##63 引き継ぎ

 



「“黎明”?」



 おっかない人物にあまりにも似た存在が居て私は思考が停止してしまった。姉妹とかだろうか、それか世界では自分と同じ顔の人が何人かいるとか言うそれだろうか。


 いや、今はそんな考察している暇なんて無い。

 一刻も早くこの強力すぎて羨ましい力の源を何とかしないと。

 とりあえず水晶を壊してあの中にいる人をシバけば何とかなるでしょ、たぶん。



「【疾走】!」



 〈【親愛の兵パトリオット】【突風刃】〉



 駆け出した私の首に、神速の刃が突き刺さる。

 油断はしていなかった。視界に入れた状態でカウンターも打てるようにしていたのに、予想外の遠距離攻撃かつ今までの数倍の速度で反応できなかった。


 自身の体から離れていくのを見て、首がトばされたのを認識した。


 ――水晶に亀裂が入った。


「あ、れ?」

 〈…………〉



 瞬く間に何もかも元に戻っていた。

 私が困惑している中、水晶が砕け散る。




「ふん〜! にゃはっ、っと。やっぱこの体は軽くていいにゃんね〜! ステータス、パラメータ様々よ」


 猫としての特徴は無いのに、なぜかイラつかせる猫っぽい語尾をしている人がゆっくりとこちらに歩いてきた。




桔梗ききょう、その子はにゃたしのお客さん」

 〈そ、そうでしたか。大変失礼いたしました〉



「え、あ、いえ。大丈夫ですよ」



 先程まで淡々と殺しにかかってきた桔梗さんというらしい女性が深々と謝罪してくれた。

 私もこういうことには慣れたのか、反射的に謝罪を受け入れていた。



「とりあえず改めて自己紹介を。にゃたしは……何て言うのが正しいんだろ? 時間の神? 救世主? 一応名前はゲルビュダット、にゃん」


 〈義娘の桔梗と申します〉


「これはこれは。ミドリです」



 さっきまでの殺伐とした雰囲気は消失し、和やかな空気で満たされていく。



「っと、配信中か。うーん、まっ、いっか。内情を話しちゃうとにゃたし、いわゆる運営側の人間でね……肩書きとしては、WSSワールド・シミュレーション・システム開発部所属実演算班班長兼AWOシステム開発室長ってところかな」



「なんかすごくすごい人なんですねー」




「そりゃあ、もうね。あ、あとにゃたし達の娘がいつも世話になってるね」


「娘さん?」



 文脈からして桔梗さんのことではなさそうだし、こんな猫RPしてる変人の娘さんなんて心当たりはないんだけど……?



「お仲間のパナセアにゃんよ。なかなか手がかかる子でしょ? あの子友達少ないからこれからもよろしくしてやってね」


「……」


 パナセアさん?

 あの理知的で比較的常識人で遊び心満点ながらもときどきイケメンになる彼女が?

 この人の娘?



「ちなみに旦那さんは?」


「うちの旦那は同じチームの……確かこっちでは技神のイレモとかだったにゃんね」



 信じ難いがどうやら本当のことらしい。

 そうなってくると、色々と聞きたいことが増えた。



「……まあパナセアさんとは今後も仲良くするつもりです。話は変わりますが、貴方と瓜二つな――」



「あ、“黎明”のことが聞きたいんだ? 素人でも分かりやすく簡単に説明すると、彼女は時間の神であるこのにゃたしが、別の世界線から呼び出したにゃたしそのものにゃん」




 なるほど、桔梗さんの戦い方に“黎明”を重ねたのは目の前にいるのゲルビュダットさんの娘として教わった結果、別世界線のゲルビュダットも本筋と同じ戦い方をしていたということか。




「どうしてそんなことを……」



「一種の実験……そしての時間の神の土台として、ね」



 別の世界線からの移動――それはたぶん私が第三試練で経験したものとは似て非なるものだろう。

 本筋である私がシミュレートされた所に赴くのとは異なり、シミュレートされた世界から本筋に呼ばれているのだ。在り方として、大きく違う。


 放置された彼女は、荒れに荒れてああなってしまった。敵対していた私が言うのもおかしな話だが、酷いと感じてしまう。



「さて、優しい大天使さんが何を考えているかはおおよそ予想はつくけど、そろそろ終わりの時間にゃん」



 二人の体が崩れていっている。



「時間の神能は使えないんですか?」


「残念にゃん。君に託すために、今の時間神から拝借しただけだったにゃんから、もう返したにゃん。にゃたしは既に満身創痍にゃったし、桔梗に至ってはらと対峙するために五感を全て削ぎ落とした上で、この地で何億何万何千年と守っていたからにゃん」


 〈――その者に託すのですか?〉




 ヤツら?

 どういうことだろう?

 全く事情が汲み取れない。



「そ。大天使ミドリとその仲間たちにならきっと成し遂げられるにゃん」


 〈そう、でしょうか。いえ、貴方様がそう仰るのなら間違いは無いでしょうね〉



 あ、これ厄ネタ抱えさせられるやつだ。


 シリアスな場面ながら、ちょっと内心ため息をついてしまったのは心の中にしまっておこう。



「じゃあ消えるから、にゃん。この本を読んでくれればこの鍵がどういう物かも分かるはずだから頑張ってにゃん! あ、あと運営としての話だけどCMの話とか興味――――」


 〈偉大なる母が見込んだ者よ、我々が成し得なかった偉業を成し遂げるのです。世界の終焉を目の当たりにしたくなければ〉



 ゲルビュダットさんからは古びた本と鍵を、桔梗さんからは激励の言葉を受け取った。

 彼女たちはもう消えてしまったが、色々と説明不足だ。未だ彼女らの状況が理解できていない。


 このプレイヤーイベントの趣旨がこれだとしたら、他のプレイヤーが可哀想だし……



「とりあえず戻りますか」



[唐揚げ::よく分からんけど凄そう]

[あ::世界観の深掘りが知れるのかな]

[紅の園::gg]

[粗茶::とりまお疲れ]



【飛翔】で地上に戻ると、ネアさんが元の姿になって私を待ってくれていた。

 私はかくかくしかじかと、地下で聞いた話をまとめて説明した。


「……本、貸して」

「ああどうぞ」



 古びた本を受け取ってパラパラーっと目を通していくネアさん。これが速読というやつだろうか。

 実際にできる人は初めて見た。


「……ん」

「もういいんですか?」


「……ミドリが任されたなら…………私には関係の無い話」

「そうですか」



 イベントが終わった後にゆっくりと朗読配信でもしよう。無表情なネアさんからはどんな内容が書いてあったのかは見当もつけられないし、楽しみにとっておくことにする。



「……今のはイベントの隠し要素」

「じゃあまだ楽しめますねー」




 考えるのはまた落ち着いてから。

 今はのんびりイベントを楽しむのだ。ネアさんとささやかな雑談をしつつ拠点に戻っていく。







 二日間のイベントは折角だしということで〘フロントライン〙の皆さんと協力して順調に攻略していった。

 味方が強い人たちばかりで特段手こずることなく、マグマを降らせる巨大な亀のボスも倒すことができたが……うん、瞬殺だったのは言うまでもないだろう。

 そんなこんなで二日間のイベントはあっさり幕を閉じた――――



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