###20 イサムモノ&幻雷獣神

 


『「可能性」をステータスに反映します』

『「イサムモノ」の可能性の反映に成功しました』



 記憶が入ってくる。

 届かなかった私の代わりに勇者が世界を救った。

 しかし、勇者はそこですべてを使い果たした。

 彼女の振るっていた聖剣が落ちていた。地面に落ちていたそれを、私は拾った。その資格など当然なく、聖剣は輝きを取り戻すことなく、ナマクラのままであった――




 ########

 プレイヤーネーム:ミドリ

 種族:熾天使

 職業:偽りの勇者

 レベル:256

 状態:良好

 特性:偽善

 HP:51200/51200

 MP:128000/128000


 称号:異界人初の天使・運命の掌握者・理外の存在・格上殺し・魅入られし者・喪った者・旧魔神の親友・敗北を拒む者・元G狂信者・対面者・色の飼い主・復讐者・神殺し・空間干渉者・時をかける者・破壊壊し・真理の探究者・天賦の才・到達者・メデテー乱獲者・巨人殺し・聖剣の担い手・孤高の英雄


 スキル

 U:職業神(?)の寵愛・自己研鑽・不朽の身


 R:天運・天眼・天使の追悼・祀りの花弁(不撓不屈)・水中活動・闘力操作・魔力操作・神力操作


 N:体捌き10・無酸素耐性8・苦痛耐性10・釣り作業10・打撃耐性10・斬撃耐性8・最大MP上昇10・継続戦闘9



 職業スキル:限界突破・勇猛果敢



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 スキル

【自己研鑽】ランク:ユニーク

 信じられるのは己の肉体、仮初の技能に意味などない。自身のあらゆるアクティブ系スキルが削除され、以後習得できなくなる。(職業スキルは除く)

 スキルレベルが上がりやすくなる。



 スキル

【不朽の身】ランク:ユニーク

 状態異常無効。世界スキルの効果を受けない。



 スキル

【限界突破】ランク:レア

 全パラメータを2倍にする。重ねがけ可能。

 代償として痛覚設定を無視した激痛が走る。耐性スキルは適用されない。


 スキル

【勇猛果敢】ランク:レア

 自身より高レベルの相手との戦闘時に発動可能。

 全パラメータを1.5倍にする。

 効果時間:30秒

 CT:3時間

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 ……苦行か?

 これ、むしろ弱体化してない?

 まあいいや、なっちゃったものは仕方ない。


「【限界突破】!」



 痛い。

 もとから痛覚設定はマックスだから慣れてはいるが、痛みの強さとしてはお腹にナイフでも突き刺したようなものだ。重ねがけ可能とはあるが、あまり進んでやりたいものでもない。



「『轟く雷鳴の脈動。新たな神話の断片を以て、希望も絶望をも絶やす雷が明滅す』【神器解放:裏崩怨雷霆ケラウノスクローバ・リバース】」


 コガネさんも神器を使って雷そのものになった。

 置いていかれないように、私も上げられるとこまで上げよう。



「【限界突破】【限界突破】【限界突破】【限界突破】【限界突破】ァ!!」



 バフは計2の6乗倍。

 痛みは継続するタイプだから、これ以上やると私でも途中で吐きかねない。



 〈盛り上がってきたねー。いいよ、ボクも今出せる本気で相手しようか。あ、言い忘れてた。ボクはナイアルラトホテップ。イスタシャの姿に化けてるけど……ま、この愛嬌ある姿もなかなか気に入ってるよ〉




 ゴタゴタと興味のない話を長々と。

 私は有り余る身体能力をもって一瞬で接敵。

 同時にコガネさんも敵の背後に回り込んだ。



「【勇猛果敢】、はああああぁ!!」

「【黒爪】」



 挟み撃ちのまま斬撃と爪撃が命中した。

 ――はずだった。


 〈残ねーん。姿を変えられるボクにそんなの効くわけないじゃん〉


 嘲笑とともに不定形の黒い物質が棘のような形を作ってせわしなく迫る。私たちは少しずつ距離をとりながらそれらを弾いていく。



 ――色の神能は今の“イサムモノ”では使えない。かといってここでもりもりのバフが途絶えたら感覚が狂って串刺しの刑まっしぐらだろう。



「ミドリはん!」


 頼もしい味方の声が響く。


「前と同じや! うちが何とかするさかい、最高火力を叩き込んでおくんなまし!」


「――了解です!」



 そうと決まればやることはひとつしかない。

 私は歯を食いしばって、【限界突破】を重ねがけしていく。スキル名の通り、私自身も限界突破して苦痛を受け入れよう。



 ◇ ◇ ◇ ◇


 ミドリが剣を地面に突き立てて、瞑目したまま纏う光をどんどん強めているのを横目に、コガネは集中力を高めた。



「【幻雷世界】」


 変化した世界スキルを用いて、雷が迸る泡沫の世界を築き上げた。黒い物質が雷に変換されて黒猫を貫く。何度も何度も。


 〈だから効かないって――っ! 抵抗レジストできるのは普通の幻術だけってことね。面白い〉


 コガネの幻術は圧倒的格上には効き目がなかった。しかし、この新たなに生じた雷は幻術を直接叩き込み、強力な抵抗力を無視して必ず惑わすものであったのだ。



「【白爪】」

 〈【這いよる混沌】、【千貌の眼差し】〉



 コガネの攻撃を姿を変えることで躱し、千のまなこが彼女を射抜いた。

 あらゆる状態異常を食らう。しかし、それすら彼女の世界を欺く幻術、幻影でなかったことになるのだ。


「【幻影・万全】」



 耐えきった。

 正確に言うならすべての攻撃を無かったことにしてやりすごした。


 そして彼女は雷となって敵に巻きついた。

 あいても流体、逃れるのは簡単だが的にそんなことはしないのは彼女も分かっていた。


 コガネは幻術で触ることもできない案山子をミドリの真正面に配置した。



「【幻尾収束】【幻現指定アウェイキングオーダー】【幻影・魂替】」


 九つの尾が一つとなる。


 〈なるほど、そうするわけか〉



 不定形の邪神が幻となって、案山子が現実のものとなる。そして幻術で邪神の魂が案山子に宿った。幾度も幻雷を当て、存在を幻にしたことによって本来失敗しやすい魂の差し替えに成功したのだ。

 コガネは未だ瞑目しているミドリに視線を向けた。



 ◇ ◇ ◇ ◇




 時折雷の降る音が聞こえる。

 しかし、私にとっては些細なことだ。

 何せ全身串刺しにされながらグリグリされているようか痛みを耐えながら、自分で更なる痛みを追加しているのだ。

 バフが重なる度、スキル名を告げるまでに時間がかかってしまう。



「……とっ…………ぱ】」




 これで18回目。重ねる度に指数関数的に痛みも増えるため、これでも頑張ってる方だ。冷静な思考ができる【不撓不屈】が無ければ今頃発狂するなり悶絶するなりしていたと思う。


 しかし、これで単純計算2の18乗――だいたい26万倍くらいかな。念の為と思って重ね続けたが果たして意味はあるのか、いまさらながら疑問が湧いてきた。


 ――いや、もしここで仕留め損なったら大変なことになるのだ。確実に、微かな生存の可能性を潰すためにやれることはやっておこう。

 やらない後悔よりって言うし。


 激痛の嵐に身を投じながら、少しでもポジティブに考えてその時を待つ。





 …………少しした後、視線を感じた。

 ゆっくりと目を開く。前方に案山子がひとつ。

 言われなくともコガネさんが何を望んでいるか見てとれた。





 一閃。





 神力を纏わせただけのただの攻撃だ。しかし、パラメータはとんでもないことになっているようで、誰にも知覚できない速度で駆け抜け、防がれる予兆も感じないまま案山子を神殿ごと斬った。




【不退転の覚悟】の効果が切れた。

 倒せたのだろうか。痛みは消えたはずなのに、その場で倒れ込んだ。





「ミドリはん! 今幻術で……っく!?」


 近寄ってきたコガネさんの腹部に黒い剣が突き刺さった。膝をつく彼女に足音が近付く。私は絶賛倒れているため後方を振り向いて確認できない。



 〈責任と覚悟、見せてもらったよ。念の為と分身を切り離しておいて正解だった〉



 保険を残していたのか。こうなれば賭けに出るしかないか。最後の手段と考えておいて正解だった。

 私は未だ痙攣する体を横たわらせたまま、ストレージからコインを取り出した。



「邪神ナイアルラトホテップ、私と賭けで勝負しませんか」

 〈ふぅん?〉



「このコインが表だったら貴方はこれ以上何もせず立ち去り、異界人とこっちの人達に手を出さないこと」

 〈裏だったら?〉


「世界を滅ぼしていいですよ。私は止めません」

 〈…………ッハ! ハハハハッ!! ホント君最ッ高! ボクがそれに乗ると分かっててその条件にするんだ? 最高に馬鹿で愚かで、面白い〉



 痺れなら少しすれば治るし、また戦えばいいのかもしれない。しかし、その度に分身を作られていたりしたらキリがない。

 だから、さっさと終わらせたい。

 というか今日はあっちの世界線からずっと連戦してて疲れた。最後くらいコイントスに祈ってもバチは当たるまい。



「OKってことでいいんですね?」

 〈もちろん。その体でコイントスできる?〉


「それくらいはできますよ」



 寝そべった状態でコインを指に乗せる。



「――ギャンブル」



 スキルを発動せずにコイントスをした。

 コイントスする時はこれを言うというお約束が私にはあるのだ。雰囲気って大事。それによって引きが良くなることもあるかもしれないし。



 コインは空中でまっすぐ回転する。

 小細工なんてしていない、【天運】も発動させていない。それをすると相手に逃げ道を作ってしまうからだ。シンプルな運だけで勝負に挑まなければいないのである。



「――」

 〈どうなるかなぁ?〉



 コインが床でワンバウンド。

 床に縦向き接したまま回転は続く。


 2分の1、フェアな確率だ。

 だからこそ邪神に言ってやりたい。

 ――豪運の持ち主が持ちかけた勝負は最初からフェアではないと。



 コインが床についた。

 結果は――――



「私の勝ちです」

 〈負けたかー〉


 あっさりと、世界の行く末はコインで決まった。

 邪神は残念そうに、しかし楽しそうに私の正面に猫の姿で現れた。



 〈なかなか面白い余興だったよ。ボクは本来の目的の方に戻るとするよ。じゃ、またね〉


「そうですか。貴方の人間性はともかく、律儀さは結構好きですよ私」




 〈そりゃあよかった。両思いってわけかな?〉


「そちらは好奇心、こちらは貴方のゴミクズ具合の割にはまだ見れるってだけですけどね」




 手厳しい、と言い残して、邪神ナイアルラトホテップは溶けるように消えていった。

 なんだかまたどこかで再会しそうな予感がする。



 空は晴れ、黒い神殿が消えていく。

 私とコガネさんはそのまま空中に放り出され――落下死した。





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