#84 冥界のシンデレラストーリー



「ふへぇ〜、なんとか撒けたぁ〜」


 自他ともに認める迷子のプロである私が、路地裏から抜け出せるはずもなく、薄暗い場所でひと息ついている。



「――よ。なまくらが売れるわけないじゃない!」

「す、すみません!」



 廃屋から怒鳴り声が聞こえてきた。

 謝っている方はか細くて弱々しい、今にも消えてしまいそうな声量だ。



「罰として、ここの掃き掃除をやっておきなさい!」



 どすどすと足音が近づいてくる。



 まずい、盗み聞きがバレる。

 どこか隠れる場所……ゴミ箱しかなーい。


 百バレるけど、隠れないよりかはマシだと思ってゴミ箱の裏にしゃがみこむ。



「はぁ、使えないゴミが……」



 ゴミ箱に隠れているので見つかったのかと勘違いしたが、中にいる人に言っている様子。

 私の居る方とは逆に去っていくのを確認してから緊張を解く。


 中にいる人は大丈夫かな?

 結構強く言われてたけども。



「何がはぁ、よ。偉そうに」



 うん、大丈夫そう。意外と強かな人みたいだ。

 しかし、さっき出ていった人のピンク色の髪、つい最近見たような……。



「シーンのクソアマに用でも?」

「あー、あのロックな感じの曲を歌ってた人ねー。確かにシーンって呼ばれて――ん?」



 ゴミ箱の上から、私を見下ろす眼が二つ。

 水彩画のようなくすんで儚い灰色の瞳と、ぱっちりと目が合う。



「こんばんは、といってもまだ夕方だけど」

「こ、んばんは……。別に何も聞いてませんし、怪しい人じゃないですよ?」



 長い灰色の髪、インナーカラーにアクセントととしてか虹色が入っている。


 この人も結構ヤンチャかな?



「あんた、これの持ち主でしょ。武器みたいに仰々しく持ってたから勘違いしたんだけど。おもちゃは仕舞っといてくれない?」


「…………貴方が犯人でしたか」



 よく見てみると、フードを被っていて肩をぶつけた人と同じ背丈だ。人混みでぶつかった時にスられたということか。


 返ってきた{適応魔剣}をホルスターに入れる。



「泥棒はやめた方がいいですよ」

「はっ! ここがどういう場所かくらい生者でも分かるだろ?」



 そういえば地獄だった。

 悪人が集まる場所なら普通なのかな。


「そんなんじゃ、いつまで経ってもここから出れてないんじゃないですか?」

「ここから出ても消えるだけなんだし、出ようなんて誰も思わないでしょ」



 本当に消滅するのだろうか。

 そんなこと、運営ぐらいしか確認できないだろうけど、伝承としてあるのかな。


 押し寄せてくる疑問の種を心というパッケージに押し込んで、それ以上に気になることを聞く。



「貴方は何か悪いことをしてここに?」

「当たり前。あたしも昔はワルだったんだ」


「へー?」

「さてはあんた、信じてないな?」



 身長や顔つき的にマナさんと同い年くらいだし、そんな子からワルなんて言われても、つまみ食いしたとかしか思いつかない。



「確かにここではスリとかしかしてないし、それもアイツらの指示だからなぁ」



 しみじみと言っているが、普通にイジメ的なだめなやつだ。ここは大人として寄り添ってあげないと。


「何故あんな人の言いなりになってるんですか?」

「そりゃあ、しないと食っていけないからな」



「食う? 死後も食事がいるんですか?」

「当たり前。食わないと魂が摩耗して消滅しちまうからな」



 どうやら地獄も地獄らしい。

 何言ってるか分からないけど、私もよく分からない。というか、結局行き着く末は消滅なのね。

 今の言い方からして寿命とかは無さそうだけど、どうだろう?



「ここって物々交換とかで食べていくんですか?」

「はー? 貨幣経済をしらない文化圏から迷い込んだの?」



 人を原始人みたく言うんじゃありません!

 ここも貨幣経済で回ってるなんて思わないじゃん!



「ともかく、ああいう人と関係を持つのはオススメしません。独り立ちしましょう」

「どうやって食ってけって?」



 何か段々図々しくなってきている気がするが、無視だ。今はこの子のことを考えよう。




「そうですね……何か得意なことはあります?」

「んー、スリとレジから少しずつ抜いてくのと、ネズミ講と――」



「ストップです!」

「あ゛ぁん?」



「もしかして、異界人なんですか?」

「いや、違うけど」



 レジとかネズミ講とかの単語はこの世界にもあるということ?

 レジに関しては機械――この世界だと魔道具で代用は効くか。

 それにしても、どういう文化圏で生きてたのか。



「生前はどこで暮らしてました?」

「あんまり通じるやつはいないけど、クーシル天空国っていう国」



 聞いたことの無い名前だ。

 以前調べた時も天空国なんて出てこなかったはず。


「もう滅んでたりするかもですね」

「それはない」


「同郷の方と会ったりしたんですか?」

「いーや、ただあの無駄に謎の多い国が十年やそこらで滅びるわけないからなー」



 深掘りしたいところだが我慢。



「話を戻しますけど、普通に悪事ではない特技を挙げてください」

「悪事じゃないやつ…………。分かんないなぁ……」


「よくした行動とか、どうです?」

「小銭稼ぎでたまに歌ったりはしたな。金持ちが多い通りでやるとよく儲けれるんだ」



 要らない知識入りまーす。

 でも、ちゃんとした特技もあるじゃん。



「その路線で行きましょう。幸い先程のシーンさんの演奏はテクニックというよりノリで盛り上がってましたし、成り上がる方法はいくらでもあります」

「んなこと言われてもなぁ……」



 歌とひとくちに言っても、アプローチの仕方はそれこそ星の数ほどある。


 一度彼女の歌を聞いてから路線を決める必要がある。



「早速ですけど、適当に歌ってみてください」

「適当って……無茶ぶりだな」


「生前披露していた曲でいいので」

「わぁーったよ。やればいいんだろ? 腰を抜かしても知らねぇからな」



 ゴミ箱によいせと座りラララ♪ と軽く声出しをしてから、目を瞑った。


 私は地べたに体育座りで聞く体勢に入る。



「――♪」



 腰を抜かす云々のくだりは本物だった。

 紡がれる言葉一つ一つに、歌の妖精が乗っている。漏れ出る吐息すらも芸術として歌に彩りを加えている。



 この子は、特別だ。

 凡人の努力も、秀才の全てを否定する、残酷な才能の塊だ。

 素人の私でも、それを肌で感じられる。



「――――♪♪」



 人を魅了には十分すぎる歌。



「どうだった?」



 心配そうにこちらを窺う彼女に、手を差し出す。



「私はミドリ。貴方を一日とせずに冥界の歌姫にしてみせる、超敏腕プロデューサーです」


「へぇ? 面白いな。あたしはナズナ。冥界の歌姫になる、期待のスーパースターだ」



 よろしくと握手を交わす。


 ナズナさんはノリでやってる節があるけど、私は至って本気で真面目に、目の前の少女が歌姫になる未来しか想像がつかない。



 帰る前に、いっちょ世界に貢献するとしますか!


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