##51 鬼(神)退治
「【鬼拳】」
陰陽師の遺した鬼が放った一撃はすべてを塵と化した。当然私たちも例に漏れない。
――しかし、相手の攻撃とほぼ同時に私は、葉小紅さんが握っていた私の{逆雪}を、なりふり構わず触っていた。
「『我が命こそ時針なりて』【
発動した瞬間、消し飛ばされた。
それでも効果は発揮される。
一帯の時が巻き戻り、咄嗟に{逆雪}の刃の部分を握った手まで完治していった。
「ギリギリセーフにも限度があるでしょうに」
「助かったわ。でもどうする? 正直勝てる気がしないのだけれど」
「どうしましょうか……」
鬼に消し飛ばされる以前からHPはかなり持っていかれていたので、職業スキルの【背水の陣】でそれなりのバフはかかっているけど、間違いなく歯が立たないだろう。
HPを一桁まで調整して【風前烈火】圏内に入れても、レベル2倍、そのレベル2倍の状態でパラメータ2倍が入ると――単純計算で今の身体能力の4倍、それでも肉弾戦で勝つのは厳しいはずだ。
以前見たマツさんの本気よりもずっと強そうで、その上、あの時と同じような神にのみ許された超越した
「何故これほど力が増しているんだ? ……まあいいか。死線を超えると強くなるなんてよく聞く話だ」
とうの鬼自身も少し驚いた様子を見せていたが、新たなおもちゃを手に入れた子供のように無邪気に笑った。鬼は私たちをしっかりと認識し、ストレッチしながら名乗りを上げる。
「名は酒呑童子、今は鬼神にまで至っている。瞳に義を宿し侍ども、お主らの名も聞いてやろう」
「………………七草葉小紅よ」
葉小紅さんは警戒しながらおずおずと名乗った。
敵を見据える睨み顔は、刺さる人には最高のご褒美になるくらいには立派な睨みである。
「私の名前はミドリ、貴方のような強者を何度も倒してきた、最強の美少女系妖怪ハンターです!」
堂々と、事実ではある啖呵を切る。
鬼神がなんだ、今までの修羅場と大して差は無い。いつも通り、敵を、目の前の鬼を倒すまで。
――鬼?
「あ!」
「何か妙案でも思いついたの?」
「すっかり忘れていましたけど、親方から貰った童子切安綱って鬼を倒すのに最適なんじゃないかって思いまして」
急いでストレージから取り出した。
童子切安綱と言えば、現実では酒呑童子を倒した天下五剣のひとつと伝えられているのだ。こっちではどうなのかは知らないが、“童子切”の号が刻まれている以上、鬼に対する特攻は期待できるだろう。
葉小紅さんの渾身の一撃を片手で受け止めるほどの鉄壁の防御はなんとかできるかもしれない。
しかし、ネックなのは身体能力の差でまともにいいのが入らない可能性が高いという点である。
「忌々しい太刀だが、生憎と強くなった今、お主らが使い手では大した脅威たりえんな」
おっしゃる通りで、どうすればいいか必死に頭をミキサー並に回転させていると、
――風に乗った紅葉が、私たちと酒呑童子の間に舞った。
一つの紅葉が次第に増えていき、見覚えのある人を吐き出して地面に散った。
俯いていて顔は見えないが、ウイスタリアさんで間違いない。どうやらエスタさんが別れ際言っていた通りになったようだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「――ミドリちゃんミドリちゃん」
「はい?」
「耳元失礼、ウイスタリアを君達の冒険に同行させてほしい。きっと旅の一助になれるからお願いするネ」
ごにょごにょとエスタさんから耳打ちで頼まれごとを告げられた。
「エスタさんそれって……」
「大丈夫。ちゃんとやることはやるからネ」
「…………わかりました。もしもそうなったら、任せてください」
今まで面倒を見てきたエスタさんが私たちに同行させる形で託すということは、つまりそういうことなのだろう。
この場にいながら何も知らないウイスタリアさんの気持ちを鑑み、罪悪感を覚えながら私がそう言うと、エスタさんはニッと笑って応えた。
「じゃあ、いってらしゃい」
「ええ。頼みましたよ」
どうか、ただの私の考え過ぎで、エスタさんが無事でありますように、と祈りながら私はその場を去った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
そんなやりとりがあったため、向こうの状況は一瞬で察することができた。最期の姿を見せないようにしたのはきっとエスタさんなりの意地なのだろう。
あの人は、親友であり、ライバルのような存在に情けない姿を見せようとは思わない。短い付き合いだか、大人でありながら子供のような一面もあるのは知っていた。
「【本能解放】、【竜の鼓動】」
いつも無邪気かつ不敵な笑みを浮かべているウイスタリアさんが、とても落ち着いた表情になっている。怒ると普段より冷静になるタイプらしい。
その怒りはエスタさんに対するものか、あちらの敵――“黎明”に対するものか、あるいは自身に対するものか。
「どれ、【絶華】」
「【黒竜鱗】」
酒呑童子が先程の一撃より力の入った拳をウイスタリアさんにぶつけた。しかし、彼女の表面に現れた黒い鱗が衝撃をすべて受けきった。
「【
返しの一発が酒呑童子の腹部に突き刺さる。
軽く吹き飛ぶだけだったが、それでも真っ向から戦って通用しているのは分かった。
「やはり竜は別格か。【阿修羅】【酔拳】」
「【
酒呑童子がいわゆる三面六臂の姿になり、予測不能な連撃を放つのに対し、ウイスタリアさんも異様なほど眩い光を纏って連撃を放つ。
発動の瞬前、ウイスタリアさんはこちらに視線を向けたので何となく意図は察した。おそらくこちらで何とかしろとのことだろう。
「葉小紅さん、こちらはこちらでやりますよ」
「やるって言っても何を……?」
「空間ごとあの鬼を斬ります。ほら、刀を一緒に」
「……ちゃんと説明してよね!」
私は片手で{童子切安綱}を掲げる。
半ば投げやりになりながら、葉小紅さんも片手で私の手の上から握る。
そのタイミングで彼女の腰にあった狐のお面が砕け散った。葉小紅さんは一瞬驚いた顔になったが、すぐに気にしないように言ったので、私も話を進める。
「私が本気で目を凝らします。貴方は私の視界を使って空間ごと酒呑童子を斬ってください」
「――――よく分からないけれど、こうなったらどんなものでも斬ってやるわよ!」
頼もしい限りだ。
威勢のいい啖呵を切る彼女の隣で、私は最終調整をした。
「『紅く輝け』【
HPを一桁にしつつ、ウイスタリアさんの援護をする炎を撃ち出す。かすりもしなかったが、それが主な目的ではない。【風前烈火】の圏内に入ればいいのだ。
私が空間を捉えて、葉小紅さんの技量で刃を入れ、私の超強化されたステータスで後押しする。
できるかは私だって分からないが、空間を斬ってのけた冥界のお侍さんからアドバイスは聞いているのだ。
「空間を全感覚で捉えること、神経を刀に張り巡らせること、これが大事らしいですよ。前者は私が頑張りますので、刃を届かせることだけ考えてください」
七草家が代々伝えてきた技とも言っていたし、葉小紅さん自身は知らずともその血に刻まれているという希望的観測もある。
「――了解、見えたものすべて叩き切る。【武器鑑定】【視覚同期】」
{童子切安綱}の武器スキルを確認してから彼女は私の視界と接続した。
私も空間を蹴るなんて離れ業をした時と同じ感覚まで集中力を高めていく。
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