###18 時間の神の正体

 

 時空の狭間らしき場所。

 私は時間神の後ろを足場の無い場所を歩いてついていく。


「それで、どうして冥界はあんな感じになったんですか? 私のとこの世界線とどんな違いが?」

「冥界に歌姫がいるかどうか、歌姫ナズナ歌声は冥神の心を魅了し――ガチオタクに堕としたってところかな」


 あの仏教面の神が、ねぇ。

 世の中分からないものだなー。

 うん、もう考えるのやめようっと。



「それはともなく、あなたが結果的にはちゃんと強くなってこれたようでよかったよ」

「そうですね。で、正体教えてくれる約束でしたよね?」


 結構焦らされていたので気になってこちらからその話題に踏み込んだ。



「――そうだったね。いえ、



 時間神は自身のヘルメットに手をかける。

 そしてゆっくりとそれを外した。



 ――透き通るような緑色の髪。

 ――万人の目を奪う繊細な瞳。

 ――顔の造りもパーツに負けず劣らずの美少女さ。



「この美少女……まさか私!?」


「我ながら自画自賛がすごい。さすが私」



 目の前の時間神は私と瓜二つ、肉声も私のものと同じであった。どうやら別の世界線の私が時間神だったらしい。散々胡散臭いとか言ってしまったが、相手が自分だからよしとしよう。




「今回の行った世界のことも含めて一から説明してもらえますよね? 貴方は私なんですから」


「もちろん」



 目の前の彼女があまりにも今の私と性質が異なっているように思えたため敬語を崩さない私に、時間神は昔話でもするかのように話し始めた。


「むかしむかし……大して昔ではないけど昔、自由の翼を手にした異界の天使はひたすらに、がむしゃからにその世界を謳歌していました。しかし、自由に満ちた冒険の日々は天に君臨していた者に壊されました」


そっち別世界線のソフィ・アンシルですか」



「そう、少なくともこの世界よりもずっと早く世界は滅んでいたのです。しかし、その天使は時間を司る神格を手にしました。当然その力で巻き戻したのですが、その度に彼女ソフィさんは世界を終わらせたのです」



 そう言う時間神の瞳は遠い彼方を向いていた。

 絶望や悲壮感というよりやるせなさが感じられる。先程の壊れた世界では身を呈して云々言っていたことから、ああやって完全に滅ぶ前の巻き戻しを幾度となくやっていたのだろう。



「だから、天使……いえ、神になった私はソフィさんを何とかするために別の世界へ宛もなく赴くことにしたのです。そして何個かの世界の終焉を指をくわえて眺めていた頃に、時間の歪みを察知したのです」


「そんなものまで分かるんですねー」



「貴方の世界のフェアイニグさんから聞いたけど、【不退転の覚悟】は別世界線の未来からステータスと記憶を流入させるスキルみたいだからそれのせいみたい」


「なるほど……」



 昔話風の口調をやめた時間神は、私と異なる色の瞳で私をとらえた。



「だから“お、ここがの世界かー”と覗いたときはびっくりしたんだ。私の世界ではサイレンさんもパナセアさんもコガネさんも居たけど――マナなんて子は知らなかったから。その子のために“理外の存在”という立場を使って、【不退転の覚悟】を早期習得するなんて抜け道があるなんて……」



「ちょ、マナさんを知らない? それに早期習得?」


 もしかしたらマナさんが仲間になっていなかったから、彼女の記憶が戻らないままソフィ・アンシルにしてやられたということなのだろうか。

 それに、早期習得と言うくらいなら本来なら別の条件が必要なのだろうか。



「何を考えているか、自分のことだからよく分かる。マナ……マナンティアという少女と仲間にならなかったからソフィさんに負けたのはここの世界を見ていたら納得がいった。早期習得っていうのは貴方の世界のフェアイニグさんから聞いた話。単純にレベルが足りないみたい」



 いつぞや私が戦った前任者であり先輩でもある英雄はレベルが200に上がった段階で【不退転の覚悟】を使えるようになった、と付け足した。


 正式に色神になる条件の200と同じだし、その数字には何か意味があるのかと疑問を抱いているのを知ってか知らずか、時間神は本題に戻った。


「――あんまり猶予は無いみたい。あとは見て知ってもらおっかな。【記録共有】」



 目の前の彼女が何かのスキルを使うと、私に断片的な記憶が流れてきた。【不退転の覚悟】を使ったときと同じ感覚である。


 ――どうやら彼女はソフィ・アンシルを“時間迷路楼”とかいう神殿に閉じ込めて魔大陸以降私たちに介入できないように時間を稼いでいたようだ。そして、自身の世界線に帰ることした彼女は私を仕上げがてら鍛え、その間の時間稼ぎをジェニーさんにしてもらっていたのも見えた。

 あと大事な情報として、“理外の存在”の情報も流れてきた。フワッとした概念ではあるが時間神と同じ個体の別世界線の者というのが該当するらしい。ただの称号だと思っていたが、私の性質に寄与するものだということ。

 ……よく分からないということが分かったね。


 最後に、ついさっきジェニーさんを帰して、ソフィ・アンシルと何かを話していたのが一瞬見えた。




「……どんな交渉をしたんですか」


「ああ、ソフィさんと? 未練を解消させた代わりに、貴方たちに余計なちょっかいはかけずに真っ向勝負で受けてもらう約束をね」



「そんな口約束をあの人が守る保証なんて……」


「ある。その約束を破ることは彼女にとって大切な記憶に裏切ることになる。今の彼女は非道で残虐ではあるけど――過去の仲間を貶めることは絶対にしないよ」



 ソフィ・アンシルの過去はほんの少しだけ知っている。なんせ一度過去に行ったことがあるから。確かにあのような雰囲気の珍道中を歩んでいたら仲間に対する情は厚くなってもおかしくない。

 彼彼女らに対する義理なら時間神の言った通り守ると確信しているのも頷ける。


 ひとまずマナさんの封印を解かせるための下地が整ったのはありがたい話だ。




「さ、外は大変なことになっているからそろそろお話は終わり。私も私で自分の世界線に戻るからね」


「色々とお世話になりましたね。まあ実質私がやったことですしお礼は言いませんよ」



「何そのふてぶてしい論理!? 同じ私とは思えないんだけど!?」



「まあ傲慢を司る先生を持ちましたからね。本質が一緒でも差異はありますよ。じゃあ、いっちょ世界救ってくるのでここから出してくださいよ」



「釈然としない……ほいっ。これでいいでしょ?」


 頬を膨れさせる時間神は指を鳴らして裂け目を作ってくれた。私はすぐにその中に身を投じた。

 言葉にはせずとも、軽く会釈で感謝を示して。





「――大丈夫。貴方ならきっとソフィすら救ってみせる。これは餞別にあげる」



 去り際に時間神が何かつぶやいていたが聞き取れなかった。ミドリの衣装が上書きされ、神秘的でかつ荘厳なドレスになった。




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