#69 【慈愛】の騎士



 何か戦いの途中から銃声やら破壊音が聞こえると思っていたけど、どうやらパナセアさんが来ているようだ。


 走りながら電話……じゃなくてコールに応答する。



「はいもしもし」

『具体的な場所を教えてくれると助かる』


「正面から見て一番奥の一階に居ます」

『ああ、了解だ』




 それだけでコールは切れた。


 何やら戦闘中で忙しそうだ。いつもの余裕のある声色と大分違って聞いていてちょっと面白かった。



 階段を下りると、真正面にトゥリさんが目を閉ざして待っていた。下に向かう階段は【天眼】が示すものだと私のすぐ横にある。


 ――こっそりと通ったら行けないかな?


 そんな思惑を透かしているように、トゥリさんはおもむろに目を開いた。



「マナさんはこの階段の下にいますか?」


「……話すつもりはない」



 会話のペースを奪われる前にと先に仕掛けたが、どうやら舌戦では済まないようだ。それに以前のような丁寧さは欠片も無くなっている。


 敵には敬意は要らないということだろうか。



「無事なんでしょうね?」

「死んではいない」



 信じるつもりは微塵も無いが聞いてみる。もちろんこのやり取りに意味は無い。なら何故こんな質問をしたかというと、今なら引き返せると暗に迫っているのだ。



「私は平和な世界を、作り出す。その信念を曲げるつもりはない」


「そうですか……残念です。【縮地】、【スラッシュ】」



 予備動作無しで一瞬で距離を詰めて斬撃を放つ。不意打ちは卑怯かもしれないが、下手に何かされる前に倒しておきたい。



「惜しかったな。【スラッシュ】」


「……ッ!」



 盾で簡単に止められ、反撃が来るのを紙一重で飛び退いてかわす。



「女神ヘカテーよ、我が祈祷の声に応じ、弱き者を守りたまえ、〖フォンドプロテクション〗」



 魔法剣士の良い点は、【火魔法】だけでなく【神聖魔術】も使える点にある。


 予防線として防壁を纏って戦いに臨む。



「【疾走】、はぁああ!」

「……」


「てやああ!」

「……」


「ぬんっ!」

「……」



「くっ……」

「弱いな」



 何度攻めても、容易にあしらわれて反撃にあう。今まで戦った人の中で近いのは、私やマナさんに基礎的な戦い方を教えてくれたキアーロさんだ。

 技術はさることながら、総合力が過去一だ。


 キアーロさんのようなスピード特化でも、マツさんのようなパワー特化でもない。飛び抜けたものはないが、圧倒的な安定感を誇っている。



 だからこそ崩しにくい。隙が無い。



「はぁはぁ……」

「終わりか」


「まだまだあぁ!」




 何度目になったか分からない攻撃をあしらわれ、体勢を立て直すと、横の窓に人影が映った。


 狙撃銃を構えているパナセアさんだ。上の敵を迎え撃つのだろうか。



「【ダッシュ】!」

「【パリィ】」



 ある種の期待を抱いて、トゥリさんに突進して気を引く。弾かれてのけ反った私にトゥリさんは剣を振るう。



 その刀身が私に到達する前に、トゥリさんの足が銃弾によって貫かれた。


「ぐっ……」


「火の玉よ、〖ファイヤボール〗」



 生じた隙に乗じて畳み掛ける。火の玉は盾で防がれたが、視界が塞がれた瞬間に少し回り込む。



 ――爆発音。



 外で大爆発が起きたが、気にせず首を狙う。衝撃波で割れた窓の破片がまるでエフェクトのように飛び散っている。




 首に迫った刃は、寸前で止められる。腕を交差して強引に防いだようだ。


 反撃を恐れて一度退避する。ヒットアンドアウェイは基本だ。



「まったく、傍迷惑な……【慈愛の祝電】」


「うわあ、リジェネ付きのボスとか嫌われますよ?」



 傷が少しずつ塞がっていく。敵の回復が一番厄介って、それ過去20世紀くらい語り継がれてるから。



「回復なんてさせませんよ――お?」

「やっとか」



 床を透けて、無色透明な球体がふわふわと浮上してきた。あまりの綺麗さに思わず見蕩れる。


 しかし、何か良くない物な気がする。



「まだのようだな……」



 トゥリさんは懐から何か琥珀のようなものを取り出して、球体の中に入れてそう呟く。

 綺麗な水に絵の具が投入された時のような、じわじわと混ざっていく様が見てとれる。



「余興がてら、冥土の土産として使おう。【慈愛の天使】」



 球体に注視していたのを、無理やり引き剥がされる。同族、それも格上だ。否応なしにそちらに向いてしまう。



「……天使ですか」

「そうだ。世に慈愛を布教する、大天使だ」



 マツさんの時と同じだ。この人もスキルで天使になれる人間。


 マツさんは“謙譲”、トゥリさんは“慈愛”か。確か七つの大罪とついを成す、七つの美徳だったっけ。そういうのから来ているのかもしれない。


 他にもこんな強い人達がわんさか居ると思うと、気が滅入ってくる。



 今はそれどころじゃないか。集中しないと。




「火よ波打て、〖ファイヤウェーブ〗、【スラッシュ】」


「【慈愛の鉄槌】」



「ガハッ……!?」



 見えない壁のようなものが私を吹き飛ばす。かなりの勢いでぶつかったせいで鼻が痛い。



「【飛翔】」


「【飛翔】、【慈愛の涙】」



 飛び回って剣をまじえる。毎度毎度向こうの方が剣速も威力も二枚ほど上手だ。


 その上先程使ったスキルの影響か、かすり傷が一瞬で治っていて、さらに足の穴ももう塞がりかけている。


 防御も硬いのに回復を持たせたらずるい。勝ち目がかなり薄い。いざとなれば【ギャンブル】や【不退転の覚悟】があるから何とかなるかもしれないけどね。



「【ライジングスラッシュ】」



【天眼】おかげでギリギリ受け止めたが、勢いは殺しきれずに吹き飛ばされ、壁にめり込む。


 痛みにもだえながらトゥリさんの追撃を警戒するも、一向に来ない。



 何だと思って確認すると、トゥリさんが球体に手を当て、胸の前に持っていっている場面だった。


 ゆっくりと沈んでいき――白い光を放った。





「勝ってる方が覚醒イベントしてどうするんですか……」



 苦言を呈しながらも、眩しい光に目が慣れてくる。真っ白な光の中から、髪が白くなったトゥリさんが現れた。白いベールを身に纏っているように見える。


 肝心のトゥリさんは、手を一人でニギニギして新たな力を確かめている。



「せぇえいいぃっ!」



 隙ありと見て、勢いよく斬りかかる。


 油断大敵なのだよ!




「【白虹はっこう】」



 刹那、私の周囲に白い虹が円形に広がり、地球儀のようにいくつもの虹に分かれた。



 そして、囲われた空間が白く染まる。



「最初に漂白されるのを光栄に思うといい」



 最後に聞こえたのは、喜色がにじみ出ている声だった――



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