#106 拾い子
「ふいー、お昼ご飯どうしましょう?」
冒険者ギルドへの報告を済ませた私たちは、シンパルクをのんびり歩いていた。
「うちは、留守任せたペットはんらにご飯買って帰ろうと思ってるよ~」
「ペットっすか!? ワンちゃん? それともニャンちゃん?」
ニャンちゃんって言い方かわいいねー!
噴き出しそうになる興奮を、頬の裏側を噛むことで抑える。明日口内炎になっていないといいな。
……このゲーム内でもなるんだろうか?
「たぬきと犬やでぇ〜」
「たぬちゃんも!?」
「もしかして、テイマーなんですか?」
「ちゃうちゃう。うちは、げ――――まぁ、短剣使い? みたいなやつちゃう?」
「なぜそこで疑問形になるんですか……」
「わん、たぬ……!」
何か言い淀んたような気もしたが、本人の言うように短剣使いで間違いないだろう。あの腕前は一朝一夕では身につかない。
そしてマナさんはまだキュートな動物たちの妄想の中にいる。そろそろ現実に引き戻さないと。
「迷惑でなければ、少し遊びに行っても――」
「ええで〜。なんならこの辺でご飯買って一緒に家で食べよやぁ」
「本当っすか! 神っすか!」
コガネさんの快い承諾に、マナさんは目をキラッキラッに輝かせて喜びをジャンプで表現している。私もつられて跳ねたいが、ここは大人の余裕を見せて左方腕組みリーダーとしての役割を果たす。
大はしゃぎで手際良く食材を買い漁りに行ったマナさんを眺めながら、私はコガネさんと談笑を続ける。
「あ、でもうちの家の場所とかは内緒で頼むよぉ。隠れ家的な感じやから」
「そこは友人として当たり前ですけど、隠れ家ってまた何故?」
「サラッと嬉しいこと言うてくれるやん…………」
「掘り返さないでくださいよ。私まで照れてきたじゃないですか……」
お互いがお互い顔を逸らして少しの沈黙の後、コガネさんが咳払いで会話を戻した。
「なんやったっけ? 理由やっけ?」
「はい、そんなに長い仲ではないのに隠れ家を教えちゃっていいんですかっていう話ですね」
「ん〜せやなぁ……波長?」
「ほう、波長」
「二人はうちと同じ星の下にある、みたいな?」
「ふふっ。なんですかそれ」
ものすごくスピリチュアルな理由で笑みがこぼれた。
チラッとコガネさんを見ると――至って真面目な顔、というより少し暗い顔をしている。
「――なんか付いとる?」
「あ、いえ。何も付いてないです」
「そう?」
「えぇ。あ、マナさん! こっちですよー!」
マナさんがキョロキョロしていたのを見つけて手を振ってアピールする。
「お待たせしたっす。おつかい任務完了っす!」
「ありがとうございます。どれどれ――」
おつかいとは言ってもすべてお任せなので、買い物袋の中身を確認。
大根みたいな野菜、白菜みたいな野菜、人参みたいな野菜、肉団子、ネギみたいな野菜、ショウガらしきもの、「だし汁」と書かれた小袋。
「鍋……?」
「いっぱい買うたなあ」
「みりんってあるっすか?」
「あるよぉー」
「ならこれで大丈夫っすね」
鍋パする気満々である。
真夏の真昼間から鍋とはかなりの猛者だ。
しかし、マナさんの要望であれば私はどこまでもついていく所存!
「こう見えて私、鍋奉行ですのでお覚悟を」
「うちもや」
「マナもっす」
「えー……」
鍋奉行が三人揃ってもただの文句の付け合いしか生まれないでしょ。ある意味戦争が起こるかもしれない……!
鍋談義でも繰り広げようとすると、視界に黄色い線が映った。
「……すみません。少し寄り道していいでしょうか?」
「ええよ?」
「何かあったんすか?」
「あー、ミドリセンサー的なやつが反応を……」
「「????」」
黄色の線は、簡単に言うと導きの線。
【天眼】の能力の一部である。
それを説明しようとするとめんどくさいので適当に誤魔化して、路地裏に入っていく。
その後ろを二人は不思議そうについてきている。
曲がりくねり、もはや帰り道が分からないくらい歩いた頃、それを見つけた。
「なんですか、これ!」
「酷いなぁ……」
「この子は――――」
小さな箱に、子どもが入っていたのだ。
捨て猫とかと同じシチュエーションで、即座に捨てられたのだと理解できた。
捨てられていた子どもはマナさんより小さく、連合国のスーちゃんイーちゃんよりも幼い。赤子と言っても正しいレベルだ。
「うちはあんま子どもあれやし、離れとくわぁ」
「わかりました。私たちに任せてください。――えっと、大丈夫ですか?」
「大丈夫っすかー?」
「ぁーぅー」
笑顔で手を私たちに伸ばす姿はとても愛らしい。
母性が……! まだ高校生なのに母性が真の覚醒を……!
「マナっすよー。君はお名前分かるっすかー?」
「まーま?」
「マナっす」
「まーますゅ」
あ゛あ゛ああぁああ゛りがとう!
幸せ空間すぎる! 息が持たない!
ふぅおおおおおお!
私も行かねば女が廃る!
「パパです!」
「ぱや」
「そう、パパです!」
「ぱや!」
「えぇ……ミドリさんはミドリさんっすよ?」
「マナさんがママで私がパパでいいじゃないですか! 親になりましょう! 実質的な結婚ですよ!」
「けっこ……! ん゛ん! もっとよく考えないとダメっす。冒険を続けるのにどうやってこの子を育てるんすか」
「うっ……気合と根性、そして愛情?」
「無理っす。普通に危ないっすからとりあえず公的機関に届けるっすよ」
「――――そうですよね。この子の将来も考えればそれが一番無難ですよね」
「ゃあぉ?」
非常に残念で、苦虫どころか舌すらも噛み潰して渋々同意する。
「話は聞かせてもらった☆」
「で た わ ね 」
「うわ、出たっすね」
「どちら様ぁ?」
絶妙なタイミングで、間のいい悪魔が現れた。
シフさんが何故かマナさんを呼んでこそこそ話し始めたので、私はコガネさんにシフさんのことを話す。
「――へぇ。悪魔」
「ウザイだけで実害はあまりない系の悪魔です。関係性としてはあちらが雇い主的な感じですかね?」
「ほーん。まぁ悪意は感じられんし、その子のことは全部三人に任せるわ」
「了解です」
実質引き取りは断るということだが、コガネさんはペット二匹と暮らしているとのことで大変だろうしそこは構わない。
「よーし☆ 話し合いは終わったよ☆ 失礼☆」
マナさんと話していたシフさんは、いつものごとくスっと消えてしまった。残されたマナさんが説明をしてくれる。
「えー、この子の引き取り先として手続きをしてくれるらしいっすけど、それが済むまで――つまりあと三日預かっておいて、って言ってたっす」
「短期集中型家族ですか。望むところです」
「優しさやねぇ」
「まーま?」
「仕方ないっすし、連れて行くっす。せっかくご飯の用意もあるっすからこの子もお邪魔していいっすか?」
「ええよー。二人だけだと大変やし、なんなら最初の日くらい泊まってってもええよ。おしめの替え方くらい教えれるから」
「子どもは苦手って言ってませんでした?」
「リアルだと下の子の面倒もたまに見とるから、ここでは堪忍って思うてなぁ」
「なるほど。長女様でしたか」
「ご教授お願いするっす」
「はいほーい」
予定はかなり変わったが、ちゃっかりお泊まり会の開催である。友達の家でお泊まりなんて初めてなのでワクワクする。
「ふぁゆぁ〜」
「よし。貴方はファユちゃんで決定です!」
「抜き打ちで名前を付けないでっす! マナが決めるっす!」
「一応ミルクとか色々買うておかんとなあ……」
コガネさんの先導で路地裏から出て、コガネさん宅へ向かう。
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