#第一回クラン会議(リーダー不在)(家族会議に近しい何か)#

 



 ミドリが愉快な逃走劇を繰り広げていた頃、リーダーを迎えるためにシフの案内を受けていた〘オデッセイ〙の面々は、ある問題に直面していた。



「第一回、クラン会議を開始します。司会はリーダー不在のため、ぼく、サイレンがやらせていただきます」


「ああ、頼んだよ」

「わーいっすー」

 〈どらごん!〉


「余所者のシフさんは外に出てもらったけど、良いよね?」


「もちろんだ」

「異議なしっす」

 〈どらごん〉



 円になって座っているのは、宿屋の一室。

 目的地である公国の、だ。



「議題は――」



 サイレンが大袈裟にためて、言い放つ。



「プレイヤーイベントが、二日後に迫ってるんだよ!」



 ミドリは自分のことで精一杯な上、奈落のシステム制限のせいですっかり忘れているが、二週間おきに開催されるプレイヤーイベントがまもなく実施されるのだ。



「前はミドリさんが凹んで帰ってきたやつっすよね。今回は何っすか?」


「無人島イベントなんだよ。今回はクラン単位でも個人別でも参加できるけど、マナちゃんも参加するならクランでの申し込みが必須なんだけど……」


「ミドリくんがクランの申し込み権を持った状態で失踪してるから困っている、そんなとこだろう?」



 タイミングよく、カッコつけてパナセアが確認する。

 その通りと肯定するサイレンにかぶさって、マナが口を開いた。



「わ……マナは別に参加しなくてもいいっすよ?」


「そうなの?」

「……」

 〈どらごん?〉



 パナセア以外が意外そうに問いかける。

 一人、知っていたような反応を示すパナセアは、どうしたものかと呟きながら頭を悩ましている。


 そうとも知らずに、マナは快活に頷いた。


「マナも成長してるってわけっす!」


「うぅ……大きくなって……」

 〈どらごん……〉


「むふん!」



 無い胸を張るマナを観察してから、パナセアは決心したように目を閉ざす。


「サイレンくん、どらごんを連れて外へ出てくれないか」


「え? 別にいいけど――」

 〈どらごん!〉


「どらごんがマナちゃんから離れるとは思えないよ?」



 連合国で窮地に陥ったことから、どらごんがマナから一切離れなくなっていたのは周知の事実。もちろんパナセアも知らないはずがない。



「どらごん、ここは安全だ。それに、一体一で大事な話がしたい。頼むよ」


 〈……どらごん〉



 パナセアの真剣な眼差しに負け、背中を向けて手を振るどらごん。ごゆっくりとでも言いたいのは、マナでなくとも通じた。


「ありがとう」



「じゃ、ぼくはどらごんにご飯でもあげてるくねー」

「ああ、頼んだよ」



 サイレンもどらごんに続いて退室し、二人っきりとなる。



「……」

「話してくれないか」



 どらごんが出ていった時点で立ち上がり、窓の外を無言で眺めていたマナの方を向いて、パナセアは慎重に言葉を選んで発言していく。



「何のことっすか――って言っても無駄ですよね。演技はあまり得意な方ではないのですよ」


「……やはり、記憶が戻っていたか」



 それを聞いて、うつむきながらゆっくりとパナセアの居る方へ向き直る。


 そしてパナセアに見せた表情は、今までの無邪気さは無く、大人びていた。


「無垢なのは、変わらないんだな」


「私はじゃないとダメみたいですから」



「それはどういう――」


「――お願いします!」



 深く追及しようとしたのにも気付かず、九十度を超えた角度で深く頭を下げる。



「ミドリさんには、言わないでください」


「…………彼女も薄々勘づいているとは思うが」



「でも、でも……」



 パナセアからは見えないが、マナは今にも泣き出しそうな顔になっている。



「彼女はそんなことで態度が変わるとでも?」


「思いません。でも、それでも……!」


 必死さから、頭を上げる。

 悲しい慟哭どうこくが部屋に響いた。



「黙っていられる方が、私は寂しいと思うよ」



 しみじみと言うパナセアの言葉には重みがあって、マナの心にのしかかる。

 マナは、うっすらと涙を浮かべながら、小さく口を開ける。


「……」


 しかし、また閉ざして俯いてしまう。



「すみません。いつか、自分の口で言いますから……」




「そうか、そうするといい。あまり、待たせない方がいいけどな……。言えなくなるのは辛いから」



 お通夜のような雰囲気になったが、パナセアの咳払いによって空気を切り替える。



「黙っておくのは確約するとして、聞きたいことがあってだね……」


「答えるかは質問によります」



 マナは、カラスが鳴いている外を眺めながら応じる。


「記憶に関することは――」

「無しで」


「“マナ”というのは本名か?」

「……文献が残ってるとあれですし、無しで」



「今後の君の行動や、行動方針は?」

「それならお答えできますね」



 腕を窓際に置いて、淡々と言葉をつむぐ。


「基本的に今まで通りやっていきますよ。特にミドリさんの前ではちゃんと“マナ”をするつもりです。あと、今のところはこれといった方針はありません。皆さんが神々と渡り合えるようになったら、本格的に動こうとは考えてますけど」


「そうか。なら、私も今まで通り接しよう」


「ありがとうございます」



 振り返って笑顔でお礼を言うマナに、本質は変わらないと再確認し、パナセアは満足気に立ち上がる。

 マナの話した細かい内容に触れないのは、答えてくれないと思ってのこと。

 しかし、「神々」というワードは頭の片隅に入れておこう、と記憶しているのはパナセアの優秀たる所以だろう。



「敬語も要らないのだがな」

「敬語は淑女の嗜みだとお父様に教わりましたので」



 ミドリとマナの似ている部分はかなり多いな、と微笑ましく思いながらサイレン達を呼び戻すために部屋を出ていく。





「……プレイヤーイベントですか。あの子達も元気にしてますかね?」



 一人残されたマナは空に問いかけるが、返答は返ってこない。聞いていたとしても返せない。



 白いカラスが、宿屋の上で何かを待つように鳴いている――





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