#115 信じる、信じる。

 


「もっと速う!」

「どおぉおお!」



 全速力で飛ぶ。途中でヌルッとシフさんはどこかへ消えてしまったが、あの悪魔がウロチョロするのはいつもの事。いつものごとく無視である。


 あと、コガネさんも色々覚悟を決めたようだが、私にあたるのはやめて欲しい。



「……ッ!」


 赤い線が横から背後を回って私に伸びる。

 路地からの奇襲だろう。ギリギリ視界の端に映って助かった。



「失礼!」

「わぁ!?」



 急旋回して躱す。

 本当に寸前のところで、髪の毛数本散った。



「狙いは私みたいです。コガネさんは先に行ってください!」

「……分かったわぁ!」



 走っていく姿を見てから、{適応魔剣}を抜く。

 私に攻撃を仕掛けたのは不気味なマネキン人形。



「【適応】……何者ですか?」


 無言で攻撃をしてくる。剣で難なく受け止めれた。

 しかし、不気味だなー。腕にカマキリのように刃が取り付けられているのだ。

 攻撃に重みは乗っていなく、このまま力で押し返せそうだ。


「【ヘビーブースター】!」


【大剣術】のアーツで強引に押し切って両断。



「倒せ、た?」



 起き上がってくる気配はない。

 奇襲してきた割には手応えの無い相手だった。

 この一瞬で片付くとは。若干コガネさんと気まずくなりそうだ。



「あれミドっさん? どうして町中に?」

「あ、サイレンさん。私は中にいるあの大きなライラさんという犬と――」



 振り向いてサイレンさんを視認した瞬間、猛烈に嫌な予感がした。



「サイレンさん! を遠くへ!」

「っ! マジかい!」



 サイレンさんがなぜか手にしていた小さな人形は、サイレンさんの手によって遠くへ放られる。

 そして直ぐにその人形は爆発した。



「どういうことですか」

「一応避難誘導がひと段落したから、あの人形の他の子を取ってきて欲しいって頼まれたんだけど……罠だったのか」


「みたいですね。というかなぜその人形を持ってたんですか?」

「いやー、間違えないようにって言ってたけど、今考えたら意味わからないなあ……」



 まさに子供だましに引っかかったわけ、と。

 まだまだ修行が足りないな。私ぐらいになると良い子か意地悪な子か分かっちゃうからな〜。




「おほほほ! 爆発はお嫌いだったかしら!」

「……うわ」

「ミドっさん、気持ちは分かるけど正直すぎる反応もどうかと思うよ?」




 殺傷能力すらありそうな縦ドリルを携えた女性が、高笑いと拍手をしながら優雅に歩いて登場した。見た目も音も騒がしい人だ。



「はじめまして、天使のミドリさん! 今宵はその純白の翼をむしり取りに参りました」

「今宵?」

「そこはスルーしてあげよ?」



 でも、まだ夕方にもなっていないもん。



「……というかあまり無駄な時間を過ごしてる暇は無いんでした」

「だったらぼくが何とかするよ。半分くらいぼくのせいだし」



 元々私が狙いだったからそこは気にしなくてもいいが、任せてもサイレンさんなら勝てる。ここはそうしようかな。



「Take2で」

「は? え?」



「やりなおしです」

「えー? あっ、ここは任せて先に行け?」



「頼みましたよ。必ず生きて帰ってきてください! 【ダッシュ】!」




 言い残して走る。

 飛ぶのは何か違うのだ。


 いやー、それにしても同じネタは擦るに限る。サイレンさんにはやってないし、実質最初みたいなものだからセーフだろう。


 ――そんなおふざけスイッチもオフにして、本気で走る。走る。メロスさんの代わりに走るのは何もコガネさんだけではないのだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇


 ひたすら走っていたが、一向にコガネさんに追いつく気配がない。私の方が速いと思っていたが、そんなことはないみたいだ。



「ん?」



 黄色の線が、ここから見える暴走ライラさんの方向とは別の方を指している。あの女神さんの助力、つまりこの先にいるのは――


「【疾走】」


 今のところそれはなかったのだから、緊急事態なのは間違いない。急いでそちらに向かう。




 線の通りに角を曲がる。

 そこにはマナさんの後ろ姿と、苦しみながら眠っているファユちゃん、そして相対するように黒と金の混じった長髪の女性がいた。

 あの感じは龍と一緒に降りてきた人だろう。



「マナさん! 大丈夫ですか!」

「っ! ミドリさん!?」

「……」



 奥にいる女性が値踏みするような目で私を凝視している。今まで味わったことの無いほどの重圧プレッシャーだが、負けずに睨み返す。

 敵なのは間違いない。しかし、寝かされているファユちゃんの安全のこともある。



「ここは――」

「ミドリさん。それはダメっす」


「え」


 何があって今のような状況になっているか分からないが、マナさんでは勝てない。目の前の相手ではマナさんでは決定打が足りない。



「今、ここまで目を逸らしてきたことと向き合わなきゃいけない、っすから」

「もしかして、記憶が……?」


「…………ファユちゃんを連れて行って。マナは、わたくしはいい加減彼女を眠らせてから合流します」

「そうですか――分かりました。頼みます」




 ファユちゃんを抱えて来た道を引き返す。幸いと言っていいかは微妙だが、暴走ライラさん方面が避難場所だったはずだからそちらへ。


 ……マナさんがああいうキャラだったのには驚きが隠せない。「っす」はなんだったのやら。



「ま、ぱ」

「ファユちゃん……」



 ずっと苦しんでいるファユちゃんもどうにかしたい。そもそも何があったのか知りたかったが、聞ける雰囲気ではなかったしなー。まあ、どんな形であれ記憶が戻ったのなら良しとしよう。



「――ミドリはん!」

「っ!?」



 黒い影が私の眼前に居た。

 言葉通り目と鼻の先である。



「返してもらう」

「くっ……ファユちゃん!」



 抱えていたファユちゃんを一瞬で奪われてしまった。


「【転送】」


 機械がいたるところに取り付けられているラバースーツの女性は、ファユちゃんに小さなリストバンドを付けて小さくそう唱えた。すると、ファユちゃんが瞬く間に消えていった。



「ファユちゃんを返しなさい! 【適応】【縮地】【パワースラッシュ】」

「無駄」


「っ」


 私の速攻は難なくかわされ、カウンターで回し蹴りを食らう。

 純粋なレベル差と技量の差だろう。


「ファユちゃんをどこにやったんですか」


 先程の感じだとどこかへ送ったように見えた。

 無事を祈りたい。



「生きているから心配はいらない。だが、お前らはここで戦闘不能にさせる」


 一応コガネさんに確認。



「……コガネさん、ちなみにお知り合いですか?」

「そないなわけあらへん。通さないって邪魔されとるのよ」



 なるほど。となるとさっきの人形使いみたいなよくわからない立ち位置の人か。

 信頼性の皆無な生存報告だし、速やかに拘束して、情報を吐かせて、ってところかな。



「長話に付き合う気はない。【指定封印】」


『スキル:【不退転の覚悟】が一時的に封印されました』


「は????」

「ミドリはん?」


「…………すみません、かなり縛りプレイを強いられました。ここは共闘して倒しません?」

「そうやな。うちも勝ち目ぇ薄かったし」



「ここが戦場ということを忘れるな【魔弾】」


 銃をこちらに向け、紫の弾が私に狙いをすませている。



「ミドリはん! あれは避けれへん!」


 赤い線を回避するために大きく横に動いたが、線は変わらず私についてきた。

 コガネさんの右腕がボロボロなのは、右腕で追尾機能から守っていたからのようだ。


 ――だが、相手は弾。

 私とは相性がいいのだ。

 こういう時のための2号である。



「【吸魔】」



 弾丸は私の剣に吸い寄せられ、そのまま完全に消滅した。


「ほう」

「なにそれ。ずっこいなぁ」


 驚く敵の顔は顔を覆うフェイスマスクで見えない。

 それでもどこか喜色が感じ取れた。



「職業、《魔法剣士(火)》」

『職業:《魔法剣士(火)》になりました』


 そして流れるように職業を変更。

 二刀流だから本当は双剣使いにできたらよかった。しかし、奈落でボッチのときに軽く試したが、あんなマルチタスクできる気がしないのだ。無理だとすぐに悟ったからこっそり書いてる日記にも書いてない。


 だが、{適応魔剣}と魔法で攻めて、{吸魔剣2号}であの魔弾とやらを防げばいい。

 それくらいなら私でもできる。



「いきますよ!」

「今度こそ覚悟し!」



「ふっ、少しは楽しませてくれよ?」


 相手の左手には拳銃、右手は光の手甲剣。

 スキルではなさそうだし、パナセアさんタイプの相手か。

 望むところだ。




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