#114 最終防衛ライン

 


 外壁に沿って魔物と戦闘をしている集団の近くに来た。見知った騎士さんは後方の指揮部隊らしきところにはいないようで、私はどこに行けばいいのかキョロキョロと知り合いを探す。戦ってる中にはコガネさんが居たが、絶賛戦闘中なのでやめておくとして、


「あー」


 指揮部隊と思われる人達の中に見覚えのある人が。正直話したくないが今はそんなこと言ってられる状況ではない。まさに背に腹はかえられぬ、である。



「すみませーん。今来たんですが龍ってどこにいるんですか?」

「この美声は! ああ、吾輩の天使よ――!」


「うるさいです。さっさと教えなさい」



 やはり多少忙しそうでも他の人にすればよかった。あの怪しいストーカーは我ながら人選ミスだった。早速後悔の念が押し寄せてくる。



「……まぁ戯れていられる事態ではないからな。龍と言ったな。異界人がそう呼ぶ存在は魔物の群れの奥でくつろいでおる」

「え? 現れただけなんですか?」


「ああ。何もしていない。だが、何かを待っているようで――」


「緊急! 緊急! 龍が、動きました!!」



 誰かの報告でここにいる人達全員の体が強張る。もちろん私も。




「「「――――オオオォォオオ!!」」」


 遠くから龍の咆哮が響いて周辺の物だけでなく、外壁すらも揺らぐ。



「ストーカーさん」

「吾輩の名はストラスである」



 ストーカーのストラスさん。何とも覚えやすい名前だ。



「ではストラスさん。指揮官の方にお伝えください。私が龍を倒してくると」

「……可能なのか?」


「おそらくは」

「……援護は要るか?」



 彼の言う援護は、彼の弓矢によるものだろう。

 だが、ろくに連携の練習をしてない人の遠隔援護なんて、フレンドリーファイアで邪魔になるのがオチだ。



「必要ありません。私一人で何とかできます」

「そうか、さすが運命の君だな!」


「知らない運命ですね」

「頑なに認めぬなぁ」


 当たり前だ。

 誰が好き好んでストーカーと結ばれたいものか。


「そんな運命、粉々に砕いて大地のふりかけにしてあげますよ」

「壮大だな!?」



「はいはい☆ 少し失礼☆」

「はぁ、やっと現れやがりましたか。もっと早い段階で何かしら指示をくれるものかと思っていましたが」

「うげぇ、こないだの……」



 私の背後から神出鬼没なシフさんが。

 不満をたれながら振り向く。

 すると、珍しいことにシフさんが黒髪で本体のお出ましであった。



「本体がわざわざ来たんですか」

「流石に龍相手に分身では心もとないからね☆」


「私が倒すつもりだったんですけど」

「いや、それには及ばないよ☆ ……正直わたしもこちらに長居したくはないが、あれを止めないと面目丸潰れになってしまうから☆」


 そういえば、シフさんは帝国のお偉いさんだから色々政治上の取引とかしていてもおかしくない。

 縛られるのも大変だねー。



「それで、龍は貴方がやるとして、私はどこに行けばいいんですか?」

「簡単な事だよ☆ 今回の襲撃は君も見ていただろう、天から降りてきた者による企てさ☆ だが、あちらの狙いは依然としてハッキリしない☆」


「前置きが長いです」

「おっと失礼☆ ともかく彼女が本命だろうからそちらを相手どって欲しいんだ☆ わたしには少々荷が重いのでね☆ おそらく既に町の方へ侵入してるはずさ☆」


「……分かりました」

「おや、勝てるか不安かい?」



 本当に嫌な悪魔だ。

 こんな時まで煽らなくてもいいだろうに。



「かなり厳しい戦いになりそうだと思いまして」



 あのフェア……なんとかさんとかいう女神の知り合いの予言は今の状況が当てはまる気がするのだ。しかし、そうなると私はあの化け物じみた人にコテンパンにされてしまうかもしれない。



「それは確かに――」

「情けないぞ! 運命の君、いや、ミドリよ!」



 今の今までシフさんに怯えて黙りこくっていたストラスさんが喝を入れる。完全におまいうである。



「吾輩がぬしに惚れたのはその気丈にして純粋な魂なのだ。それをくすませるのは、この吾輩が許さぬぞ!」

「だそうだよ☆」


「――勝手に理想を押し付けないでください。でも、それはそれとしてストーカーの理想に負けるのも癪ですし、挑みますよ」



「そうか! であれば吾輩も主の勇気に応じねばな! おい、悪魔よ」

「はーい、悪魔だよ☆」



「貴様も行け」

「ほう?」


「あの龍とやらは、吾輩が倒そうではないか!」

「……へぇ☆」

「無理では?」



 正直私より強い感じでもなさげな上に、弓兵が単騎で龍を落とせるなんて想像がつかない。



「何を言うか! たかが図体のデカい魔物3匹、吾輩の本気にかかれば余裕であるぞ!」


「――そうですか。大見得を切ったからには、後でその武勇を聞かせてもらいますよ」

「あまりリスクの高い賭けはしたくないが、ふむ……その身を賭してでもやりとげてくれよ☆」


「ふっ! 期待に応える男こそが、吾輩である!」



 ストラスさんは元気にバサッと外套を脱ぎ捨て、頭の鎧も取り払う。……かなりの美形で驚いた。

 金と緑の髪は短くても映えているが、それ以上に目を引くのは彼の耳。先端が尖っているのだ。



「もしかしてエルフなんですか?」

「異界人以外だと珍しいね☆ 旅に出るのはかなり少数だったよね☆」


「ま、まあ、吾輩も旅に憧れたくちでな!」




 シフさんは事情を知った風な表情を浮かべている。敢えて聞いたっぽいので性格の悪いこと、と軽く呆れる。



「さあ、行くがよい!」

「どうも」

「あ、少し待ってね☆ ……ほら☆」



 駆け出そうとした私をシフさんが押し止める。

 そして彼が指した先を見ると、


 ――木々を吹き飛ばして何かが森から飛来した。いや、その何かも吹き飛ばされたような感じだ。



「メロスはん!?」



 戦場から、聞き馴染みのある驚嘆の声が耳に入る。コガネさんの言う通り、彼女のペットのアライグマ、メロスさんが巨大化した状態で吹き飛ばされてきたのだ。



「ツッコミどころはありますけど……大丈夫ですか!」



 シフさんの無言のアイコンタクトで行くように促されたのもあったが、それ以上に心配でメロスさんとコガネさんの方へ合流する。



 〈大丈夫よ。こんなの、なんてこと……ないわ〉

「ミドリはん! 治療を!」


 流石にアライグマの体内構造までは知らないが、そんな素人でもハッキリわかるほどメロスさんはボロボロだ。至るところが穴だらけで、血と臓物がこぼれ出している。

 私の魔術でも厳しいかもしれない。でも、やるしかない。



「はい。女神ヘカテーよ、我が嘆願の声に応じ、愚かな者を癒したまえ〖セイクリッドリカバリー〗」


 〈無駄だから、放っておいてちょうだい〉

「……コガネさん」



 やはり今の私では治せない。

 この穴が一つだったらなんとかできたが、流石にこれはどうしようもない。



「……ッ! なんとかならへんの!?」

 〈そんなことより、ライラが――〉



 ――轟音が鳴り響く。

 発生源は町の方。建物を押し潰すような破壊音が反響している。


 大きな大きな獣が、そこに居た。



「ライラ、はん?」

「嘘でしょう?」

 〈守れなくてごめんなさい、気付かなくてごめんなさい。薄々そんな予感はしていたけど……まあ今更ね! ゴホッ! あー、龍までいるじゃない。もう、早く行きなさい〉



 メロスさんがボロボロの体を無理矢理起こして、龍のいる方へノソノソと歩いていく。



「ふむ、吾輩がやろうと思っていたが災獣殿の援護があるのなら心強い。ともに打ち倒そうではないか!」

 〈ええ。こいつらは倒しきるわよ〉



 後から追いついてきたストラスさんが背中から弓を取り出した。


「メロスはん!」

 〈……ただ生きるだけの日常も楽しかったわよ。でもね、刺激的に刹那的に生きるのも、もっと最高なの! コガネが求めた親友にはなれなかったかもしれないけど、きっとあんたならできるわ。応援してる〉


「メロスはん? そない――」

 〈ライラにも伝えておいて。そんなやつに負けるなってね! さ、頼んだわよ〉


 そう言って背――というより尾を向けた。

 コガネさんは一瞬の逡巡の後、身をひるがえして私に言う。



「天使やったよね? 連れていってくれへん?」

「もちろんです。しっかり掴まっててください。【飛翔】」



 翼を大きく広げ、脇にコガネさんを抱えて飛び立つ。



「わたしを置いていかないでおくれ~☆」


 シフさんの情けない声は無視。

 何気に初めて彼が飛ぶ姿を見たが、まさに悪魔といった感想しか出ない。天使と悪魔が並走する光景は滅多に見られないだろう。



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