##魔無き世界の記録##

 2○‪✕‬6年10月8日



 歴史が異なる世界でも、管理体制が敷かれた国でも孤児はいるらしい。

 私、おっと“にゃたし”はこの世界を見て回っている際に、日本にて少女に懐かれてしまった。

 にゃたしは仕方なくお供として育てることにした。真面目でお堅いが優しい子である。



 2○‪✕‬7年3月14日


 それからこっちの世界で数年後。


「神よ、此度の戦いで指定英雄絶壁《炎鷹》が……」


 いつもの人が先の戦の代償を告げている。


倉夢くらむ君と愛珠良あすらちゃんか……《失楽》のいる帝国を命と引き換えに倒したんだからすごい功績にゃんね」

「母上、地上は怪物で溢れているというのになぜ人々は争い合うのでしょう?」


「さぁ、愚かな人間のことなんてさっぱりにゃんよ」



 桔梗の質問は純粋で、人間らしさの薄いものだ。育て親として彼女にはそのままでいて欲しい。

 やっぱ、ステータス上の詳細パラメータが見えると仮説通り争いが活発化していて、人間の欲深さと傲慢さがよく分かる。



「それで、神よ。どうか新たな英雄の指定を――」


「当然そうにゃるよね。でも、当面はしないつもりにゃん」



 殺風景な廊下を颯爽と駆ける足音が聞こえる。

 振り向くと、にゃたしが指定した英雄日輪とその式神の九尾がこちらに向かってきていた。

 元気な巫女服の少女と、妖しい笑みを浮かべている九尾のコンビは今となってはこの国最強の戦力である。



「いぇい! 北部諸国への遠征終わったよ。はいこれ、お土産の巨神の首」

「ひまわり、こんなところでそんなもの出すんじゃない。すみませんね神様」


 この世界の数少ない癒しコンビ。

 実力もかなりついてきて安心できる。

 この国はしばらく平気だろう。過度な英雄の指定は均衡の乱れにつながる。英雄を生めば生むほど化け物も生じやすくなってしまうのである。



「首はレミルに渡してくるにゃんよ。にゃたしは所用で外に出るから」


「え~、長官に見せても『ご苦労』としか言われないんだよ」

「つべこべ言ってないで行くよ。では失礼。神様もお気を付けて」



 過酷な世界でも、このような日常があるうちはまだ大丈夫だ。にゃたしの努力が無駄ではないと実感できる。




 2○‪✕‬7年3月15日


 近頃からデータを見ていなかったから僅かな変化に気が付かなかった。化け物の処理を増員すべきだった。今日は間引きで一日潰れるだろうね。




 2○‪✕‬7年3月18日


「……どうにかできた訳でもにゃいけどさ、こうも滅んでいくのを目の当たりにすると罪悪感が芽生えるにゃん」


「母上が気に病むことなどございません! いざという時はこの桔梗めが邪な神なぞ打ち倒してみせましょう!」


 桔梗は心優しい子だ。

 にゃたしの自由奔放な娘に爪の垢を煎じて飲ませたい程にはね。

 ただ……気持ちはありがたいけど、邪神の数も数。大量の邪神どもを駆逐するには英雄の数が足りない。にゃたしが例え適当にしたところで質の良い英雄はできないし、自然発生する英雄の千分の一にも満たない戦力にしかならない。


 今日もにゃたしと桔梗でようやく邪神一匹を辛うじて倒せたっていうのに――桔梗は五感を捨てることになったし、にゃたしの神器も一つ壊れたし。最悪、にゃん。





 2○‪✕‬7年3月21日


 滅んだと思っていた国の端で、怪異たちは息を潜めていた。常人からしたら災害をもたらす恐ろしい存在の彼らも、今回の邪神氾濫には手も足も出ないみたい。

 気持ちはよく分かる。

 彼らの性質上、されたら死よりも辛い苦痛に蝕まれることになるから。同族がそうなる様を見たから。


 ――何よりも大切な人を奪われたのなら仕方の無い話である。



 怪異の中でも別格であった九尾も、彼女にとっての太陽のような大切な人――向日葵が汚染とは別の現象だがあちら側に持っていかれたのだ。意気消沈していてもからかう気すら起きない。


 取り返そうと足掻いたのか、妖力や数多のスキルを失った彼女はもはや超災害級ではなく、ただの災害級妖怪。悲しきかな、今の彼女では邪神の一匹も倒すことはできないだろう。



 あまりにも憐れだったため、神器を使って保護することにした。せめての世界ではどうか幸せになって欲しいものだ。




 2○‪✕‬7年3月30日


 これはもう無理。

 から普通の人がどうこう出来る問題ではなくなった。

 世界は邪神らの手によって間もなく滅びるだろう。外部からのログリセは止めさせたし、にゃたしが巻き戻しと抑えでにゃんとかするとしよう。



「母上、私めはどこまでもついていきます。たとえ世界が終わろうとも」



 にゃたしが時空の狭間で準備を進めているのを眺めながら桔梗はそう言った。

 苦しんで生きるか楽に死ぬか、そういう選択だからどちらを選んでもにゃたしから言うことはにゃい。この日記と鍵を渡せるプレイヤーが現れるまで、この場所と停止凍結されたにゃたしの体を守ってもらおう。


 何千、何万年と生きることになるかもしれにゃいけど、説得できるほどやわな頭をしていないのは知ってるしお礼と激励だけはしておく。




 2○‪✕‬7年3月31日


 終わりかけた世界の巻き戻しと、邪神らの時空凍結封印は完了した。巻き戻しの性質上、変わり果てた地形はそのまま、元の地球のコピーからはずっと小さくなっている。

 妖怪達と邪神狩りの種族だけそのまま残して、にゃたしは時空の狭間、その神殿で眠りにつく。



 次にこの日記を開く者が世界の終焉を目の当たりにしないことを祈っている。







 …………そこの君、ならなぜ邪神なんて実装したか気になったよね?

 考えてもみなよ。

 元々この世界は地球を含めた太陽の歴史すべてをデータとしてシミュレーションして形成されたものだ。そんなこと、一体どこの誰が何年かけて成し遂げたのだろう。


 運営のそこそこ偉い立場のにゃたしだけど、その詳細は未だ不明なんだ。ま、あとはご想像に任せるにゃん、ってね。


 ちなみにこの口調はRPロールプレイなのでリアルで会うことがあっても誤解しないように。


 アディオス!!( -`ω-)b





 ◆ ◆ ◆ ◆



「日記に顔文字書く人嫌ですね」




[タコの吸盤::そこ?]

[壁::もっと言及するところあるでしょ]

[死体蹴りされたい::口調の割に内容重くない?]

[ベルルル::つまり今のゲーム世界は2周目ってことか?]

[バッハ::草]

[天井裏::ツッコミどころはともかく気持ちは分かる]


 宣言通り配信で日記朗読していた私は、これが彼女の――ゲルビュダット氏の黒歴史にならないといいなと考えながら、内容を脳内で処理していた。



 この日記で判明した情報をメニューのメモ機能を使って箇条書きにしていく。



 --------

 ・今の世界は1度リセット?されていた

 ・今の大妖怪は前の世界から来ていた

 ・邪神が封印されている

 ・邪神を討伐しないとまずいらしい

 ・邪神を狩る種族も居るらしい

 --------



 こんなところか。

 逆に必要なのに記されていないのが、当の封印されている場所と邪神狩りの居場所。これらはとりあえずマナさんを救い出す過程で情報収集していく方針になりそうだ。



 私のToDoリストに新たな項目が追加された配信であった。






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