第9章『紅雪』

##32 【AWO】日本のパチモン上陸作戦【オデッセイ+‪α】

 

 雲ひとつない空と穏やかな波を眺めながら、私たちはワイバーン急行便に乗って目的地へ向かっていた。



「はい、配信始め――ました!」



 魔王国を出て新天地に来たということや、日本に似た国を観光するという点から配信を開始した。

 そもそも私が配信を続けているのは、道案内……この世界のことを発信するという理由だから当然である。



「どうもこんにちはー。絶対媚びない系美少女堕天使のミドリです。はい、次」


「どらごん!」


「えーっと、センシティブ系セクシー美女狐のコガネ……とかどや?」


「この辺だろうか? ストラスである! ……何も無い所に話しかけるのは不思議な感じだ。本当に有象無象に発信されているのか?」




[唐揚げ::こんミド〜]

[カレン::口上好き]

[ベルルル::開幕からハイテンションじゃん]

[天変地異::こんにちは]

[タイル::はじまた!]

[階段::こんミド〜]




 ワイバーンは3から4人乗りなので残りはもう一方に乗っている。とりあえず同じ車内のメンツで挨拶を済ませた。



「あ、もう挨拶は済みましたし、ストラスさんは吐き活動に戻っていいですよ」



「そ……うか。うぷっ――」



 ストラスさんは飛行する物体に乗るのが苦手らしい。そんな可哀想な人は放っておいて、私とコガネさんでのんびり視聴者さんに行き先である三本皇国の情報を共有しておく。




「――てなわけで、もうすぐそんな日本モドキに着きます」


「最上級の旅館に泊まれるって聞いてるし楽しみやわぁ〜」



 魔王の娘というだけあって、ソルさんは有能だ。もう足を向けて寝れないくらいの恩はできている。


 100%伝わらない身内話も混じえつつ談笑していると、ワイバーン急行便特有の浮遊感が無くなった。到着したらしい。



「おお! ちゃんと和風ですね!」



 歴史の教科書で見たような江戸時代の町並みがワイバーン停留場から見える。歩いている人々もシンプルな着物を身に纏っている。ちょうど秋で紅葉も溢れていて、異国情緒ならぬ自国情緒が感じられる。


 ――――いい。決して見慣れた景色ではないけれど、どこか懐かしさと安心感をもたらしてくれるこの空気が素晴らしい。



「ミドリはんミドリはん! 堪能してるとこ悪いけどもう行くみたいやでー」


「はーい」



 観光の時間を増やすために宿へのチェックインは速やかに済ませる手筈だった。もう私とコガネさん以外は早足で向かっているようだ。



「わっせ、よいせ、よいしょよいしょ」



 コガネさんの背中を小走りでついて行く。

 着物は宿で用意されているらしく、ここでは地味な初期装備も悪目立ちしているような気がして少し居心地が悪い。



 周囲の目を無視してコガネさんの背中だけを凝視して足を動かしていると、横の小道から出てきた人にぶつかってしまった。

 私とぶつかった人は両方とも尻もちをつく。




「あたっ……すみません!」


「びっくりしたー、こっちこそゴメンにゃん♪」



 紫色の印象が強い服装の大人な女性が、猫耳やしっぽを付けて猫なで声で謝ってきた。髪色は紫と青の中間でとても鮮やかだ。


 視界の端にでも映ったらすぐ気づきそうなものだが、気配どころか足音もしなかった。私も観光気分で気が抜けているのだろう。



 ――ここはまだよく知らない土地なのだから、もっと気を引き締めないと!




「よいしょっと、大丈夫ですか?」



 先に立って手を差し伸べる。



「これはこれは親切にありがとにゃん」



 手を取ってくれて分かったが、猫の獣人には肉球が無いらしい。衝撃の事実だ。



「この荷物は貴方のですかね?」


「そうにゃん。ありがとにゃん!」




 落ちていた紙袋も拾って渡してあげる。ぶつかった衝撃で中の物が出なかったのは不幸中の幸いである。

 触感的に果物だろう。



「いっぱい果物買ったんですね。溢れてなくて良かったです」


「そうにゃんよー。ぎゅうぎゅうに詰め込んだから助かったにゃん。とってもいい果実にゃから汚れとか付いたら台無しだからにゃ」




「いいですねー。リンゴとかですか?」


「いや…………あー! 急ぎの用事があったのをすっかり忘れてたにゃん! じゃあバイバイにゃん! またにゃー♪」



「わっ――行っちゃいましたね」



 愉快な人だったなー。また今度美味しい物でも教えてもらいたい。でも、何か……一緒にはいたくない人だ。見てる分にはいいかもだけど、近くにいると何かゾワゾワする。



[天々::猫獣人かあいい]

[枝豆::そもそも林檎とかあるんかな]

[セナ::着物じゃないしここの人ではないんじゃない?]

[紅の園::コガネちゃんと離れて大丈夫?]

[異界行きエレベーター::呑気に世間話してて平気?]



 おや。おやおやー?

 コメントの指摘通り、コガネさんは私の事故に気付かずに行ってしまったようだ。

 残されたのは私一人。



「みなさん、数少ない出番ですよ」



[芋けんぴ::知 っ て た]

[コサイコ::三本皇国の地理情報が無いんですがそれは……]

[チーデュ::攻略サイトに載ってないし無理では?]

[風の又二郎::負けたな風呂吐いてくる]

[燻製肉::詰んだね]

[壁::第二部~[完]~]




 そういえばここ、三本皇国に上陸したプレイヤーは私たちが最初だった。ネアさん辺りは来てそうだけど情報を外に出すような集団でもないし、視聴者も役に立たないのが判明してしまった。

 今は「勝ったな風呂食ってくる」というネットスラングの対義語を勝手に作ってる人にツッコんでいられる余裕は無い。




「まったく、肝心なところで役に立ちませんね。配信終わろかな……」



[単芝::理不尽すぎるだろ]

[死体蹴りされたい::罵り感謝]

[カレン::許してぇ]

[粉微塵::こいつほんま……]

[居眠り運転常習犯::ごめんて]




「仕方ないですね。変態に免じて続けてあげますよ。……でもその変態はブロックしますけど」



[階段::ナイス変態!]

[唐揚げ::これは名誉変態だな]

[死体蹴りされたい::ブロックしないでぇぇ(><)]



「冗談です。ブロックする手間もありますし」



 そんな雑談をしながら適当に歩く。

 途中から方角が違う気がして裏道に入ったけど、入り組んでいて何も分からなくなってきた。




「さて、本格的にマズイですね。こんな人気ひとけの無い路地に迷子な美少女。これはもう条件が完全に整いましたね」



[リボン::自分で言うんだ]

[焼き鳥::はいはい美少女美少女]

[あ::てか剣無くね?]

[味噌煮込みうどん::返り討ち定期]

[ピコピコさん::ぐへへ展開にはならんやろな……]



 ――剣?

 探してみたが本当に無い。

 壊れた{適応魔剣}の代わりに腰に差していた剣が、無くなっていた。



「剣、いつから無くなってました?」



[蜂蜜穏健派下っ端::ワイバーンから降りた時は間違いなくあったはず]

[逆立ちエビフライ::遡り機能が無いから配信中はわかんない]

[天麩羅::たぶんぶつかった後から無くなってた]

[コラコーラ::スられたんかね]



 ぶつかった後――つまりあの猫の獣人に持ってかれたのか。確かに他に盗まれるようなタイミングもなかったし、別れ際慌てたのも詰められるのが嫌だったのだろう。



「はあ、まあ分かったとて宿も分からない私に、初対面の動く目標を見つけろってのはどだい無理な話ですからねー。諦めます」



 丸腰なのは心もとないが、何とかなる……はず。



「よお、そこの嬢ちゃん。さては迷子だな?」

「よかったら俺らが案内してやるよ! ゲヘヘ……」

「そうだぜぇ。俺らイチオシの気持ちイイ場所を教えてやるからさあ」



 ふむ、まだ分からないね。ゲヘヘとか言う系の親切な人かもしれないし。かなり下衆そうな三人組だけど、人を見た目で判断しちゃいけない。



「えーと、私が行く予定の宿が――」


「宿なら俺らのとってるとこ行こうぜ!」

「ヘヘッ、まあ断っても無駄だけどな」

「なかなか上玉だぜぇ……」



 うん、間違いなく下衆だった。

 これで私も正真正銘のヒロインだ。しかし、ここからいつまで私はか弱い乙女を演じなければいけないのだろうか。



「ひ、ひぇぇ……おたすけえ…………」


「やめて! イジメはメッ!」



 嘘泣きで時間稼ぎをしていると、誰かが割って入ってきた。

 これはすごい! 素晴らしいほどの綺麗なテンプレ王道ボーイミーツガールだ。



「ボーイ……みーつ、がーる? え、いや、うん、迷子? 3才くらいですかね?」


「そう、鈴白! 3才です!」



 私を助けようとしてくれたのは女の子だった。しかも生粋の幼女である。これは私的にはボーイミーツガールなんかよりずっと良い展開だ。




「おいおい、ガキは帰ってな」

「俺らの守備範囲外だしな」

「3才じゃあな……」




「イジメはメッ! 仲良くして!」



「ふむふむ、なるほど。――つまり、貴方達はロリコンという訳ですね! 許せませんね! そいっ!」



 武器は無いが、ステータス差の暴力で殴ればいい。力こそパワーなのだ。


 一人目を腹パンで沈ませる。


「いや意味が分から――」



 二人目は顔を鷲掴みにして壁に投げつける。


「むしろそっちが――」



 三人目は膝で顎を蹴り飛ばす。


「守備範囲外だって言って――」





「ふう、こうして世界は守られたのでした」



[カリカリカリー::おまロリコン]

[天井裏::どの口が言ってんの?]

[バッハ::むしろ世界の危機ですが]

[ジョン::ナンパーズうう!!]

[供物::人の話を聞かない検定一級に認定します]




 非難轟々だけど、きっとナンパーズとかいう連中に感情移入でもしていたのだろう。無視無視。



「すごい! 強い! ハコ姉くらい強い!」


「えへへ、そうでしょう? ちなみに、ハコ姉というのは貴方のお姉さんとかですかね?」




「そうなの! いっちばん強いの!」


「ほほーん、いっちばんですか。是非ともお手合わせしてみたいものですね」




「うん、いいよ! 今からハコ姉のとこにお弁当届けに行くから一緒に行こ!」


「あー、分かりました。流石にこの歳の子を一人にするのもあれですからね。少しくらいチェックインが遅れても許されるでしょう」





 はぐれないように手を繋いで、鈴白さんの歩く方へついて行く。

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