#86 その歌声は、幽冥を照らす



「よーし」


「――でな」

「大変だったんだナァ」


 考えながら着替えていた間に距離が縮まっている。

 私の直観に狂いはなかった。


 よっぽどの子供好きなんだなー。

 ナズナさんがこの場にいなかったらまた追いかけ回されていただろうし。

 二人が楽しそうで何より。


「お待たせしました」

「なあ! こいつ、同郷だったぞ!」

「ネ」


「それは良かったです」


 都合がよすぎる展開。

 私を安心させるために話を合わせていると言われた方が信じれるレベルだ。



「では、ステージや諸々の調整に行きますので、二十分後までに声出しを済ませておいてください。時間が余ったら故郷の話でも」

「わかった」

「……そういえば、あんな境遇だってのに、どこで歌ヲ?」



「天才ってやつで――」

「暇なときに練習してな」



 初耳なんだけど。

 失礼ながらそんな殊勝な性格に思えなかった。

 まあ、それでもナズナさんの歳であのレベルなら才能も結構ありそうだけどね。



「独学カ?」

「違う。まぁ親代わりのやつの見よう見まねだからほとんど独学かもなぁ」


「ヘェ……?」

「もしかしたら、有名みたいだし、知ってるかもな――」



 親代わり、か。

 生前からやはり過酷な人生を歩んできたんだろうな。



「――ドライっていうやつだ」

「……⁉ ドライって、まさか、〘ツィファー〙ノ!」



「なんかその一員みたいだったなぁ。変なやつらが家に来ては騒いでた覚えしかねぇけど」

「〈慈母〉のドライで間違いないのナ!」




 昔話になってきたので、私は準備に取りかかろうかな。狼さんもその人のファンなのか知ないけど、テンションが上がっているし。



「いってきまーす」


 小声で水を差さないように、こっそりと抜け出す。ここからは、ミスの許されない大事な裏方のお仕事の時間。

 サングラスがきちんと目を隠しているのを適当な窓で確認し、念の為髪型をお団子に変える。



「【飛翔】」



 屋根をつたって、迷子にならないように目的地へ急ぐ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




「真っ暗じゃんか」

「……何やったんダ?」



  二十分後、私の案内でステージまで向かっている。暗躍が効いたようで、辺り一面真っ暗だ。警備員みたいな人達が灯りを取り出しているのがチラホラ見えるけど、人混みというのもあって大して効果は無いだろう。



「プロデュースというのは、その地域に合わせたやり方があるんですよ。内容は秘密ですけどね」


「すげー」

「なんとなく察しタ……」



 祭りという要素のおかげでカモ――お客さんは演出だと勘違いしてくれている。


 実際は、私が灯りを全て破壊してきただけ。

 予備のものも壊したし、祭りの主催は今頃大慌てで復旧と犯人探しをしているはず。


 この街の治安の悪さに合わせたやり方だし、ぶっちゃけここから今日中にでも出る予定の私だからこそできる技。下手に教えて真似されても困る。




「さぁ、ここですよ! 私が分かりやすい合図をしますので、そうしたら歌い始めてくださいね。狼さんも念の為裏まではついて行ってください」


「わかった!」

「仕方ないナ」



 ステージ裏へ駆けていくのを見送り、私も最後の準備を始める。


 ここ数時間だけで相当数の犯罪を犯したけど、ここは冥界。日本の法律は無関係だし。

 だから、電波ジャックもどきだってセーフ。


 祭りの運営テントから拝借したこのマイクがあれば、この群衆に私の声を届けることができる。私のパリピ魂が「こういうのはノリで群衆の大雑把なコントロールも可能だぜ、うぇーい」と囁いている。


 人生において大切なのは勢いだと私は思う。

 頼み事を断る時も、どうしようもないことにやけくそになるのも、友達を作るのも、恋人を作るのも、明日の昼ご飯を決めるのも、全部勢いだ。


 社会という名の荒波を、勢いという制御不能なサーフボードで攻略するのが人生というもの。


 御託はいい、そろそろ時間だ。

 覚悟を決め、サングラスを整える。




『ハロー、死者ども! 元気にやってるかー!』


 ――ウェーイ!! ヒュウ〜!



『そうか、ならちょうどいいな! お前らみたいなゴミ共のために、冥界の歌姫様が降臨してくれたぞ! 黙ってしみじみと噛み締めて脳みそ赤ん坊にしやがれ!!』



 ――ウェーイ!!!




 完璧の仕立て。

 あとは合図を出して観客の注目を一斉に集めるだけ。



「火よ小さく爆ぜろ、〖プチファイヤボム〗!」



 魔法を二発、ステージ横に向けてぶっ放す。

 ガヤガヤとしていた群衆が、その爆発音を聞いて一斉にステージを見た。



 それと同時にステージにしか残していない照明で、ナズナさんが照らし出された。


 ――歌い出された曲調はこの場にあったポップなものだったが、彼女の抜群の歌唱力が聴いている有象無象を圧倒している。


 私の仕事はもう終わり。

 あとは後方古参オタク面をして壁に寄りかかり、それっぽく頷きながら観賞するだけ。



「お主、あの者は七草家の者であろうか?」

「はい?」



 享楽の園に浸っていると、横から声を掛けられた。ちょんまげが特徴的な黒髪のおじさん。

 身なりはそれなりに整っていて、立ち振る舞いからにじみ出る風格が目の前の人の身分をほのめかしている。



「儂は徳川――いや、今はただの、名も無き武士である。知己の友で剣の師匠である男と似ている顔で気になったのだ」


「名字までは知りませんけど、彼女はナズナさんですよ」



 徳川とか聞こえた気もするが、本人は名も無き武士として名乗っているので無視してあげる。

 ナズナさんの名前と七草家という関連性から色々考察できるが、そんなことより、だ。



「あと今は黙って聴きましょう」

「……うむ」




 彼女の歌声はきっと天から見守る神にも届いていることだろう。彼女の真似たドライさんなる人にも届くと素敵だなぁ……。


 漆黒の天蓋の遥か彼方を、音が星となって流れていく。


 ファンタジーらしい演出だ。

 しかし、そんな意味の分からないくらいのことをやらせる異次元の歌だということにもなる。


 これは、私が孤独と戦ったご褒美なのかもしれない。


 本当は彼女を連れてもっと魅力を広めたい。しかし、死者を連れ出す訳にもいかない。だからこそ、世界からの報酬であり、今度はいつ会えるかも分からないゆえの、別れの贈り物でもある。


 私自身が得たものは、満足感と達成感、それと多幸感ぐらいだろう。一見生産性の無い物しかないため、無意味な時間だったという捉え方もあるかもしれない。


 けど、そんなことはない。

 思い出という、人格を形成する大事なものを作ったのだ。誰にもこの時間を無駄だったなんて言わせないし、私自身後悔はしないとキッパリと言いきれる。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 歌の効果なのか、哲学的な方向から宇宙の真理まで思考がスーパーボール並に反射しまくってあらぬ方向に飛んでいってしまった。


 アンコールの声が一つも無かったのは、あまりにも美しい歌声に聴き惚れて呆然と立ち尽くしていたからだ。かく言う私もそうだった。


 武士さんも何故か涙を浮かべて固まっていたので無視してナズナさんたちのもとへ向かった。


 別れの時だ。



「素晴らしい歌でした」


「そうかー、あんたが色々手を尽くしてくれたおかげかもな」



「それはありませんよ。貴方の実力です。これからは胸を張って、冥界の歌姫として更に輝いてください」


「当たり前!」




 ガッツポーズを決めて無邪気に笑うナズナさんと最後に握手を交わして、背を向ける。



「狼さんもよろしくお願いしますね」

「任せロ」


「じゃあなー!」


「はい、お元気で!」



「もう死んでるけどなぁ!」




 ぬるっと別れを済ませ、ひとまず大通りへ向かって屋根上戦法で賢く路地裏を抜け出す。

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