#6 【AWO】報告してのんびりします【ミドリ】

 

 夕食を済ませて再びログイン。宿のベッドは固めだけど、現代の基準だから贅沢だろうから仕方ないか。



「お風呂入りたいなー」



 仕様なのか、今のところお風呂に入らなくても匂いは消えるらしい。必要性は無くても気分的に入りたい。



 階段を降りる。名前も知らない宿屋の子に挨拶しなければ。



「すみませーん」


「はーい! あ、どうかしましたか?」



 ひょっこりと顔を出していてあざとい。



「少し出ます。帰りはどうすればいいでしょう?」


「えーと、戸締りはしているので玄関の呼び鈴を鳴らしてくれれば起きて開けますよ」



 それは凄く申し訳ない。



「できるだけ早く帰りますね」


「ごゆっくりしてきてください!」



 宿屋から出て大通りを歩く。少し歩いたから、そろそろ配信つけるようかねー。


 メニューを開いて配信開始のお知らせをしてから、開始ボタンを押す。



 サムネイルはログアウトする前に取っておいた、兎の丸焼きの写真スクリーンショットだ。



「こんばんはー」




[芋けんぴ::きちゃ]

[壁::きちゃ!]

[燻製肉::きちゃ]

[カレン::きちゃあああ!]

[味噌煮込みうどん::きちゃ]

[隠された靴下::こんばんは〜]

[枝豆::きちゃ]

[エアコンフィルター::きちゃ]

[階段::こんばんは]

[ヒマワリ::こんばんは〜]

[唐揚げ::こんばんは]

[紅の園::こん〜]




 ちゃんと聞こえてるみたい。そうだ、市場を歩いてて思い出した。



「ここのお金の価値って現実とどれくらい違います?」




[居酒屋::サムネの飯テロなに…?]

[フツテトヌ::初見です]

[スクープ::現実と同じくらいで考えて大丈夫です]

[ロウ::たしかに]




「なるほど」



 地域による物価の変動はあるかもしれないけど、それほど気にしなくて良さげかな。



「ぶどうが多いですね」


「ピリースの特産品だからねぇ」


「そうなんですね」


 独り言のつもりだったが、親切な主婦の方が教えてくれる。ピリースは確か、種族:人間の初期リス地点でもあったはず。てことは現実でいう所のヨーロッパ辺りかな。




 そんなこんなで物見遊山をしていると、冒険者ギルドが見える。ギルドに入ると、中はかなりの人が居た。



「うわ」



 受付と報告で窓口が分かれているが、報告の窓口で行列ができている。狩ってきた獲物を背負っている人や、ストレージから取り出す人がいる。


 夕方だしそういうものなんたろう。大変そうだなー、と考えていると、受付の列が進む。


 受付には依頼の人達が来ている。

 明らかに荒っぽくない商人のような人がいるから分かった。



「あ、ミドリさん」


「どうも。お昼の続きですが……」


「奥に来てくれませんか?」


「分かりました」





 連行された先は今朝と同じ部屋。ソファに老年の夫婦と、その向かい側に、顎髭あごひげを伸ばした男が座っている。片目に古傷のようなものがあり、気難しそう。



「ティミは職務に戻りなさい」


「はい」



 受付嬢さんはティミというのか。一応覚えておこう。


「君はここに」



 男の横に座るように促される。声のしわがれ具合から男の歳は4、50ぐらいだろう。



「……」



 高圧的な言い方が気に入らないので、無言で少し距離を取って座る。きっと今の私は眉間に皺を寄せているだろう。いやいやアピール全開でやってるから当たり前だ。



「このご夫婦はオックスの親御さんだ」



「父のシェルクと、」

「母のセルバです」


「初めてまして。ミドリです」



 息ぴったりな二人に軽くお辞儀をしてから、握手を求められたので握手を交わす。



「それで――」


「あの」



 男の言葉をさえぎる。



「貴方はどちら様ですか?」



 ずっと気になっていたことを尋ねる。



「ああ、はじめましてだったな。ここのギルドマスターをやってる、フーだ」



 ギルドマスター、文字面的にここのトップの人だろうか。道理で偉そうにしてる訳だ。



 でも、

「礼儀がなってませんね。私たち冒険者は貴方の部下ではありませんよ。貴方の部下は職員の方でしょう?」



 冒険者がギルドマスターの下につくなんてことは登録の際に書いてなかった。偉そうな態度が気に食わない。



「そうだな。申し訳ない」



 フーが深々と頭を下げる。


 あれ? この人、無愛想なだけで普通にいい人なのでは?



「ゴホンッ、それで何用で私はここに呼ばれたのでしょう?」



 露骨な咳払いで無理矢理話を戻す。



「オックスの死に様を直接聞きたいと思ったのです」

「あの子はどういう風に死んだのですか?」



 前のめりに問い詰める夫婦。きっと息子のかっこいい死に様を当人から聞きたかったのだろう。



 私にとっては大事な人でなくとも、誰かにとっては大事でかけがえのない人なんだ。


 目の前の二人を見て、ようやく実感する。


 “死”とはそれほど重いものなんだ。プレイヤーはきっと軽率な死でそれを忘れそうになるんだろう。一回しか死んでない私さえ過去のこととしてあっさり受け流してしまっている。


 プレイヤー以外、ここで生きている人達の命は一回きりの大切な大切なものなんだ。



「はあ」


「どうした?」


「いえ、なんでも」



 ここは現実と違って、人が簡単に死ぬ。

 それはプレイヤーに限ったことではない。



 守りたい、護りたい。


 助けたい、救いたい。






『種族:見習い天使の現世理解度が上がりました』『スキル:【天眼】を獲得しました』



「て、天使!?」

「天使様!」「ああ、息子は天使様に看取られたのか……なんて幸運なんだ……」



「え?」



 出した覚えのない羽が出ている。机にあったスプーンで反射して見えるのは、私の目。通常の時と違い、白金色に輝いている。



 羽、消えて! 目も元に戻って!



「よし」



 両方とも消えて元通りだ。


 うん、何もよしじゃないね。バッチリ見られちゃった。別に隠してるわけでもないけど、目立って変な人に絡まれないといいなー、って感じだし。




 未だ唖然としているギルドマスターを放っておき、話を進める。


 ここで本当のことを言ってもいいが、そんな野暮はしない。優しい嘘だってあるんだ。



「オックスさんとは短い間柄でしたが、気遣いの出来て、優しくも強い人でした」



 無言で耳を傾けているので続ける。



「彼は、とてつもなく強力な敵に立ち向かいましたが、最後は私を庇って亡くなってしまいました……」


「まあ! 天使様を守って死ぬなんて、立派じゃない! あの子も強くなったのね、あなた♪」

「ああ、いい男に育ちやがって……」



 しんみりとしないわけではないが、それでも笑顔は守れた。残酷な現実で傷つけるぐらいなら、私は嘘で少しでも幸せにする。



「そうだ、何とか回収できた、彼の剣があるんです」



 ストレージから取り出して机に置く。



「重いのでよければ家まで運びますよ」



 受け取ると思ったが、二人は顔を見合せ、微笑む。



「天使様はこの武器を使えますか?」


「ええ。一応同じ種類の武器を使っているので」



 初心者の大剣はぶん投げて無くなったけど。彼の武器の凄さを披露しろってことだろうか。



「なら使ってあげてください。土に埋もれさせるより、天使様の武器となった方が、剣もあの子も喜ぶはずです」



 え?



「ですが……」

「お願いします」



 利用したみたいで嫌だが、断れる雰囲気でもない。



「分かりました。でも、彼の仇を取ったら墓に立てましょう。いいですね?」



「お願いします」「頼みます」




 意図せずあのキメラを倒さなければいけない理由が増えた。


 大剣をストレージに仕舞い、立ち上がる。



「ギルドマスターさん、今朝の依頼の報酬は明日で構いません」



 そう言い残して立ち去る。



 ロビーに戻り、ボードから薬草採取の依頼書を剥がす。

 新たに貼られるのは明日らしいから、剥がしたのは今日の残った人気の無い依頼だ。



「これ行ってきます」


「え、ちょっ」


「報告は明日の朝にまとめてするので」



 おそらく森の周辺に近づかないよう注意したかったんだろうが、聞くつもりはない。

 聞いたら破ったことになるが、聞いてないので問題無くなるからだ。



「行きましょう」




[セナ::怒涛の展開でついていけない]

[芋けんぴ::ま、まさか…]

[壁::察した]

[カレン::優しくて泣いてる]

[紅の園::エモい]

[ベルルル::夕焼けを背にしててかっこいい]

[味噌煮込みうどん::大丈夫?]




 東門から出て、南の森へ。



 油断なく、慎重な足取りで進む。




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