###17 混沌

 

 世界が闇になった。いや、もしかしたら光もあったかもしれない。――そんな曖昧なものが、今私たちを呑み込んだであった。



「はぁはぁ……あっぶな」

「ミドリちゃん! 無事だったのね!」


「ええ、ギリギリ間に合いましたよ。……パナセアさんは?」

「……」



 無言で首を横に振るフェアさん。

 やはり対処できなかったか。

 私も色神の力で全身を覆わないとここでは生きていけないから当然だ。フェアさんは何か金色のオーラか何かで代用しているようだ。



「それにしてもどうします? もうハデスさんも消えちゃったみたいですし、何とかなりませんかね? ここから入れる保険とか……」

「何おバカなこと言ってるの。でも実際この混沌を何とかしない限りどうしようも無いからね……」


「よし、でしたらあれ使いますよ。イニミカ総てを砕く我が覇道イデヴル理想を描く剣。合わせ技で混沌という概念を消し飛ばせば……」

「流石にそれは無理ね。ただの概念ならともかく、相手は神格を伴っているもの。神力でも使えなきゃ――神力、使えない?」



「そもそもそれが何か知りません」

「神力は、それこそ闘力や魔力と似たような――っ!」



 作戦会議中に横槍が入った。

 混沌から腕が伸びて、物理的に叩き潰そうとしてきたのだ。フェアさんはそれを光の剣を100個ほど出して切り刻む。


 どうやらのんびり対策を練らしてはくれないようだ。確かにすべて呑み込んだ後に消化しきれないものがあったらそれ用に分泌液とかあるもんね。鬱陶しいったらありゃしない。


 私も虹を纏わせた剣で応戦しながら、フェアさんの金色のオーラを凝視する。

 おそらく、彼女の身を守っているのがその神力なのだろう。名前から察するに、神能を使うにもそれを消費しているはずだ。ただ神能のコスパが良すぎて気付けていないだけで、それは私の体にもあるはず。


 今は常時虹を纏っているから、混沌の攻撃をさばきながら自身の中を探る。


 ――動いてるような気がしないでもない。

 だが、こんな雲を素手で掴むような所業は簡単に出来る気がしない。もう一度フェアさんの神力を凝視する。それはそれは穴が開きそうなほどに。



「……フェアさーん。何かコツとかあります?」

「コツ? コツかは分からないけど、たぶん闘力と魔力を練り混ぜれば神力になると思うよ!」



「それ先に言ってくださいよ!」

「えぇ? ……だって聞かれなかったから知ってるものだと思ったんだもん!」



「なにが“もん!”ですか。貴方自分が何万歳だと思ってるんですか!」

「あー!? 言っちゃいけないこと言った! ミドリちゃんが完全にライン超えした!!」



 なんて神なんだ、まったく。

 まあ知れたのだからヨシとしよう。


 私は自身の闘力と魔力を体内で近寄らせる。

 しかしなかなか混ぜられない。まるで布地の荒い薄いタオルに水を流しているようだ。

 これを垂れることなく浸透させるイメージでやればいいのだろう。難しすぎやしないかって?


「なんの〜!! これくらいできずにマナさんを迎えに行けるわけがない! 繊細な作業上等!」



 フェアさんに目配せして、少しだけ混沌から私の分まで守るようにお願いした。こちとら神とその寵愛を貰った天使なのだ、世界線が違う程度で意志を通わせられなくなるはずもない。


 私は自身の体内のエネルギーに集中する。



 赤く熱が発せられるような闘力を受け皿に、青く水のような魔力を1滴ずつ注ぐ。慎重にこぼれないようにじっくり浸透させてその特徴とやり方を体に刻み込んでいく――


『条件を満たしました』

『レアスキル:【神力操作】を獲得しました』



 ――つかんだ。




「『光は集い、闇は巣食い、焔は焚べられる。そこには希望も絶望も無く、目的も未来も見い出せず。数多の救いを切り捨て、終焉を迎える道を歩む』【総てを砕く我が覇道イニグ・ミカエラ】」


 灰色に剣が鈍く輝く。


「【理想を描く剣イデアヴルツァ】」



 私が斬るのは混沌。

 最強の攻撃スキル二つと神に対する超特効を持つ虹、そして莫大な神力。

 世界を呑み込んだ混沌に対して、世界すら両断できそうな私の斬撃が挑むのだ。




 ――途方もない混沌に無謀ながらも希望の光が伸びていく。



 刹那、世界が砕けた。


「……混沌をどうにかできたのはいいんですけどこれで良かったんですかね?」


「ここから何とかするのが最後の神である私の役目だからね。『母なる大地の雫よ、今こそ染み渡れ』【神器解放:地母創雫ガイアントレット】」


「…………それって暴食が使っていた大地の神の? 冥神と戦う時は聖神とかの神器使ってましたよね」


「だから細かいことはそっちの私のネタばらしを待ってってば。――それにしてもどうしよう」


 フェアさんは元通りの世界の地盤だけ創って頭を悩ませている。

 まだ他の自然と生物は存在していない。


「これ以上はどうにもできないんですか?」


「いや、生神のを拝借……んーん。できるはできるけど、元通りではなくて輪廻を順に巡った生物からだから、世界は一からになっちゃうなって」



「それは……」



 もったいないと言おうとして考え直した。

 私はあくまでこことは違う世界の住民だ。それは唯一残された彼女が決めることだと思う。



「そういえばミドリちゃんは別の世界線から来たって言ってたけど時間の神、来てるかしら?」


「まあ見てるとは思いますよ。おーい腹立つ時間神さーん!」


 私が大声で呼びかけると、目の前にポワワーンと効果音を出しながら時間の裂け目らしきものが生じた。そこから満を持してヘルメットで顔を隠した胡散臭い神が手を振りながら出てきた。



「やぁやぁ、やっはー。聞き耳は立ててたから言わせてもらうと、残念ながら身を呈してまで世界の再生はやらないから」


「ケチ……いや、身を呈してってことはそういう事ですか。なら何も言えませんね」

「そうね、一からまたやっていこうかしら。というかどういう状況よ?」



「はいはい、そこの目ざとい女神さんは黙っててもろて。正体は自分で明かさせて欲しいからさ」

「?」

「ま、そうでしょうね」



 時間神が意味深なことを言っているが、私の結構身近な人なのだろうか。そんなことを考えていると、時間の裂け目っぽいところを指差して時間神は言った。



「さ、そろそろ行こう」


「そうですか? もう少しひとりぼっちのフェアさんと一緒にいてあげてもよかったですけど」

「何言ってるの。貴方は本筋、こことは違って失ったら全てが終わりな世界の存在よ。こんな木っ端世界にうつつを抜かすんじゃありません」


 ……フェアさんに説教をされるとはね。

 寂しいだろうに、ホント強がりな神だ。

 最後くらい笑って別れよう。

 ゆっくりと近付き、彼女を抱きしめた。


「ありがとうごさいました――これは手伝った私ではなく、もうここには居ない貴方に守られ、救われた人達の言葉ですよ。無責任かもしれませんが、頑張ってください」

「……ぅ。こっちこそ、ありがとう!」



 涙を溜めながらも笑顔を浮かべる彼女にしっかりと人の温もりを教えてから、私は時間神の案内についていった。帰ってマナさんの件も済ませたらまたキャシーさんに会いに行こうとも思いながら。


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