを発動させる。

【大地憤慨】という広範囲殲滅系統のスキルである。ストラスを含む森林一帯の大地が砕け始めるた。




「なっ!? これほどか、仕方あるまい! 【拘束半解放】」



 包帯が勢いよく足首まで解ける。足首にだけ包帯が巻かれたまま、解けた部分だけが渦巻いている。むき出しになった木の義足が強く輝く。



「【疾風脚】」



 砕けながら突き刺さんと迫る大地から、ストラスは片足の跳躍で回避した。

 木々は大地の隙間に呑まれて消え失せている。そこはもはや森林地帯ではなくなってしまったのだ。



「……む? 根っこはどこへ?」



 どらごんはとっくの昔に、だいだらぼっちのフカフカの土の体に潜り込んでいるのだが、自分のことに精一杯な彼は見逃していたようだ。


 どらごんは今、ふかふかの土に包まれて幸せそうにしている。



「まあいい、あれが早々くたばるとは思えんしな。まずは暴走している状態から鎮めなければならぬ」

 宙に舞う大地の破片を軽やかに足場にしながらだいだらぼっちに近づく。



「【ゴォァアオオオ】!」


「【黒木の大槌】!」





 だいだらぼっちの巨腕とストラスのかかと落としが激突する。

 轟音が鳴り響き、大地と空を揺らす。

 しばし拮抗していたが、ストラスが押し負けて隣接する山にまで吹き飛ばされてしまった。



「がっ……はぁ、ふぐぬっ……まだ! 吾輩がやらねば誰がやる――不吉な空模様、きっと他の場所でも異変は起きている。助けは来ないだらう」



 ストラスはボロボロの体を、自分を奮起させるように逃げ道を塞いでいく。


「こんないち妖怪程度倒せなくて、彼女の隣に並び立てるものか! 【装填・二の矢】!」




 彼の義足である木の枝、残り三本のうちの一本を取り外し、矢とする。

 世界樹の断片を弓につがえ――――



「【昼の花笑み】!!」



 まばゆい日差しのような矢が、怒りによって荒廃してしまった大地に花を咲かせながら突き進む。



「【ギォオオオ――――」


 〈【どらごん】!〉



 だいだらぼっちはその脅威に勘づいて避けようと地面に潜ろうとしたが、だいだらぼっちの中に入っていたどらごんがスキルを使い、巨体を丸ごとツタで縛り付けて束縛した。


 回避行動は間に合わず、だいだらぼっちに花を振り撒く暖かな矢が穿うがたれる。




 ――フカフカな土の体に花が咲く。

 何の秩序もなくただ溢れる生命力を使って咲き乱れる。だいだらぼっちは大地の妖怪にして化身、その暴走によって溢れていた生命力が使われ、徐々に小さくなっていく。




「…………人の子に古き守護者よ、迷惑をかけたな」



「ふんっ、あの程度吾輩にすればなんてことはない」


 〈どらごん〉



 どらごんも布団から出るように、のそのそとだいだらぼっちの体内から出てくる。




「そうか……猫の皮を被った存在に気を付けるといい。本来であればこちらに攻撃してきたということで手を貸すのだが――あれは相手にしたくない類の存在だから、すまない」



「それが町で暴れていると?」

 〈どらごん?〉




「その通り。やつは中立に座する妖怪に{ゲルビュダットの実}を食わせ、暴走状態にさせた。邪魔だてされないために」


「あの英雄譚によく出てくる伝説の果実を食しただと――」

 〈どらごん〉



「あの実は妖怪に対しては毒になる。如何せん妖怪はこの世界、この周囲そのものから生じた存在。あってはいけない物が入り込むと妖力の制御が難しくなる」


「ふむ。状況は理解できたが心配は無用だ。吾輩の仲間はそうヤワではないからな!」

 〈どらごん……〉



 ストラスの見栄ともとれるそれを聞いて、だいだらぼっちは優しげに笑みを浮かべ、山の姿から大地へと戻っていった。



「ふう、悪いが少し休んでいいか?」


 〈どらごん〉




「すまない。を使うと色々と削れるからな……」

 〈どらごん!〉




 彼自身が咲かせた大きめの花にもたれかかって休息している。どらごんはストラスの頭に乗ってぺしぺしと顔をはたく。



「こら! やめないか!」


 〈どらごーん♪〉





 ――かくして、〈大地の災害〉だいだらぼっちは、ヘンテコペアによって鎮められたのであった。


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