##53 さらば、イフ日本

 

 大きな騒動があった次の日、無茶をしていたことがバレて嘉多さんにこっぴどく叱られた葉小紅さんの案内のもと、私は彼女の妹である七草保登ほとさんのお墓参りに行った。そしてその後七草家の末っ子達と別れを惜しみながら、パナセアさんが待つ港町へ向かうことになった。


 元々葉小紅さんがかき集めた貯金でもう少しいい生活を送れるようになったと言っていたし、私が心配することもないだろう。

 色々とお世話になったし、今後の七草家の邁進を祈って、パナセアさんから分配される私の分のお小遣いを丸々差し上げた。この国に贈与税なんてものはないので全額が支援になっている。



 その後はなんやかんやあって港町につき、サイレンさんが戻ってきたりしていたが、特段いつもと変わったことは起きなかった。




「さらば、三本皇国。さらば、イフ日本。そしてさらば、和と侍と妖怪と幼女の国」


「幼女が違うのだけは分かるよ……」



「大体うてんで」


「合っててたまるか!」



 懐かしいツッコミが大海原で響く。

 私たちは現在、竜の渓谷に向かってパナセアさん製の船に乗っていた。

 デッキには私とコガネさん、ツッコミのキレが増したサイレンさんがいる。残りは各々船内でくつろいでいる。



「しっかし、代わり映えのない海ですねー」

「そうやなぁ。もっと荒れとったらオモロイんやけど」



「……海坊主が暴れてたばかりだからみんな大人しくなってるんだよ。海が穏やかなんて、運が良くないといけないんだからありがたみを噛み締めてだね――」




「老けました?」


「失礼だな!?」




 なんだか説教じみた長話の兆候があったので茶々を入れておく。会話の内容は老人っぽいが、反射神経は現役の若者みたいでなによりだ。



「なあなあ、お二人さん。何か冷えへん?」

「え? あー、言われてみれば少し肌寒いですね」

「本当だね。でも地域によって寒暖差はあるし、その境い目辺りにいるんじゃない?」


 若干フラグではないかと思いながらも、別の話題に進む。



「そういえばサイレンさんって修行とか言ってましたけど、実際どんな感じでした?」


「せやな。何か神の気配もするし気になるわぁ」



「どんな感じと言われても……みんなと比べたら大したことは無かったと思うよ」




 それは確かにそう。

 なんせ魔王やら封印されていたおっかない神やらを相手取ったからね。





「簡単に話すと、連合国に行ってトゥリさんとクリスさんの元で基礎的な部分の鍛錬をして――」




 トゥリさんは連合国でお世話になったり戦ったりした、手強い騎士。クリスさんはその娘の魔眼持ちの強者。どちらもいい訓練相手だろう。

 ……連合国の話はコガネさんには通じないが、彼女も黙って興味深そうに聞いているから深堀しても問題はなさそうだ。



「スーちゃんとイーちゃんは元気でした?」


「うん。相変わらずシンクロ率120%だったよ」




 脳内で「「いぇーい」」とポーズをとる双子の姿が再生された。これが脳内再生余裕ってやつだろう。




「話を続けると、まあ、そこでクリスさんにお姉ちゃん呼びの強制をされたりしたけど、いい感じに強くなって――」


 さらっと物凄く気になる話をしている。

 詳細を聞こうとしたが、割り込む隙間も無くどんどん話は進んでいく。



「そこからは海神様のもとで舞いやら海への理解を深める座学やらをして、最終的には試練として巨大な鯨の討伐をして、海神様の加護を授かったって流れだね。あんまり長く滞在したらムーカさんに押し倒されそうだから、ささっと抜け出してこっちに来た感じかな」


 彼もなかなか濃い道のりを歩んでいたようだ。

 改めて考えると、サイレンさんが惚れたパナセアさんも結構変人だし、女運が悪いのかもしれない。今後の彼の恋路に幸あれ――。



「……なにその憐れむような表情は」


「気のせいですよ。私は常日頃からこういう優しい顔をしてます。ま、ちまたでは幸薄顔の薄氷のような儚い美少女で有名ですからね。当然です」



「そんな人は自分でそれを名乗らないんよ」



 ぐう。


「なあなあ、遮って悪いんやけど、たぶんこの船狙われとるよ」


「狙われるって……海賊でも見えたんですか?」

「でも海にそんな気配は感じないよ」



「なら上やな。獣と女の勘が警鐘をならしとるさかい。位置的に竜かなにかとちゃう?」



 妄言だとあしらうことも可能だが、コガネさんの勘の的中率は高めだから警戒した方がいいかもしれない。ひとまず操縦室にいる艦長のパナセアさんと補佐のペネノさんに報告へ――



『あーあー、てすてす。よし。艦内でおくつろぎの皆々様に良い連絡と悪い連絡がある。どちらから聞きたいかね?』


 パナセアさんの声が拡声器から響く。


『え? じゃあ良い方から聞きたいって? 仕方ないな。船の進行方向に向かって目を凝らしてもらえばわかると思うが、じきに竜の渓谷に到着する』




 悪ノリ全開なのは置いておいて、確かに前方に入り組んだ崖とも谷とも言える地形がギリギリ見えた。少し霧がかかっているので辛うじてだけど。


『そして悪い連絡だが――端的に言うと竜と思しき生体反応がこちらに向かって魔力が微量だが放出されているのを確認した。魔力を用いた攻撃の予兆と見られ、計算上残り30秒程度で発射される。対処のため、可及的速やかに船首に集合してくれ。遅れた場合は各員頑張って気合で何とかするのをおすすめする』



 流石パナセアさん。有能の権化なだけあってちゃんとこういう時のための用意もしていたようだ。

 デッキにいる私たちはすぐに辿り着くが、他の面々は間に合うのだろうか。……あまりにも急だけど、実際の緊急地震速報みたいなものだし気合で何とかするしかないのも事実か。



「行きましょう!」

「せやね~」

「しっかし、竜が敵対しているのに渓谷へ逃げて意味あるのかな?」


「そこはなるようになりますって! ほら、走りますよ!」




 ◇ ◇ ◇ ◇




「よし、全員いるな? ペネノ!」


「了解。変形シークエンス実行。モード、デルタ」


 船首に集めて何をするのかと思っていたら、船が不自然に揺れ始めた。

 次第にデッキが垂直になったり、船の帆が格納されたり、今いる船首が……コクピットになったり。


 どこかで見た事のある形に変形していく。



「こ、こここここ、これはまさか――」


「そう。いざという時のために準備していた。これぞ、技術の集大成、人類の夢!」




「「ガンダ――」」


「言わせるか!!」

「さすがにあかんて!」


 私とパナセアさんの悪ふざけをツッコミの二人が遮る。しかし、そんな悪ふざけも、見た目がまんまだから仕方ないと思う。



「おー! かっこいいのだ!」

「新種のゴーレムも作れるのか。なかなかやるではないか」

 〈どらごん!〉




 こっちのメンツはなかなか新鮮な反応を示している。こんなのは序の口に過ぎないというのに。これが戦うなんて知ったら顎が外れてしまうのではなかろうか。




「コホンッ、聞いておきたかったのだが……いいかな、ウイスタリアくん?」


「んぅ? ああ、あいつらだな。あれは蒼竜のやつらだ。変わってなければ白竜のやつらと組んでるはずだぞ」



「ふむ……」



 竜も一枚岩ではないようだ。

 プライドとかも高そうだし当然か。



「なぁなぁ、ところで、このロボットってさっき言ってた竜の攻撃には耐えられるん?」


「もちろんですよ。そうじゃなきゃ変形した意味無いじゃないですか。ね、パナセアさん?」


「……いや、無理だ」





 一瞬、コクピット内の人口密度に似合わないほど物音が止んでしまった。半数の顔色も一気に青ざめる。



「誰か! 操縦してください!」

「うちは無理や! 機械なんてろくに扱えへん!」

「パナセアさんがやるんだよね!? そうだよね!?」

「お、おい、大丈夫なのか? 吾輩が手伝えるのならやるが……」


「?」

 〈どらごん?〉



 竜二匹は状況のまずさを理解していないようだ。

 もっと問題なのは、肝心のパナセアさんが何食わぬ顔で“てへっ”としていることだ。



「一度操縦してみたんだが、これに関しては何故か酔ってしまってね。期待には応えられそうにない」


「じゃあなんで変形したんですか!?」




 半ばパニックになりながら、私は珍しくツッコミを入れた。いくらなんでも、こんなに全員でかたまっていたらまとめてお陀仏だ。



「ちなみにペネノが既に操縦しているから心配は無用だがね。外を見てくれれば分かると思うが、ちゃんと動いているんだ」



 言われてみれば、確かに外の景色は移り変わっていた。海の上からそこそこ離れた高さで陸地へ向けてスーッと移動している。

 まったく振動していないから気付かなかった。



「快適すぎてパニックになるなんて……」


「ふふふ。この私の計算に間違いなどないのだからね。……よし、一度言ってみたかったセリフ言えた」



 フラグにしか聞こえない。

 盛大に爆ぜたりしないといいんだけど……。


 鼻高々なパナセアさんに呆れた目を向けていると、機体が大きく揺れた。



「通達、全ジョイント凍結、及び各エンジンの完全凍結により、機体の緊急停止プログラムが開始されました」


「私の発明が――!!」


「ガンダ――」



「遊びとちゃうんやで! もう二人は黙っといて!」

「もうペネノしか頼れないよ! 何とかなる!?」



「コクピットは緊急脱出ポッドを兼ねています。残り3秒で射出されます」



「緊急なのは分かるけど人には心の準備が――」



 サイレンさんのツッコミとも慟哭ともとれる叫びの途中でコクピットが大空に放たれた。



「これでひとまずは大丈夫そうだね」

「パナセアさん、それもたぶんフラグですよ」



「あー……やっちゃったか!」

「やっちゃいましたね!」


「「わっはっはっはっ!」」



 私とパナセアさんで冗談みたいなやり取りをしていると、またまたペネノさんが淡々と過酷な現状を報告してくれた。



「警告。魔力エネルギー反応がこちらに向けられています。その数――約三千」


「「…………わっはっはっ!」」



「笑ってる場合か! どうするのさ!」



「一旦散って後から合流するのが最適だな」

「ストラスはん仕切るん? なんかややな」



「それしかないからそれでいこう! 適当に分かれて後で合流ね!」


「はーい」

「うむ、細かい合流先はメッセージでいいだろうね」

 〈どらごん!〉



 ストラスさんの案のもと、サイレンさんの指示で各々緊急脱出ポッドからも脱出した。



 壁を蹴破って抜け出したのと同時に、背中を凍てつくような爆風が強めに撫でる。この場にいる全員があんなのを食らうようなマヌケではないのは分かっているため、心配はしていない。


 しかし、困ったことに今の私に空を飛べる翼は無い。



「新たな旅路、早々にして竜の大群に襲われ、目下の危機は高所からの生還ときましたか。やっぱり私たちの冒険はこうでなければ……」



 しばらく帝国や魔王国の協力のもと進んできた。

 この不安定で行き当たりばったりな感じは懐かしく感じる。




「――こうでなければ、燃えませんよね!」



 落下しながら体を大の字にして空を仰ぎ、私はニマリと笑った。





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