#87 脱出




 ナズナさんと狼さんと別れ、屋根の上を歩いていると、【天眼】の黄色い線が見えた。



「こっちに行けばシフさんと合流できるのかな?」


 表通りとは真逆の方角だし、きっとそうだろう。迷子の私にはありがたい道案内サポートだ。もちろん誘導にしたがう。


 数分歩いていくと、途端に寒気がした。


 後ろを振り向く。

 一筋の赤い線が首目掛けて走っている。


「んっ!」



 ほとんど反射的に頭を下げて回避した。

 バチバチと音のする何かが首のあった場所を通り過ぎていく。



「【適応】、【縮地】」


 右手に{適応魔剣}、左手に逆手で{吸魔剣}を構えて相手の懐へ潜り込む。



「【スラッシュ】!」


「ほう、【紫電一閃】」



「っとぉ!」



 私の方が仕掛けたのは早かったのに、向こうの攻撃の方が圧倒的に速い。辛うじて左手の剣で受け止め、弾き飛ばされてしまう。



「何者で……お侍さん?」


「すまぬが娘よ、その力、試させてもらおうぞ」



 腰に携えた刀に手を置くお侍さん。

 話などしないと言わんばかりに抜刀しようとしている。


 試すとは言っているが、さっきから普通に死ぬレベルの攻撃ばかりなので私も本気で応じないといけない。



「この後頼みたいことがあるからな」

「普通に頼んでくれません?」


「そうはいかぬ。儂の悲願のためだ。我慢するがよい」

「うわぁ……偉そうに……」



 いったい何様のつもりなのか。

 まさか天下の徳川様なわけないし。そもそもここは現実とは違うから、徳川さんでも将軍じゃない系の徳川さんだろう。



「【間斬りの太刀】」



 異様な光景が目に入る。

 刀の周囲が、歪んでいるのだ。



 あれは無理だと直感が囁いてくる。



「【飛翔】!」



 太い赤い線を空中で身を捻って躱す。




「ッ!?」



 掃除機を耳元でかけられたようたような騒音が鼓膜を揺らす。そして、身体がそちらに引き寄せられる。一瞬捉えられたのは、お侍さんの斬った刃の先から何も無い空間に裂け目が入っている状況だった。



「【滝崩し】」



 体勢が崩れたところを、横から上段から叩いてきた。


【天眼】のおかげで先読みはできていたので、近い方の{適応魔剣}で受け止める。



「くっ……」



 片手かつ空中で、体重の乗った一撃に耐えられるはずもなく、紙のように吹き飛ばされ、そのまま素人丸出しの受け身で地面と衝突してしまう。



「ふむ、まあ及第点といったところか……」



 武器を収め、こちらに歩み寄ってきている。

 どうやら試すのはこれで終わりのようだ。




 ――私は別だけどね。


「ただのパーンチ!」



 起き上がりながらの渾身のグーは、お侍さんの頬に突き刺さることなく、パーで簡単に受け止められてしまった。



「何をするか」

「それはこっちのセリフですよ! 試すなんて言ってたのに、さっきのは何なんですか! かすりでもしたら大惨事でしたよ! ……だから殴ったまでです」



 ムスッと膨れて不満げに言う。

 対するお侍さんは、何も悪いことはしてないと言わんばかりに「そうか」の一言で流す。

 はっ倒してやろうかと思ったが、結構強いから本気でやっても勝てるか分からないため、我慢するしかない。


 ぐぬぬぅ……。



「実力はそれなりで、年齢の割には修羅場はくぐっているのも分かった。本題に入ろうではないか」

「頼みごとでしたっけ?」



 殺しかけといてよく言えるなー。

 やはりここの治安のせいか。



「うむ。今から、先の技のコツを伝授する。儂が転生した者にそれを伝えてくれ」

「……転生なんてあるんですか?」


「ある」



 プレイヤーの中に転生して種族を変えた人はいるという眉唾ものの情報は知っているが、はっきりいって胡散臭い。



「というか、転生したら見た目変わりません?」

「魂を見極めるのだ」



「無茶言わないでくださいよ……」

「無茶でも頼みたい。儂の人生はでは辿り着けなかった剣の道、次の人生では……ッ!」



 死してなお、夢にしがみつくその姿勢。

 私は嫌いじゃない。



「何か面白そうな話ですし、聞きましよう」

「感謝する」



 シフさんとキャシーさんとの合流も、多少遅れるくらい誤差だろうし。



「伝えてもらうポイントは二つ。空間を全感覚で捉えること、そして神経を刀に張り巡らせるということの二つだ」


「なるほど?」



 随分と感覚的な話だが、それでいいのだろうか。

 私の前世の人がそんなことを言ってたとか言われたら、ぶちギレる自信があるんだけど。



「これは初代剣聖が編み出し、七草家が代々伝えてきた神にすら届きうる技。を斬る剣の真髄である」

「世界を――」



 思わず息を呑む。

 そして、気になったことを無意識のうちに尋ねる。



「世界系のスキルも、ですか?」

「もちろんだ。儂はそれを使えないが、使える者は戦いにおいて圧倒的に有利になれるものらしいな」



「そうですね。私が使ったときはあんまりでしたけど」



 実況席ではそんなことを言ってたから、本来は強い技なんだろう。語感的に一定の空間を掌握できるスキル。


 そんな対抗手段が限られてきそうなスキルに物理的に切り込みを入れることができるのだから、相当強い。



「まだ儂も完璧に使えこなせるわけではないが、次の人生ではその舞台へ躍り出てほしいのだ」


「分かりました。もし貴方の転生した姿だと判明したらお伝えします」



「頼む」



 めちゃくちゃ曖昧なアドバイスなので大した効果は期待できないけど、伝えるだけならタダだからね。




「転生にいたるまではここで善行を積む生活だが、いつかまた会える日を楽しみにしている」


「そういえばここにいるってことはそういうことですね。頑張ってください」



 私も空間を斬るなんてかっこいいことができるようになったらなーと考えながら、お侍さんと別れる。


「なんかどっと疲れたなー」

「おつかれー☆」


「……驚きませんよ」

「ほんとかな☆」



 いつの間にか背後にシフさんが居たが、もういい加減慣れた。引き締まった心臓を落ち着け、剣にかけた手を下ろす。



「とりあえず色々済ませましたので、帰れます」

「了解☆」



 こっちに、と近くの扉を開けるのに従って中に入る。中は別の場所に繋がっていたようで、途方もない長さの廊下に出ていた。



「ここは……?」

「あそこの豪華な扉の先が出口さ☆」



 私の漏らした質問には答えず、出口だけ示される。出口の横にある部屋がなんなのか、余計気になってしまう。




「来たー」

「あ、どうも。お待たせしました?」


「んーん、今から寝るところ」



 デートの待ち合わせの常套句に近い会話なように思えるが、会話は成立していない。

 非常にキャシーさんらしい受け応えだ。



「では、ここでお別れですね」

「んー。またねー」


「今度は仲間を連れて来ます」

「うるさいのはやだ」



 でしょうねと苦笑しつつ、手を振って別れる。


 ぬるっとした別れだけどキャシーさんの性格的にこんなものだろう。そんなに泣いて惜しむような情に厚い人ではないから。もしそうだったらヒョイヒョイ即死スキルを向けたりしない。



「ん〜☆ 久しぶりに外に出れる☆」

「何年、ここにいたんです?」


「ざっと二十年かな☆」



 軽い口調の割に、長く重い時間がでてきた。

 シフさんとしては、悪魔だから短い期間だと思っているのだろうか。



「長く退屈な暮らしだったよ☆ その分、分身で楽しめたけどね☆」


「それでも、つらかったはずです」



 私にも似たような部分がある。

 歩くことが出来ない現実と、走ることだって余裕なここ。

 シフさんは行動を、私は歩行を制限されているわけだ。

 果たして私は二十年もこのまま、目の前の悪魔のように笑顔でいられるだろうか。

 条件は少し異なるが、現実には起こりえない幸せな夢を見せられているような点は同じだ。



 思いふけっていたせいか、シフさんがいつの間にか出口の前に立っていた。



つらくとも、意味はあった☆」

「意味?」


「…………行こうか☆ 君の大切な人達が待っているよ☆」


 いつも飄々ひょうひょうとしているシフさんの笑顔に、噛み締めるようなものが含まれているのが感じ取れる。


 ついぞ彼を縛っていたとやらの詳細は聞けなかったけど、キャシーさんが寝てるだけで事足りる仕事みたいだし、本当に退屈だったんだろうなー。




「そうですね、いい加減マナさんを吸わないと」

「吸、う?」



「そろそろマナニウム欠乏症の発作が始まりますから」

「???」



 シフさんと共に光の扉をくぐる。

 途中にあった「昼夜館」という看板のついた扉も気にはなったが、今は仲間との合流が最優先事項だ。

 また来た時にでも寄ってみよう。




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