##62 今まででたぶん一番過酷な戦い
ビームのような咆哮が通った所は、太古の木々が無くなっていた。あれほどの攻撃、流石にあの面々でもタダでは済んでいないだろう。
すぐに回復できるように詠唱を――
「え゙えぇーん!」
「あれれ?」
「ミドっさん、これって幻術とかかな?」
「ど、どういうことよ……」
攻撃を食らわなかった私たちは、目の前の光景に脳の処理が追いついていないでいた。
それもそのはず。傷なんて次元ではなく、なぜか子供になっていたからだ。よく見てみると、無くなったと思っていた木々は若葉になっている。
特殊な回復能力に、今の光景から分かったのは、あの龍が時間を操る能力を持っているということ。驚いている私たちを他所に、龍はあくびさながら時計の紋様の中に帰っていった。
ひとまず危機は去ったのだが……この子達はどうしよう。
「うえ゙ぇえん!! ママー!!」
「ぐすっ、うぅ……」
「……時間操作系…………厄介」
マツさんは号泣して母親を探し、リューゲさんはつられ泣きでグズり、ネアさんは大して変わっていない様子でため息をついている。
「シロさん、お仲間でしょう? 頑張って下さいね」
「子供の世話なんてしたことないのにぃ……」
弱音を吐きながらも宥めに向かった。
泣き喚くマツを黙らそうと実力行使にでかかったネアさんを押さえつけながら何とかあやしている。大変そうだなー。
「恐竜! めたりっく恐竜にするぞ〜!」
「恐竜さんとけんか、楽しみやぁ」
普段とは違って大人しくなっている〘フロントライン〙組とは異なり、こっちは凶暴性というかアクティブさが増している。普段大人な分、ギャップがすごい。
「サイレンさん、とりあえず子守りお願いします。私は〘大連合〙の方々に事情を説明してこのまで迎えに行くように頼んできます」
「ちょ、ぼくは嫌だよ! あんな状態の二人を止められる気がしないし、ミドっさんが子守りしてよ!」
サイレンさんの言い分も理解出来る。一人っ子のサイレンさんが幼い女の子の面倒を見るなんて不安で仕方ないはずだ。
しかし、しかしだ。
「別に私が相手しててもいいですけど……事案でも起こしたらどうするんですか!」
「起こす側の発言!?」
「彼女らの純潔を守りたくば、私の提案に乗ることです」
「さっきから何でそんなに強気なのさ! あー、もう分かったよ。やればいいんでしょやれば」
「え、ヤっちゃうんです?」
「一緒にしないでくれない!? ぼくはただ子守りをするだけだよ!」
少しからかい過ぎたかな。
真面目な話、私の方が機動力が高いから迅速に通達できるから私が適任なのだ。空を飛べば拠点を探すのも余裕だし。
「じゃあ(子守りの)増援呼んできますねー」
「急ぎでよろしく!」
そう言って拠点まで飛んでいく。
周囲の恐竜も子供になっていたりしているのを見つつ、人の集まっているはずの拠点を探す。
「にしても、私もあの幼児化光線使えたりしませんかね……」
[バッハ::ヒェッ…]
[供物::もし手に入れたらこの世の全てを幼児化しそう]
[リボン::渡しちゃいけない人がここにいますね]
[ピコピコさん::目がこわい]
[隠された靴下::お、おう]
人を闇堕ちラスボスみたいに言っておって。
別に悪意は無いし、純粋無垢な下心だというのに。
◇ ◇ ◇ ◇
無事に増援を呼び、私はうらやまけしからん能力を持つ龍を探しに飛び回っていた。
背中におっかない幼女を背負って。
「……間違いない……あの不自然な時計塔」
「明らかにこの場にそぐわない人工物ですもんね」
太古の地の中央に、真っ黒な謎素材でできた時計塔があった。ネアさん(ロリ)と共に、頂上から入ってみる。
「……下ろして」
「あ、はい」
「…………」
「何もありませんね」
明らかに何かあってもおかしくないのだが、普通の時計塔としての部品にしか見えないものしか置いていない。
しばらく周囲の探索を続けていると、不意に時計の紋様が出現した。そこから龍とは違う生き物が出てくる。
「麒麟ってザコ敵のように出てきていい存在ではないのでは?」
「……龍もこれも、スキルか神能」
私は呑気に呆れ、ネアさんはいつも通り冷静に分析している。彼女は生命をどうにかする系のスキルを持っているので、生き物ではないと分かったのだろう。
「来ますよー」
「……」
麒麟は私たちを認識した後、猛スピードで突進してきた。私は剣で軽くいなし、ちんまりしたネアさんはその小さな体で股を通って避けていた。
「こっちの攻撃は効いてるようには見えませんね」
「……操ってるやつ」
「探せと? そんなこと言われてもここに居ないのなら――」
「たぶん地下」
「マジですか」
「……生命反応……二つ」
二つ?
一つがその操ってる者だとして、もう一つは先客かな? それとも向こうの仲間?
〈――強き者よ、この場は世界の均衡を保つ秘匿の地。天上の者の意向といえど踏み荒らすのは見過ごせない。ただちに立ち去れ〉
「――っ!?」
「……」
背後に現れた人に驚いて飛び退く。ネアさんも同じように退きながら相手に触れていた。
ネアさんのスキルでごく一瞬だけ別の生物になりかけたが、すぐに巻き戻して元通りとなっている。
「ネアさんとは相性悪そうですね」
「……麒麟は留める」
「了解です。この人と地下にいる人は私が何とかしましょう」
幼児化しているのは正直自分で治せるみたいだけど、頭脳も能力も変わらないから他の人が治っているかの目安になるためにそのままにしていると背中で言っていたからね。
中身はともかく見た目子供だから無理はさせたくない。近接戦闘は私の方が得意だし。
「どこのどなたかは存じませんが、お生憎様、こちらも仲間の尊厳がかかってますので、このまま立ち去る気はありません」
〈こちらから譲歩することはない。母上を害する者にくれてやる慈悲もない〉
そう言いながら斬りかかってきた。
赤い線の調子が悪く、このイベントが始まってから攻撃の予測ができていなかったのでギリギリ頬を刃が掠めてしまう。
そして、朧げだった敵の姿が顕になった。
無機質な仮面を装備しており、服装は和風サイバーチックな感じのデザイン。黒髪のポニテで日本人のような容姿だ。
「……っく! 速いっ」
時折コマ送りのように相手の姿が飛び、動きが読みづらい。その上体術がすごいのか、一瞬で背後をとられたり一挙一動が私を撹乱してくる。
ナイフの使い方がどこかで見たような気もする。
投擲されたナイフを躱したら背後でそれを受け止め突き刺そうとしてくる。戦い慣れている人の動きだ。
まるで、
「“黎明”みたいです……」
あの色々と限界を迎えていそうな猫獣人の動きと重なる。脅威的な身体能力と卓越した戦闘技術、それに加えて頂上的な再生能力付きだ。まともに相手するのは得策では無い。
時計塔の階段は幸い螺旋階段で、中央は吹き抜けになっている。仕方ない。このまま地下に赴くとしよう。
ストレージから3号も取り出して二刀流で防御を固めてから、中央の吹き抜けに飛び込んだ。
「はっ! ふんにゅ! そいっ!」
私に着いてきた敵の縦横無尽な攻撃を、気合いと根性と勢いで凌ぎながら降下していく。
相手は螺旋階段を蹴って変芸自在な攻撃で、【飛翔】がカンストしていなかったら対処できなかったかもしれない。
〈【
「うくぅ…………!」
上からナイフを叩きつけてきた。
二本の剣で何とか受け止めたが、勢いは殺しきれずに地面の下にまで押し込まれる。
時計塔の1階の床が抜け、更に下へ落とされた。
「はぁ……ふう〜」
〈誘導したところで何も変わらないというのに〉
「果たしてそうでしょうかねー。ここに時間遡行をバシバシ使ってる人がいるのは分かっているんです、よ――?」
砂埃が晴れた。
視界に広がったのは完全に真っ白な空間。つい最近フェアさんと会った空間と似ている。
そして、少し先に巨大な水晶が鎮座していた。
――中には人が入っている。
「“黎明”?」
猫の獣人ではないが、顔が瓜二つどころの話ではない。ドッペルゲンガーを疑うくらい似た存在がそこには封じ込められていた。
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