#112 親体験期間最終日

 


「おはっようございます……」


 ファユちゃんが起きないように囁き声でマナさんを起こす。



「んみゃあ? おはようおざいあす、っすぅ?」

「朝です。ご飯行きますよー」


 マナさんはのそのそと布団の中から這い上がり、辺りを見渡して一言。



「どらごんはぁ?」



 まだ寝ぼけているようだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「あう!」

「はーい。口拭きましょうねー」



 ファユちゃんもお腹が空いたのか目を覚ましたので、結局みんなで騒がしい朝食となった。

 シフさんが既に外出していてサイレンさんだけ除け者にするのもどうかと思い、全員が女子部屋に集っているのだ。今は私がお世話係。



「ふむ。……どうやら昨晩のうちに魔物の襲撃の予兆があったようで、冒険者ギルドを中心に対策が進んでいるそうだ」



 朝食もひと段落した後、パナセアさんが新聞から顔を上げてそう言った。


 魔物の襲撃かー。なんやかんや魔物でそれほど怖い思いをしたことが無いから、脅威度がパッとしないなー。



「それって全冒険者に強制される感じのやつなの?」

「いや、どうやら任意らしい。まぁクラン〘大連合〙が頑張っているようだから、この町の戦える異界人のほとんどは集まってるだろうがね」

「どうするっすか? 行くならマナがその子見てるっすけど」



 私に視線が集まる。

 腐ってもリーダーだから、こういう決断も私の裁量。


 しかし、みんないるからという流されたような理由だけでファユちゃんとふれあう最後の日を無駄にするのは違う気がする。



「たぶん大丈夫ですよ。イベントで知り合ったそれなりに強い方もいましたし」



 例の元気な騎士さんである。

 あの人とは一度剣を交わしただけだが、その辺の魔物に負けるなんてことはないだろう。流石に例のスライムは無理だと思うけど。まぁ、あれはポンポン湧くような存在じゃないからね!



「それならひとまず様子見でいいか。いざとなれば最低限自分たちの身を守るすべはあるし、私もミドリくんに賛成かな」

「そうだね!」

「了解っす」



「いうあ!」

「そんなに張り切らなくても、貴方に戦ってもらうことはありませんよー。ちゃんと私たちが守りますから」


「元気なのはいいことだね。……でも、今日が預かるの最終日なんだっけ? どこかみんなで遊びに行く?」



「いいっすねー! また会えるみたいっすけど、その再会まで随分かかりそうっすからね」

「その通りだ。思い出作りといこうじゃないか」

「まぁう」



 やはり小さい子との思い出は大事にしたいからね。みんなノリ気で何より。



「この辺りで遊べる場所ってどこかあります?」

「わかんないっす」

「ボクもあまり散策してないから」

「一箇所、思い当たる場所はある」

「やう?」



 パナセアさんしか知らなかったので、詳細も聞かずに満場一致でそこに決定。準備も何もないので、揃ってそこへ向かうことにした。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 パナセアさんが見つけたと言う、公園に到着した。大きいわけではない普通の公園。思い出作りにはこういう場所がなんやかんや一番相応しいのだ。



「ふう!」

「シーソーっすか? いいっすよー」

「ならば私が相手になりましょう!」


 マナさんがファユちゃんを抱っこしたままシーソーの片側に乗る。そして反対側に私が。



「サイレンくん、我々はあれで勝負といこうか」

「ブランコで勝負!? 面白そうだからやるけどさ!」



 2人は2人で元気にブランコの方へ行ってしまった。楽しむ気満々である。



「さあ、ミドリさん! マナ達二人分の重みを動かせるっすか!」

「ぱあー!」


「ふっ、甘く見られては困ります。私の重さは時には羽のように、時にはブラックホールのようになるのです。いざ、尋常に勝負です!」



 威勢よくシーソーに腰かける。

 その瞬間、真下からとんでもない力が掛かった。



「ぬわっ!?」

「あっはは! 盾役として足腰には自信があるっすよ!」

「ふぁゆ!」



「負けませんよー! そい!」

「ぴゃっ!?」

「あう! えへへへ!」



 びっくりして面白かったのか、ファユちゃんがかわいらしく笑い出した。


 そして、しばしの間、私たちはこの攻防を続けた。しかし、楽しい時間はあっという間。パナセアさんとサイレンさんも途中から合流して、シーソーだけでなくすべり台や謎のお山で遊び倒していると、お昼どきになってしまった。


 胸躍る大冒険でなくとも、こんなありふれた日常だって、全員にとっていい思い出になっただろう。

 またこの町に戻ったらファユちゃんをお借りしてみんなで遊びたいものだ。……その時まで私たちのことを忘れないといいな。




「お昼ご飯どうします?」

「いいこと思いついたっす! 折角っすから――」


 マナさんの提案はなかなか粋なもので、全員乗り気で即決した。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 パサッとレジャーシートの役割を持つ布を敷き、買い揃えたばかりのピクニックセットを広げる。

 町の外まで一望できる景色はいつ見ても素晴らしい。



「題して、外の警備が強化されている隙なら前より簡単に時計塔の屋上に登れるかも作戦っす!」


「まんまですね」

「しかし、不法侵入を以前にもしていたとはね」

「そうそう。何かあったらどうするのさ」

「はゃあ」



 2人でデートに来た時計塔のてっぺん。塔といっても先端は尖っておらず、座るのも余裕な造りなので問題は無い。



「怒られたっす……」

「まあまあ。落っこちるなんてことがあっても、私たちなら空中でキャッチできるからいいじゃないですか」



 本気で怒ってるわけではないだろうが、マナさんがシュンとしてるので一応フォローを入れる。それもそうかと納得したようで、みんな和やかに昼食を始める。




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