###53 駆け、踊り、対峙する

 

「――【禁術・邪神捕縛】!」



 邪神を不公平さんが「ゲットだぜ!」したらしく、絶え間なく出ていたビームが止まった。流れとしては、大陸の結界が解除されてリンさんの転移魔術で不公平さんも合流、何かを察知して風の魔術か何かでこちらにぶっ飛ばし、邪神を封印――こんなところだろう。

 リンさんに軽く挨拶しておこうとも思ったが、あちらはあちらでネアさんから割り振られた役割があるはずだ。戦闘中だったら申し訳ないし後にしよう。


 私は螺旋塔の方に転移した。

 途中、螺旋塔付近から転移先の引き寄せを感じた。どうやら塔の外装にそういう性質を持つものが含まれているようで、下層にいくにつれその量が多くなっている――つまり、螺旋塔内部で転移した場合は転移引き寄せ物質の含有量の多い1階に飛ばされる仕組みなのだろう。通りで機械的な仕掛けが見当たらなかったわけだ。



「【飛翔】っと」


 邪神のビームで吹き抜けになった最上階に外から飛んで戻った。私と同じくビームを浴びていたコガネも先に戻っていてライラさんをモフっていた。ライラさんはチワワなので彼女の腕の中でおさまっていて、コガネさんのしっぽにも包まれてぬくぬくと気持ち満足そうだ。


「パ……みーたん!」

「おーよしよし、頑張りましたねー」


 やり遂げたと元気に飛びついてくるファユちゃんを抱き締める。


「怖い人に壺買わされるのです!」

「な……不公平さん、いくら見た目が怖いからってそれを利用してこんないたいけな私の娘に押し売りなんて、最低です!」



「いや売ってねぇよ。ん? 娘……?」



 しかしどうして彼がここにいるのだろう?

 やはり壁際で呑気にあくびしながら毛繕いしてる邪神ニャルさんが原因なのだろうか?


「冗談は置いときまして、やはりそこな悪戯猫を捕まえに?」

「娘……あ、ああいや、違うな。禁忌族うちの長が魔女さんについていって天空の大陸に居る邪神を捕まえてこいってな」



 となるとフィアさんの中にいた邪神を何らかの方法で察知していたということか。


「そっちの黒猫に関しちゃ何も言ってなかったな。ま、その様子だと大丈夫なんだろ?」

「そうですね。今はニャルさんの目的からして協力せざるを得ないでしょう」

 〈みんなしてボクを厄介者扱いしてー。プンスカだぞ〉


「厄介者でしょ」

「厄介者だろ」



 ジャンプして私の胸の下にあるベルトに挟まったニャルさんが薄っぺらい文句を垂れるフリをしている。なぜそのポジションなのか。布越しとはいえ猫の毛で下乳が痒いんだけど。

 デコピンで射出してやろうかと思ったが、コガネさんが任務完了の報告をネアさんにしたらしく次の行動に移ることに。



「天空の虚像の方がまだみたいやけど、ネアはんの方はもう結界の外でソフィ・アンシルと交戦中やって。白金はんもヨザクラはんも戦い終わったから各方角の援護に行くって」

「俺はここの幹部とやりあえる自信ねぇから適当な国のワンコとでも遊んでくるかねぇ」



 不公平さんの本領は邪神を一発で封じ込めるところにあるからね。適材適所と言うやつだ。


「ミドリはんは?」

「私は賢者の塔へ行きます」

「ファユも賢者の塔で浮遊機構の掌握に行くのです。結界なら通り抜ける必殺技があるのです!」


 おっと、それは想定外だ。コガネさんに安全を確保してもらうつもりだったのだが何かやるべきことがあるのか。



「浮遊機構ってなんです?」

「アインスさんから聞いたのです。賢者の塔には天空の支配者も賢者も力を失った時にこの大陸が落っこちないようにする装置があるらしいのです」


「保険ってことかいな。どないするん?」

「ま、私とニャルさんが死守すれば大丈夫でしょう。ソフィさんが既にネアさん達と交戦している以上こちらに手出しする余裕も無いでしょうし」

 〈仕方ないなぁー〉


 コガネさんとライラさんは不公平さんと同じくこの国の防衛戦力と戦うようなので、この場で分かれて私とファユちゃん、ニャルさんで賢者の塔へ向かった。


 螺旋塔の転移引き寄せ範囲から出てから、賢者の塔の転移阻害結界の外まで一気に転移して移動した。


「さ、行きましょう!」

「……なぜおんぶされてるのです?」


「もし転んだら危ないじゃないですか!」

「歩きたての赤ちゃんじゃないのですよ!?」



 赤ちゃんだった時から全然経ってないから私的にはまだ赤ちゃんだ。それに私の身体能力について行こうとしたら間違いなく筋肉痛になってしまう。親として体の心配をして配慮するのは当然のことなのだ。


 〈過保護だねー。こういうのを親バカって言うのかな?〉



 うるさい黒猫さんだ。文句を言うならいい加減胸の下のベルトから下りて自分で走りなさい。君、空を走れるでしょうに。



「む」



 キキィーとかかとで急ブレーキをかけて足を止める。

 慣性の法則でニャルさんが前方に飛んでいき、放り出された先で空虚な闇に呑まれ――る前に虹の紐を作り首にくくりつけて引っ張る。引き戻した後も虹色の首輪だけそのままにしつつ、抱えていたファユちゃんを降ろす。



「ニャルさん、ファユちゃんを連れて塔へ。絶対に守ってくださいね。その首輪、私のさじ加減ですから分かってますね?」

 〈……はぁ、おっかないなぁ。安心しなよ。ボクほど頼れるボディガードはいないからね〉


「みーたん……」

「大丈夫です。先に行っててください。少し――」




 ファユちゃんの頭を撫でていた手を離し、ストレージから{順応神臓剣フェアイニグン・キャス}を取り出す。



「軽く話をつけてきますので」

「……頼むのです!」

 〈はやく片付けてボクの負担を軽くしてねー〉




 賢者の塔へ走っていくファユちゃんとニャルさんを見送り、建物の上から私を見下ろす人物に視線を向ける。



「――奇遇ですね、アディさん。私も学校サボったんですよ。ところで、いつにも増して随分とオシャレな恰好ですね? ダンスパーティーにでも行かれるので?」

「その言葉、そっくりそのまま返すわよ」



 挑発的な笑みを浮かべる私に対し、禍々しいドレスを着たアディさんは相変わらず死んだ目のまま笑い返す。

 それにしてもさっきの攻撃――ついさっき目の当たりにしたから分かる。あれはプレイヤーすら殺せるらしい抹消ロスト属性の力だ。



 ――遠くで美しい歌声と可憐な歌声が響いている。サイレンさんの声か。どうやら彼も頑張っているようだ。丁度いい。

 剣を腰に提げておく。



「では1曲、踊りませんか?」

「いいけど――私の踊りはちょっと激しいわよ」



 一瞬で私に肉薄しての回し蹴り。

 軽くかがんで回避、そのままバク転して蹴りをお見舞いするが体重を後ろにする最小限の動きで避けられた。


 それにしても肉弾戦に応じてくれるとはね。

 言い訳のできる、音楽が聞こえる間だけだろうけど。



「――というかレベル偽ってましたね? 私より高レベルですよね?」


「身元を隠す以上当然よ。レベルは700とちょっと、〘ツィファー〙傘下の〘キンダー〙も隠れ蓑よ。もちろん名前もね」



 高速で踊るような肉弾戦を繰り広げながら問答を続ける。私も結構攻めているのだがやはり格闘の技術でレベル差を埋めるのはしんどいか。


 ――歌声がんだ。

 アディさんは一度空を仰ぎ、ため息をついてから立ち止まって手を伸ばす。その手には、黒いシックな杖が握られていた。



「今は〘ツィファー〙の秘された第零席ヌル、アンタが分かる単語で言うとこっちかしら」



 抹消ロスト属性の宿っていそうな光を杖に灯し、私に向けた。



「――零落れいらくの魔女アディグラ。かつて魔女仲間を裏切った、お母様ソフィ・アンシルの忠実な娘よ」




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