###剣神と夜桜###

 

 ヨザクラが剣神であるフンフを引き止め、ミドリたちを先に行かせた後、2人の剣士は何百何千合と打ち合っていた。


神薙かみなぎ流奥義・千紫万紅せんしばんこう


 ヨザクラが紫電迸る刀を振ると、千の斬撃になってフンフに迫った。


「かっけぇなおい。真似するか――俺流奥義、適当滅多切りっと」


 ヨザクラの斬撃はフンフの剣で軽くかき消された。雑に見えて繊細かつ力強い太刀筋である。

 ヨザクラは自身の間合いを維持しつつ、【吸着足】で建物の壁を足場に居合の構えに入った。



「『桜のように舞い散れ』【夜喰よはみむらさき】」



 彼女の刀に纏わりついた紫電が音を立てながらさらに加熱する。次第にそれら\は穏やかに収束していき――刀を闇夜の色に染め、刀を持つ腕をも妖しい人外のそれに変えてしまった。

 禍々しい模様が浮かび上がって人外のような腕になったヨザクラは静かに瞑目した。



「名刀……いや妖刀か。そっちが本気ってなら――『来い』」


 一振りのボロボロな木刀が空間を裂いて出現した。


「『やるぜ相棒!』【神器解放:名も無き棒きれサイフォス】!」



 それはフンフが子供の頃に近所の土産屋で面白半分で買った何の変哲もない木刀だ。

 しかし彼はそのおもちゃ同然の棒きれで数多の剣豪、魑魅魍魎――そして九尾の狐を蹴散らしたのだ。そして大人になって剣神に至り、ソフィに勧誘されるまでも、されてからも彼の愛刀はそれだけだ。


 特別な力は無いが、それ故に扱いやすい神器である。




「どっからでも来やがれってんだ」

「神薙流奥義・秋霜烈日しゅうそうれつじつ


 黒き極太の閃光――そう見える剣閃が走った。

 斬撃が建物を平らげ、跡形もなく消し飛ばす。

 しかし、フンフは無傷で立っていた。


「今のをかいくぐった……の? なるほど、剣神と言うだけある」

「そんなもんじゃねぇだろ? もっと来いよ」


 安い挑発ではあるが、攻める気のない今がチャンスには変わりない。



「【レッグブースト】【風脚】――神薙流奥義・鎧袖一触がいしゅういっしょく



 ヨザクラは機動力に関するバフをかけた上で風を足に纏わせ、目にも止まらぬ速さで駆け抜ける。

 壁を足場に、数秒間で百千もの移動攻撃を繰り返す。まるで嵐の中にだもいるかのように、剣神を斬撃が襲っている。



「稀に見る“柔”の剣、やるじゃねぇか」



 5割も力を出していないフンフは、左手を懐に入れてボリボリとかきながらいなしていく。

 ヨザクラが“柔”の剣の達人だとしたら、彼は“柔”と“剛”を極めたまさに剣の神。その差は歴然であった。



「――神薙流奥義・画竜点睛がりょうてんせい!」


 袈裟斬りの嵐の中、ヨザクラは仕留めに行くためさらに加速して音を置き去りにする突きを首目掛けて放った。



「お前さんは伸びる。成長すりゃあいつか俺にも届く剣士になれる」


 しかし、フンフは難なく己の剣先でヨザクラの剣先を受け止めた。

 ヨザクラは渾身の一撃をで受け止められたことに目を見開く。



「――だが、俺に届くのは今じゃねえ」



 フンフが剣に力を込める。

 たったそれだけでヨザクラは吹き飛んだ。

 いくつもの壁を突き破った上で壁に叩きつけられた彼女は、既に満身創痍で名刀もその侵食された右腕ごと粉砕されていた。



「ま、だ……夜喰よはみむらさき!」



 使い手の声に応じて、名刀は自ずと修復して彼女のもとに飛ぶ。ヨザクラは利き手を失ったので、左手――ではなく口で柄を噛んだ。



「その状態でやるつもりかよ。獣になろうと斬ってやるってなら、俺もちょっとばかし本気でや?かねぇ」


「――」




 刀を口で咥えて突撃するヨザクラに合わせて、剣神は上段で迎え撃つ構えに入った。


「ぺっ!」


 しかしヨザクラも別に獣になったつもりは無い。口から放って前方宙返りしつつ足で蹴った。

 首を狙った刀はすんでのところで躱され、上段から凶刃が迫る。



「【納刀】」



 ヨザクラがフンフの背後に飛んでいく刀の方に瞬間移動して鞘に納めた。世界をも斬る剣神の一振りは空を切った。



「『咲き誇れ』【世喰よはみ夢羅咲むらさき】!」



 腰の左側に納まった刀を左手で握った。

 侵食するのは名刀だった時と同じだが――妖刀として本来の力を出したそれは、左手に白い花を咲かせた。



「――神薙流奥義」

「【凪の心ハイテンポ】」



咲羅さくらざか!」

「【夢想刃レヴェリー】」



 逆手持ちの居合と、上段からの返し斬りが交差した。互いに背を向けて静寂が流れる。



「くっ……」



 ヨザクラの体が斜めに分断されていた。

 苦悶の声を上げて倒れる彼女に対し、フンフは自分の剣の振った先を見ながら声を掛ける。

 微かに引かれた首筋の切り傷を撫でながら。



「こんなにヒヤッとしたのは久しぶりだ。もうフンフとしてお前さんに立ちはだかることはないが、リベンジは待ってるぜ?」

「な、ぜ……」



「フンフはもう店じまいってだけだ。妻も娘もその役目とは切り離されたみてぇだからな」

「こちらとはもう敵対しないと……?」


「そう言ってんだよ。まあ味方にもなるわけじゃないと思うがな」

「そうか」


 負けはしたが、己の役目は果たしたとヨザクラは安堵の中ポリゴンと化した。

 そして、自身の剣を仕舞ったフンフは目線の先の人物が来るのを待った。


「父上、今のは賢者の塔も天空の虚像も斬りそうだった。力の加減、鈍っているのではないか?」

「若い伸びしろのある殺気に当てられてうっかりな。気にすんな」


 ヨザクラを斬った最後の一撃の余波を食い止めた元アインス――七草ななくさ芹栖セリスが自身の父親のもとに降り立った。


「まあいい。それより母上が地上に落ちた。フィアの制約を肩代わりさせていた邪神も吐き出した」

「まったく、最近の若者はよく頑張るなぁ」


「剣神、消しても構わないな?」

「応よ。さっさとこの堅苦しい縛りを解いてくれ」


 フンフの了承を得、芹栖は誰の目にもとまらない速度でフンフの額にノックするように手を当てた。


「……また強くなってんじゃねぇの?」

「イメージトレーニングは続けていたからだろう。ほら、行こう」


「あいよ」



 フンフとしての制約を受けていた剣神を一瞬で消し飛ばされた元フンフ――七草源次郎げんじろうは逞しく育った娘とともに地上へ向かった。




 それから元フィア――七草アリアを見つけて共に三本皇国やナズナの居る冥界へ謝罪や諸々を兼ねて行くのだが、そこからは家族水入らずの時間である。ここで語ることは無い――――




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る