#朝の芽吹き#
〈悪いけど、今の状態では一匹が限界よ。残りは任せていいかしら?〉
「十分だ」
龍が魔物も轢いて町へ突っ込んでくる。あらかじめ周囲の人払いは済ませていたので防衛側の人的被害はない。
「【光の矢】」
ただの弓に光のみで構築された矢をつがえ、ストラスはそれを軽く放つ。
獲物に向かった矢は龍の鱗に阻まれた。
しかし、それはストラス自身も想定のうち。
小手調べに過ぎない。
「はっ……! この期に及んで吾輩は怖気づくか。小者にもほどがあろうに」
〈ちょっと、大丈夫なの?〉
龍が1人と1匹を吞み込まんと迫る。
「あの魔物に恐れているのではない。ただ――」
左足にグルグルと巻かれていた包帯の結び目を解く。中から
「身を削って他者を守るなんて、初めての経験なのでな」
〈あんた、それ……〉
「【拘束半解放】」
包帯は勢いよく足首まで解ける。足首にだけ包帯が巻かれている状態だ。解けた部分の包帯は渦巻いて浮かんでいる。
「「「グゥアアアア!!!」」」
「やかましい!」
〈うっさいわね!〉
1匹はメロスと取っ組み合いになり、残りはストラスの横蹴りで吹き飛ぶ。
ストラスは追撃を仕掛けるために駆け出す。先程軸足に使ったのと合わせて、右足の筋肉が少し裂けるが、
「はあ゛あああ!」
雄叫びで痛みを誤魔化して体を動かす。
左足に他の体がついていくには仕方の無いこと。
「しっ!」
今度はかかと落としで片方の龍を攻撃。
如何に硬い龍の鱗といえど、彼の左足には及ばない。そのまま龍の肉体を強く痛めつけた。
「【ガアアアァ】!」
「【疾風脚】」
もう一方がブレスを吐き出すも、ストラスは左足でスキルを発動して回避する。
それを追うようにダメージを受けていた龍が噛み砕かんと迫る。だが、彼の速度には追いつけない。走って走って走り続けて、2匹の隙のない猛攻を躱し続ける。
しばらく地面と龍の体を走ってから、立ち止まって足を地に叩きつける。
「――【樹林世界】」
ストラスの通った箇所に続々と木が生えていく。
地面だけでなく、龍の体にも根を張って体力を吸い取り成長する。
ストラスが念入りに撒いた種が片方の龍の周囲から芽生え、枝が龍を1匹完全に拘束した。
「グアァアヴ!!」
「まずは1匹。【黒木の大槌】」
左足が黒い大槌となり、それが龍の頭を粉砕した。すぐにピクリとも動かなくなったのを確認し、逃げようとしている龍を追う。
「【ギゥアアアア】!!!」
「チッ……」
逃げていたように見えた龍は、町に向かって急加速を始めた。その上ブレスを放とうとしているため、口から光が漏れ出ている。
思わず舌打ちが漏れたストラスだが、また左足に力を入れて――
「くそっ」
ただのなんてことのない右足が動かない。既に限界を超えているのだ。超常の左足についてきたのだから当然である。
「……【装填・一の矢】」
四つの木の枝でできた義足から、一本を取り外す。それはただの木の枝ではなく、古き時代の残留物たる世界樹の断片であった。
ストラスはそれを矢として弓につがえる。
「【朝の芽吹き】!」
森の狩人が、自身のフィールドで必中の矢を放つ。大地に芽吹きを与えるその一射は通過する地に種を蒔いて龍に命中した。
それは決して何かを傷つけるものではないが、成長には、誕生には糧が必要だ。
「
龍の命も、肉体も、ブレスのエネルギーすらも吸い尽くして、その場から小さな芽が生えた。
「ああ、吾輩も限界か。死にはしないだろうが……」
〈あら、有言実行したのね。偉いじゃない〉
合流したメロスは、倒れ込んでいたストラスの服を咥え、おぼつかない足取りで歩き出す。
「流石、災獣殿だな。しかし、その身は最早……」
〈言われなくても分かってるわ。だからこうしてまだ助かりそうなあんたを――――くっ〉
メロスが大きく倒れ込んだ。それと同時に巨大化が解けて元のアライグマサイズに戻ってしまう。
〈くたばんじゃ、ないわよ〉
「吾輩なら這いつくばってでも生きる。…………なあ、災獣殿はその生に満足できたか?」
〈そう、ね……昔は、好き勝手やってもう何もできないまま消えていくのだと思ってたわ。だから愉快なご主人と出会えてよかった。それから、どこかいつも寂しそうな友とも出会えたわね〉
「……」
〈普通の生物より関わりは多くなかったかも、だけど――とても、とても楽しく生きられた。役目すら守れなかった名も無き獣も、こうして懐かしい匂いの傍で眠れるのだから、幸せ、よ――〉
最期まで笑顔で、安らかに目を閉ざした。
「(まったく。ただの災獣だったら良かったのだが、まさかあの守り手殿とはな。どの面下げて……)」
ストラスも色々思うところがあったが、大切な友のために戦った
そして、曇天を仰いで一言呟いた。
「……守り手殿、貴方様の分までかならずや世界樹の再生を叶えようぞ」
自称ストラスの旅の目的、世界樹の再生のための手がかり。
恋という寄り道はすれど、彼の最終目的だけは揺るぎのないものであった。
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