#49 【AWO】決して勝てない戦いではありません、略して決勝戦【オデッセイ】



 現実で炒飯チャーハンを食べた。カレンダーを見て気づいたけど、そろそろ夏休みも終わりそう。私は調整できるけど、サイレンさんとパナセアさんはどうなるんだろう?


「ん〜」



 特にパナセアさんは何をしてる人かいまいち想像がつかない。研究者の可能性もあるし、案外普通のOLかもしれないし。

 まあサイレンさんは普通に学生かな。私みたいな事情が無ければ夜にしかインできなくなるかもしれない。


 大会が終わったらそこら辺の話し合いもしなきゃ。



 色々忘れないうちにメモをとる。

 さっきゲーム内で話したライブのこともふまえると、明後日がライブ、次の日がプレイヤーイベント、その翌週から夏休みが終わるって感じかな。

 ライブは今のところ配信でやるつもりだから適当に人の居ない場所の予定っと。


「よし」



 スケジュール帳に書いて、いつも通り機械をかぶる。ボタンを押してログイン。


 視界がグルグルと回って――――


「いひゃいれふ」


「あ、起きたっすか」



 マナさんに頬を引っ張られていた。何事?


「もう覚えたんですか?」

「一回聴いて見れば覚えれるっすから」


「すごいですね……」


 天才!



「ミドリさんもすごかったっすよ」

「私のはインチキですから」



 順番に本職のサイレンさんに指南をしてもらって、明後日のライブに間に合わせるために練習しているのだ。私は一番最初に教えてもらってOKを貰ったので現実で昼食を摂った。


 職業をアイドルにしたらいい感じだったからね。



「パナセアさんの番ですか?」

「そうっすよ。あの人も歌詞は覚えるのが早かったっす」

「それは何よりですね、ふんぅ〜」


 精一杯伸びをする。ライブもあるけど、私は先に決勝。



「決勝、緊張してるっすか?」

「あまりしてませんけど、少しワクワクはしてますかね」

「ワクワクっすか……?」

「ええ、血筋だとは思いますけど」

「親っすか…………」


 マナさんは記憶喪失で親のことも分からないのだった。今のは会話ミス。



「すみません、配慮に欠けました」

「いや、大丈夫っす。親は……居たような、居なかったような……」



「二人とも、そろそろ決勝の時間だよー」



 マナさんとそんな話をしていると、サイレンさんが入ってきた。もうそんな時間かー。


「行きますか」

「そうっすね」


 二人でベッドから立ち上がって、部屋を後にする。



 片手間に告知をして、配信の準備を始める。

 折角だしサムネイルをフリー素材の王城に。


「フリー王城」


「どうしたっすか?」

「急に変なこと言うじゃん」


「言ってみたい語感だったので」



 フリーと王城とか絶対交わらない物を繋ぎ合わせた単語って口に出してみたくなる。誰かがいる時に言うのはアホだったかもしれないけど。



「お、来たかい」



 パナセアさんが食堂の一角で機械いじりをしていた。いつも連れてる小さな機械のメンテナンスかな?



「大丈夫ですか?」

「ああ、丁度終わったとこだよ」

「GIGI……バンゼンデス」


「行くっすよー!」

「走ったら危ないよー」



 待ちきれず走って出ていくマナさんをサイレンさんが追いかけている。

 それを見て私たちは顔を見合せ、微笑みながらあとに続く。



「そろそろ配信始めましょうかね」

「任せるよ」



 闘技場を目前に、配信開始ボタンを押す。そしてそのままパナセアさんに権限を譲渡。


「では、いってきます」


「応援しているよ」

「頑張ってっす!」

「ファイトー」



 温かい声援を背に、闘技場の地下の待機場所へ向かう。この通路を通るのも三回目になるけど、毎回誰かしらと居たから寂寥感を覚える。一人分の足音を響かせてゆったりと歩く。



 私の名前が書かれた控え室に入る。中は変わらず殺風景で何も無い。



「さてと、準備しよ」



 服はこのまま天使っぽさのあるこれで。長いこと着てるから少し汚れてるなー。この大会が終わったら今度はあの軍服の方を着よう。


 ストレージから大剣を取り出し、軽く素振りをする。


「あとは……」


 いざという時の保険に【ギャンブル】を使うかどうか。硬貨をあらかじめ持ってないといけないから、不格好になっちゃうんだよね。


「殺しは無しだから、心臓の賭けとかの大博打はできないし…………」



 でも、一応持ってた方が良いかな。持っていかなくて後悔するよりかはね。



〈時刻は13時を回ったよー☆ 決勝戦を開始する☆〉

〈うむ〉



 お、始まるみたい。



〈まずは優勝候補と名高い、マツ選手☆ ずっと圧倒しているが、決勝も同じように瞬殺か☆〉

〈どうじゃろうな。オッズはかつてないほど低いのじゃが……〉



 賭け事の対象になってたのか。知らなかったなー。私もやりたかったのに。


〈対する、ミドリ選手☆ 予選から危なげなくとまではいかないが、安定した戦いっぷりを見せてくれた☆ 決勝はどうだろうね☆〉

〈こっちに賭けたらかなり儲けれるのう〉



 私も自分に賭けたい。今からダメかな?



〈ルールは変わらずだけど、説明するよ☆ 恒例で持ち物を隠してるのはダメ、殺しも無し、降参か戦闘不能で終了、以上だよ☆〉

〈両者、昇降機に乗るのじゃ〉



 指示通り、昇降機に乗る。

 右手で大剣を床について支え、左手で硬貨を高々と掲げる。これなら隠し持ってたとか言われないはず。



 ゆっくりと上昇していく昇降機と私の心臓の鼓動。次第に大きくなる歓声を浴びて、集中するために閉じていた目を開けていく。



〈両者出揃った☆〉

〈うむ。何か硬貨を掲げておるのもおるがのう〉



 相手は黒い外套を着て、フードを深く被っていてその全貌が明らかになっていない。

 でも、武器を持っていないことから方針が固まった。




〈何にせよ、皇帝御前大会決勝戦、開始☆〉




 その声と同時に、硬貨を指で弾く。



「【ギャンブル】、おもt――」






「ッ!?」



 何が起きたのか、理解が遅れた。

 一瞬で接近されて宙を舞っていた硬貨を握り潰されたようだ。【ギャンブル】をこんなやり方で防げるなんて。


 急いで距離をとる。



「何故潰したか、聞いても?」


「嫌な予感がしたからですよ」



 フードの奥から聞こえた声は怪しい見た目とは違って、綺麗に澄んでいて、丁寧な口調であった。


 言ってることは野生的だけれども。



「どっからでもかかってきてください!」


「職業、司祭プリースト


『職業:《司祭プリースト》になりました』




 様子見なのか、相手が仕掛けてこないのでバフをかける。



「女神ヘカテーよ、我が祈祷の声に応じ、弱き者を守りたまえ、〖フォンドプロテクション〗」



 自分に障壁のようなものを張る。

 これだけ隙を見せて一向に動かない。完全になめられてる。油断大敵だというのを教えて差し上げよう。



「職業、大剣使い」


『職業:《大剣使い》になりました』



 準備は万端。一気に仕掛ける!



「【ダッシュ】」



 相手に向かって走り出すと、ようやく構えた。その動作を視認し、緩急で揺さぶる。



「【縮地】、【パワースラッシュ】!!」


 こちらの間合いにまで詰めて大剣を振りかぶる。

 相手は格上だから、容赦せずに全力で大剣を当てに――



「なかなか良い攻め方なんですけどねー、単純にパワーもスピードも足りませんでしたね」



 片手で、大剣を受け止められた。



「【ヒートアップ】! 【プッシュダウン】!」


「お、その調子で頑張ってください」


「ぐごごごぬぬんぅっ!!」



 とんでもない力だ。ビクともしない。


「飽きました。もういいです」


 赤い線が――



「ガハッ!?」



 腹部に、深く拳が突き刺さった。

 地面と何度も衝突してから何とか踏ん張って止まる。


 大剣が手元に無くっていたが、相手が掴んでいたようであっさり捨てられていた。まずは大剣を急いで回収しなければ。



「【疾走】」



【ヒートアップ】で通常時よりも速く走れ、一直線に大剣を回収。

 そのままの勢いで半回転してフルスイングをお見舞いする。



「はあ゛あ゛あああああぁぁぁ!!!!」



 横から攻撃していたのに、相手はいつの間にかこちらに向いていた。赤い線が私に向かって走るけど、そこは私の大剣の通り道。


 いける!



「せぇえええいぃぃっ!!!」


「終わらせましょう。【鬼拳きけん】」




 斬撃と打撃が交じり合い――――











 重い鉄が、砕ける音がした。






 そして気が付くと、私は闘技場の壁にめり込んでいた。


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