##52 閉幕の花火を

 


 ――見る。

 大まかに視野を広げて対象を補足する。



 ――観る。

 酒呑童子とウイスタリアさんの苛烈なぶつかり合いすらスローモーションで映るほどじっくりと。



 ――視る。

 僅かな空間の歪みを捉えるために、それこそ空間に穴が空くほど目を凝らす。



「ぅくっ……」



 私の視界に酔ったのか、葉小紅さんの方から呻き声が聞こえた。しかし、やめるわけにもいかないので観察を続ける。


 何秒、何十秒……どれだけ見ていたかは分からないが、目が潤いを求めだす頃、戦況が傾く。


 ウイスタリアさんがついにまともな一撃を浴びて吹き飛ばされたのだ。



しまいだ!」



 酒呑童子がとどめを刺すために動く。

 だが、それは叶わないだろう。

 私の視界には神の気配を宿したが映っていたから。




「――ッ、【絶華】!」



 文字通り横槍に入ったトライデントに反応して、酒呑童子は拳の向きを変えた。

 神同士の力のぶつかり合いが発生する。

 それは間違いなく歪みをもたらし――



「葉小紅さん」

「ええ、『頼るる光の源、神便鬼毒酒じんべんきどくしゅを以て星兜を被り、鬼を討つ』【童子切り】」



 鬼を斬りための太刀がその真価を発揮せんと、私たちが掲げた先の天に向けて輝く。




「とらえた」


 ようやく、空間の歪みを見つけて手に力を込める。


「ミドリ、踏ん張ってよ?」

「そちらこそ、私の腕力についてきてくださいよ?」


 トライデントを弾いた酒呑童子がこちらに気付く。そして、両手を広げて堂々と待ち構える姿勢をとった。



面白おもしれぇ。斬れるもんなら斬ってみな!」




 真っ向勝負。

 頑強な鬼の体を斬れるか否かで、その後の私たちの運命は変わってくる。



『スキル:【間斬りの太刀】を獲得しました』



「「――【間斬りの太刀】!」」




 二人ともその領域に達して、必殺の斬撃を放つ。

 共に太刀を振り下ろす様は、まるで結婚式のケーキ入刀だが、生憎と斬る対象はそんな可愛らしいものではない。


 確実に鬼の周囲の空間に刃を食い込ませることができたのを感じる。そのまま断ち切るために【風前烈火】のバフを持っている私が全力全開で力を込める。



 太刀が軋む音と、私の腕が自身の力と空間の硬さの板挟みで生じた変な音が聞こえる。


 しかし、ここまで来て腕の一本がなんだ。

 安いものではないが、命あっての物種。

 私には守らねばならない人たちがいるのだ。



 ――瞳に熱が宿る。


 私の前を進む者たち、私の背後で励む者たち、私の横で歩みを揃える者たち。

 そのすべてを庇護するために、私の根底に刻み込まれた祝福呪縛が私に勇気を与えてくれる。



「はぁああああああ!!」



 身体が痛むほど力は増す。

 だからこそ、私は人間として勝手にセーブされる力を、叫ぶことで精一杯引き出した。




「ぬぅあああ!」


 葉小紅さんも力を絞りきらんと叫んでいる。

 次第に私と彼女の叫びは混ざり合う。





 ――太刀が地に触れた。

 上から振り下ろして地に触れたということは、ということである。



「……あいつの【時空斬り】には到底及ばねぇが、ま、凡人にしてはいい剣だ」



 真っ二つになり、空間ごと斬ったため再生不能になった酒呑童子は、その身体を灰に変えながら言い放った。そして、どこか愉快そうに彼女は消えていった。



「勝った……」

「斬った……」




 当の私と葉小紅さんは力尽きて横たわっていた。

 私は勝利を、彼女は空間を斬るなんて所業に歓喜を覚えている。




「……我はエスタの居たところに行ってくる」


「分かりました。でもちゃんと戻って来てくださいね」



「灰でもあったら、あいつの住処に埋めてくるから遅れるかもだ。でもちゃんと戻る」




 ウイスタリアさんはいつもより落ち着いたテンションでエスタさんのいた戦場に向かった。


 あの様子ならちゃんと帰ってくるだろうし、そっとしておこう。




「ねぇ、これ直せる?」


「ん? ……あー」



 ウイスタリアさんを見送った後、葉小紅さんは寝そべったまま指を差す。

 それは私たちが空間ごと斬ったことでできてしまった切れ目。建物はおろか、ここから見える限り真っ直ぐに切れ目が入っている。


 最悪、ここを始まりに三本列島を真っ二つにしてしまった可能性も。



「ポーション飲めるぐらいに回復したら{逆雪}でなんとかします。まあ時間が空くし、消費MPは……あれ? これお腹たぷたぷになりながら働かなきゃいけないやつでは?」


「頑張って」



 そんな投げやりな。

 限界になったら代わってもらおっと。



「ハコちゃん!」



 二人で動けずにだべっていると、綺麗なお姉さんが駆け寄ってきた。以前一方的に見ただけだが、葉小紅さんのお姉さん、七草嘉多かたさんである。




「あれ? 嘉多姉さん……その様子だと治ったようね」


「ふふ、何とかね。それよりこんなところで寝ていたら身体が痛むから運ぶわよ」



 そう言って嘉多さんは私と葉小紅さんをそれぞれ片手で抱えた。

 病み上がりとは思えないほど力持ちである。



「私まですみませんね。あ、自己紹介が遅れました。葉小紅さんの友人のミドリです」


「あら、これはこれはご丁寧に。いつもハコちゃんがお世話になっております。ハコちゃんの姉、嘉多と言います」



 以前顔合わせした時、彼女は眠っていたので改めて挨拶をする。この人はなんだか、まさにやまとなでしこって感じのおしとやかな女性に見える。




「嘉多姉さん、鈴白と鈴菜は?」


「あの二人は旅館にいるわよ。狐の人が面倒を見てくれているわ」


「……狐?」

「たぶんコガネさんの方ですね」


「そうそう、コガネさんって名乗ってたわね。優しそうな方で、ハコちゃんを探しに行きたいのを察して代わってくれたのよ」



 狐というワードで九尾さんかと思ったであろう葉小紅さん。あれがそんな改心するとは思えないし、嘉多さんの言う通りコガネさんの方の狐だろう。

 葉小紅さんは砕けた仮面を一瞥してから、さらに質問を投げかけた。



「ちなみに何をして遊んでもらってるの?」


「何かしっぽとか耳のモフモフを堪能していたわね」



「――もふもふを!?」



 何気ない問答に、私は思わず驚愕してしまった。

 幼女二人がもふもふに群がる様子を想像し、顔が緩む。

 なんて最高な状況なのだろう。幼女になって幼女と共にもふもふを味わいたいし、もふもふになって幼女に堪能されたい。どちらになっても楽しめる自信がある。


「ふへへぇ……」



「ちょっと、私の妹で何を想像してるの? 気色悪い笑みやめてくれない?」




「へへぇ……」


「聞けぇ!」



「ふふっ、楽しそうでなによりね」




 何やら外野が騒がしいが、私はもう少し妄想に浸らせていただく。ようじょ……もふもふ……ふへへへ……。




 ◇ ◇ ◇ ◇



「こひゅー、こひゅー……」


「ミドリお姉ちゃん大丈夫〜?」




「へ、へいきれしゅ。お姉ちゃんはつよいんれすから! うっぷ……」


「そうだね! すごいすごかった!」




 過重労働を終えてぐったりしている私の膝から褒めてくれているのは七草家の末っ子、鈴白さんである。あの後ポーションをがぶ飲みしつつ、{逆雪}が限界を迎えて砕けるまで三本列島の裂け目を修復したのである。おかげで私の愛刀がダメになってしまった。

 ついでにお腹タプタプかつ疲労により、私もダメになってしまった。



「そないな強がりはよして、そろそろ配信始めた方がええんちゃう?」


「もふもふ……」



 旅館の一角、縁側をお借りして寝転がっている私の横には、もふもふにより鈴菜さんを魅了しているコガネさんが。あの鈴菜さんを手懐けるなんて、あな恐ろしや、もふもふ。




「そういえばそうでした。そろそろ始めますか」



 そう言って私はプルプル震える手で配信の開始ボタンを押した。




[◆ミドリ◆::ワケあって今はまともに喋れません。垂れ流しするので花火を楽しんでください]



 すぐにコメントを入力し、固定してから、またぐったりとくつろぐ。のんびり鈴白さんらとおしゃべりしながら、花火を待つ。




 ――――ヒュー パンッ! パララ……




 しばらくして、夜空を埋め尽くすばかりの大量の花火が同時に放たれた。散りゆく花火が消えてから、今度は絶え間なく連続で咲いていく。

 まるで昼間のように、花火が地上を照らし出す。



 それはおそらく色んな場所から見える希望の光。


 姉から詰められ、ご神木の下説教を浴びていた侍にも。

 山奥で言い合いを交わしながら帰途につく森の友と根にも。

 かつての友の住処で落ち込む竜にも。

 海辺で夜空を見上げている鉄塊と海の使徒にも。

 天空の彼方からも見えるかもしれない。



 あるいは。



 ストレージから壊れた{適応魔剣}を取り出して床に置く。持ち手に付けた、盾のアクセサリーに触れる。



 ――あるいは、この宝石の奥の彼女にもこの光が届いているかもしれない。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 花火が終わり、配信もそっと閉じる。

 その後、心地の良い音で眠った七草家末っ子コンビを布団まで運び、私は呟いた。



「……平和ですねぇ」

「やねぇ」



 戦火はもはや残っておらず、配信を見ていた人は誰も気付かないだろう。それでいいのだ。

 わざわざ戦いがあった話なんてするものでもない。

 私たちは未だ夜空で燻る煙を眺めながら、名残惜しさを感じる。


 すべてが終わり、表面上の休暇は終わったのだ。

 私たちは次へ進まなければいけない。

 焦ることでもないが、いつまでも足踏みしている訳にもいかない。




「コガネさんはどうでした?」


「どうかと言われれば……ま、ひと段落ついたって感じやね」



 彼女が何を思い、何を成したのかは知る由もないが、どこかスッキリとした面持ちになっているのはいいことだ。


「そっちは?」


「私はいつも通りですよ。いつも通り良い縁に巡り会い、良い冒険をしました」



 本当に運がよく、恵まれている。

 私は自身の運の良さに感謝しながら、盛大なあくびをしてしまった。




「おつかれみたいやね」

「そうですね。ちょっと早いですが、もう寝ます」



「うん、おやすみー」


「おやすみなさい」



 スヤスヤの子供二人を任せて、私はひと足先に自室でログアウトした。




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