#51 拳と拳のぶつかり合い




「認めましょう。あなたは強い」



 マツさんの凛々しい声が、耳に入る。



「だからこそ、本気でいきます。【狂戦士化】、【鬼火】」



 寒気が走った。

 早く、速く、倒さないと――


「【謙譲の天使】」



 瞬間、マツさんの背中に翼が、頭上には光輪が現れる。そして、羽根が舞っている中を赤い線が走る。



「【鬼拳】」


「ふぬっ!」



 咄嗟に手をクロスしてガードするが、とてつもない力で吹き飛ばされてしまった。


「まだまだいきますよ!」


 更に追ってくるようなので、一度空中に退避する。振り向くと、光の柱の隙間を縫いながら迫ってくる姿が映った。



 完全に追いつかれる。赤い線が、視界一面を埋め尽くす。一つ一つが普通サイズの線なので、連撃が来るだろう。


「【ラッシュ】」


 やっぱりだ。同時に私も同じ系統っぽいのスキルを発動。



「【武術奥義・連】!」


 拳と拳が、休む暇なくぶつかり合う。

 かなり粘っているのに、光の柱が一向に降ってこない。視線を動かすと、既に天使像は消え去っていた。


「隙あり」

「くっ!」




 余所見をしたせいで一撃だけ私に入ってしまった。だけど、

「はああああ!!!」


「ッァ!?」


 吹き飛ばされると同時に顎を蹴りつけ、空中で一回転して体勢を整える。



「まだまだあ゛ぁ!!」

「はああああぁぁっ!」


 空中を泳ぎ回り、時には拳を、時には足を、縦横無尽に駆けながらぶつける。


「ぐっ……っあ!」

「てやああ!!」



 お互いに少しずつダメージを蓄積させていく。

 何か一つでも足りなかったら、ここまで戦えていない。



「はぁはぁ……」

「久しぶりに、こんな血湧き肉躍る戦いができて嬉しい限りです、っよ!」


「くっ」


 何とか【天眼】のおかげでパンチを躱せた。そのまま反対側からカウンター。

 体力がしんどくなってきた。


「でぇえぃ!」

「カハッ……アハハハッ!!!」



 マツさんが突然笑い出した。

 ……いや、その片鱗は節々から感じれたけど、今の笑みで確信した。


 この人、戦闘狂だ。



「もっと! もっと!」

「申し訳ありませんが、私はそろそろ終わらせたいので、終わらせましょう。【粉砕拳】!」


「つれないですね! 【鬼拳】!」



 真正面から、渾身の一撃が衝突する。

 素手同士がぶつかっているとは思えないほど激しい火花が散っている。



「らぁああああああああ!!」

「はああああああああああ!!!!」



 互角だ。でもそれではダメだ。体力的に敗色が強まってしまう。


「……よっ」


 敢えて一瞬力をゆるめ、お互いの手の甲で滑らせ、腰を反らせて空振りさせる。



「な――」

「【破砕脚】!」

「うがっ……」


 左足でがら空きのお腹に回し蹴りを入れる。







 壁に衝突したのを見届け、一息つく。最後のは右手同士でぶつかってたからできた技だ。ギリギリ過ぎる。まあ勝てたから――



「【波動掌】」



 赤い線が私目掛けて一直線に走る。

 咄嗟に両腕をクロスする。


「あっっつい!?」



 予想外の所からも攻撃を受けてしまった。マツさんの周囲を浮いてるだけだった青白い炎が私の腕を焼いたのだ。



「かぁっ……!?」


 あまりの熱さに腕を引くと、先程放たれた攻撃が、突き刺さってしまった。

 地面に墜落してしまう。


「痛ッ!」


 幸い頭からではなかったので、何とか堪えてるが、もう全身が限界に達している。


 でも、勝つまで何度でも立ち上がる。


 少し距離はあるが、相手も肩で息をしながら立ち上がっていた。




「……本当に、負けず嫌い、なんですね」

「はぁはぁ……私は負けず嫌いでは、ありませんよ」



 息も絶え絶えに、言葉を紡ぐ。

 負けず嫌いだけは否定しておきたいから。


「勝つのが好きなだけで、負けるのはどうでもいいんですよ。ふぅ……好きな食べ物と何とも思ってない食べ物が並んでたら選ぶのは好きな方でしょう? あれですよ」



 息を整え、例えを挙げて説明する。


「負けてもいいってことで?」

「まさか。敗北には勝利がつきものですから、おそらくずっと敗北は選びませんよ。負けても受け入れはしますけど」


「滅茶苦茶じゃあないですか」

「人間、そんなもんですよ。……天使ですけど」



 和やかな会話は幕を閉じ、静寂の中で再びマツさんの闘志が剥き出しになる。その野生的な闘志に当てられ、鳥肌が立つ。


 勝つために、考えろ。


 私の腕、さっきの炎で動きが悪くなっている。もう使い物にならない。バフは……そういえば、【ヒートアップ】の後遺症の脱力感が残っていない。まさか新しいスキルを使った時にリセットされた?


「職業、大剣使い」

『職業:《大剣使い》になりました』


「【ヒートアップ】」



 使えた。体から赤い蒸気が噴き出ている。

 一か八かの大勝負といこうかな。



「【ダッシュ】!」

「【ダッシュ】」


 私のを見てから同じスキルを使ったみたいだ。一気に距離が近づき――


「【縮地】!」

「!?」



 やっぱりCTクールタイムがリセットされていた。一瞬でマツさんの眼前にまで迫る。



「【パワーインパクトぉぉ】!!」


 無理矢理軌道を変えて、超至近距離で殴ってきた。


【天眼】の導くまま赤い線を避け、青い線に合わせて――


「ふんぬぅぅぅ!!!!」



 頭突きをお見舞いする。



「あが……ッ!?」

「痛ッッッッ!!」



 鳴っちゃいけない音が、どちらかの額から鳴ってしまった。



 狭まった視界の端で、マツさんが倒れるのを見――――



 ◇ ◇ ◇ ◇



「知らない天井以下略」


「うわぁ!?」

「あ、ミドリさん、起きたっすか!」

「おー、おはよう」

 〈どらごん〉



「おはようございます。ここは……医務室ですか。なら知ってる天井でした」


「お疲れ様っす! 超かっこよかったっすよ!」

「ナイファイ。胸アツな展開最高だった」

「お疲れ様だね」

 〈どらごん〉

「GIGIGIGI……イイシアイデシタ」


「皆さん、ありがとうございます」



 ここで目が覚めたということは、気絶して10分以内に起きたのかな。



「ミドリさん! あの羽が増えるやつ、すごかったっす!」

「そうそう。何か覚醒シーンみたいな感じでゾワゾワした!」

「あれは何かのスキルなのかな?」



「あー、あれは途中で手に入った新しいスキルですね。他に手が無かったので使ったんですけど……ステータスオープン」



 どんなのなんだろう?



 ######


プレイヤーネーム:ミドリ

種族:天使

職業:大剣使い★

レベル:31

状態:正常

特性:天然・善人

HP:6200

MP:1550


称号:異界人初の天使・運命の掌握者・理外の存在・格上殺し・魅入られし者・喪った者・■■■の親友・敗北を拒む者



スキル

U:ギャンブル・職業神(?)の寵愛


R:飛翔5・(神聖魔術4)・縮地3・天運・天眼・天使の追悼・不退転の覚悟


N:体捌き9・走術4



職業スキル:筋力増強7・大剣術4



 ######


 スキル

【神聖魔術】ランク:レア レベル:4

 神聖なる力で回復から攻撃までこなす。


 〖使用可能な魔術〗

 ・セイクリッドリカバリー

 ・ディバインウォームス

 ・フォンドプロテクション

 ・ゴッデスティアーズ


 魔術

 〖ゴッデスティアーズ〗

 不死系の生物を黄泉に送る。

「女神ヘカテーよ、我が憐憫の情を聞きつけ、歪んだ者を安寧の世界へ運びたまえ」

 消費MP:400



 スキル

【走術】ランク:ノーマル レベル:4

 走り上手になる。走ることに補正がかかる。

 アーツ:ダッシュ・持久走・疾走・スタートダッシュ


 アーツ

【スタートダッシュ】

 走り出す時に加速する。

 CT:120秒



 スキル

【大剣術】ランク:ノーマル レベル:4

 大剣の扱いが上手になる。

 アーツ:パワースラッシュ・ヒートアップ・プッシュダウン・ジャストガード


 アーツ

【ジャストガード】

 攻撃を受ける時に完璧のタイミングで使用すると、威力を大きく衰えさせる。

 CT:1時間



 スキル

【不退転の覚悟】ランク:レア

 決して挫けることのない確かな意志は、神に認められた。証明して見せよ、どんな苦難をも乗り越える「可能性」の力を。失敗は許されない。

 CT:3日



 ######




 むむむむむ?

 レベルはそんなに上がっていない。スキルは上がってるけど、また使い所の難しいのだったりが多い。最後の新しいスキルは、抽象的過ぎて要領を得ない。




「何か――」

「待ってくれ」



 パナセアさんに出鼻をくじかれてしまった。そんな焦るようにして、何かあったのだろうか?


「まだ配信ついたままだからスキルの内容はあまり喋らない方が良いのと、そろそろ表彰式がある」

「あ、配信! 忘れてました。権限を譲渡したままだと気絶してもついたままなんですね」

「ああ、そうみたいだね。とりあえず……ほい」



 配信の画面が返ってきた。



「ありがとうございます」

「気にしないでくれ」



 チラッとコメント欄を見てみると、かなりの速さで流れていて読むのも一苦労だ。どれも、おめでとうと祝うものばかりだけど、気になったことがある。



「私、負けたんですか?」



 今まで健闘をたたえられてたのは優勝したからではなく、惜しかったからみたいだ。



「一回相手も倒れたんすけどねー、おでこをおさえながら立ち上がっちゃったんすよ」

「うんうん、本当に惜しかった」



 サイレンさんの頭突きを参考にしたんだけど、届かなかったか。


「残念です」


 悔しい。あれはあと一歩だったから余計に。




 〈そろそろ平気そうなので、表彰式に移るよ☆〉

 〈四人は登壇するがよい〉



 悔し涙を流す暇もなく、アナウンスが響く。

 一位は賞金があるのは知ってるけど、二位はどうだっけ? 書いてなかった気がするんだけど……。



「行こうか」

「そうですね」


「行ってらっしゃいっすー!」

「終わったら混むだろうし宿屋で集合でいいかな?」


「そうしましょうか。では、また後で」



 二人プラスその他諸々と別れて、サイレンさんと再び向かう。貼ってある案内によると、表彰式は普通に入っていく感じのようだ。



「ミドっさんはさ」

「はい?」


 急に真剣な面持ちで、どうしたんだろう?



「変わらないでね」

「?」



 困ったような笑顔と、端折られたその言葉を深掘りしようとしたが、到着してしまった。

 既に私たち以外の二人は揃っている様子。

 駆け足で向かう。



「サイレンさん?」

「…………何でもない! 今行く」



 立ち止まっていたサイレンさんも駆け足で追いかけてくる。


 そして、四人が揃ったところで再度やかましいアナウンスが会場を揺らす。



 〈それでは、皇帝御前大会の表彰式を始めるよー☆〉

 〈まずは第三位じゃ。ケオルビとサイレンは前に出るのじゃ〉


 両端の二人が一歩進むと、スタッフさんがメダルを首に掛ける。


 〈よくぞ頑張った。褒めて遣わす〉


 遠くからそう声を掛けるのは、何か意味があるのか私には分からないが、あまり褒めているようには感じられない。


 〈次に、第二位じゃ。ミドリよ、前に〉



 言われた通り一歩進むと、同じようにスタッフさんがメダルを掛けてくれた。綺麗な銀メダルだ。金が良かったけど、これでも十分嬉しい。



 〈お主は強い。というより伸びしろがとてつもなくあるのじゃ〉

 〈おーい☆〉


 皇帝陛下さん直々のアドバイスを貰えるのかな。



 〈少しぐらいよかろうて。ともかく、伸びしろがある分、選択次第で未来は大きく変わる。肝に銘じておくがよい〉


「ありがたき幸せ」



 何を言いたいのか分からないけど、慎重に行動しろっていうアドバイスと受け取っておこう。



 〈うむ。では最後に第一位じゃ、マツよ、前に〉



 マツさんにもメダルが掛けられ、それと革袋が手渡されている。あの中に賞金があるのだろう。つまり、二位以下は何も無いんだね。



 〈よし。解散じゃ!〉

 〈これで皇帝御前大会、及び表彰式を終わるよ☆ 忘れ物が無いように注意して帰ってね☆〉



 ぬるっと終わった。もう少し余韻とかあってもいいだろうに。



「というわけで、キリもいいですし今日はこの辺で。お疲れ様でした」



 観客席が騒いでいるうちに、配信終了の挨拶をする。



[枝豆::ほんとにおつかれ〜]

[カレン::最高でした! おつミド〜]

[天変地異::準優勝おめでとう]

[紅の園::おつデッセイ〜]

[蜂蜜穏健派下っ端::おつデッセイ]



 これで……よし。

 ん? 皇帝陛下さんがマツさんと何かを話している。勧誘とかかな。まあ私には関係ないし、サイレンさんと宿に戻ろうっと。



「サイレ――」

「少し待っててくれないかな☆」



 振り返ると、金髪と仮面が目立つ人が立っていた。神出鬼没なシフさんだ。



「何ですか」

「そんなに警戒しないでよ☆ もうすぐ来るから☆」


 よく分からないけど、言われるがまま待っていると、ゆったりとした足取りでこちらに近づいてくる人が。



「待たせたのう」

「ほらね☆」


 皇帝陛下さんだ。私にも勧誘しに来たのだろうか。サイレンさんがソワソワと近づけずにいるのが視界の端で映ってるから、早く行ってあげたいんだけど。


「勧誘ならお断りします」

「ほう、残念じゃ」

「失礼します」


 それだけだったみたいなので、足早に立ち去る。


「蘇生の秘薬は要らないようじゃぞ」

「わたしも驚いたよ☆」


「蘇生?」


 思わず立ち止まり、振り返ってしまう。

 視線の先には、釣れたと言わんばかりの悪魔のような笑みを浮かべている二人が。



「そうじゃ。仕えよとかではなかったんじゃがのう。興味無いなら別に構わないんじゃが……」

「その話、詳しく聞いても?」


「よいぞ。ただ、説明のためにわらわの城の方が都合がよい。場所を変えるが、それでもよいか?」

「分かりました。でも少し待っててください。仲間に一言伝えておきますので」

「うむ」


 急いでサイレンさんのところへ。

 心配そうな顔をしているが、私は詐欺に引っかかるようなドジではない。ちゃんと見極めてくるという意味でも話を聞きに行くのだ。


「すみません、先に戻っててください」

「良いけど……大丈夫なの?」

「ええ。ご心配には及びませんよ」

「ならいいけど。…………何か嫌な感じがするから気を付けて」


 私があの人たちに感じている小さな嫌悪感と同じものなのかな。


「はい。いってきます」

「うん、いってらー」


 高貴な人のはずなのに、不信感が拭えない皇帝陛下さんのもとへ戻る。それにしても、この嫌悪感、どこかで似た感じのを感じた覚えがあるんだけど、いつだったかな?




「よし。ついてくるのじゃ。妾の城へ!」



「で、蘇生の秘薬というのは?」

「実物を見せた方が早いんだよ☆ そのために城へ行くのもあるからね☆」


「効果の保証はどうやってするんですか」

「それが難しくてねー☆ 文献で紹介して信用取引っていう形になるかな☆」



「お主ら! もっと妾をおだてて褒め称えてかっこいいとか言わんか!」


「かっこいいですー」

「いつまで経っても可愛いね☆」


「……さっさとついてくるのじゃ!」


 拗ねた。これでは妾じゃなくてわらわだよ、と不敬極まりないことを考えていると、ものすごい速さで飛び去ってしまった。


「えぇ……」

「わたしたちも行こうか☆」

「あ、はい」



 あまりにも動じなさすぎて変な恐怖が湧いてきた。この人たちってどんな関係性なんだろう?



「【飛翔】」

「案内するからね☆」



 足下から声が聞こえた。私の足を掴んでいるのだ。



「…………」

「あっ、ちょっと……☆」


 反射で蹴り飛ばしてしまったが、シフさんは難なく観客席の壁を蹴って闘技場の一番高い所まで登っていく。凄い軽業だ。


 飛んで近づく。


「酷いなー☆ わたしはこんな人が多い所では飛べないから仕方なかったじゃないか☆」

「せめて一言言いましょうよ。ほら、掴まってください」


 手を差し出し、掴んだのを引き寄せ、胴体を両手で掲げるように持ち上げる。

 バンザイでシフさんを持ち上げている形になった。これでよし。


「道案内お願いします」

「んー☆ 公開処刑じゃないか☆」

「道案内お願いしますね?」

「こわいこわい☆ 実に悪魔的だね☆ そのまままっすぐだよ☆」

「了解です。私は天使ですけど」



 指示通り、人混みの上を飛んでいく。

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