#22 炎の中

 



 王都近辺に着くと、人が外へ流れ出ていた。火の手はまだ真ん中辺りなのだろう。




「あっ!」




 マナさんが、人混みを掻き分けて逆流して行ってしまった。おかげで見失ってしまった。



「【飛翔】」



 本気で、何としても連れ戻さなければ。

 翼と光輪を出す。



「貴方はどうしますか?」



 急いでサイレンさんに確認を取る。一人ぐらいなら抱えて行ける。




「ぼくは…………いいや。足手まといになるから」



 私にはこの人のことが理解できない。そんなことを聞いている訳では無いのに。



「質問を変えます。どうしたいですか?」



「そりゃあ、手伝えるなら手伝いたい。でも、ぼくは弱いから――――」




「……」


「い゛だっ!?」



 かなり強めのデコピンお見舞いする。



「私たちはプレイヤーです。死んでも復活できます。でも、マナさんは違う。助けたいのでしょう? 友達なんですから」


「まあ……」



「なら連れて行きます。そんなに自信が無いなら、いざという時に私をかばってください」


「え!?」


「行きますよ!」



 問答無用。

 片手で抱え、飛び立つ。



 中は炎で見通せない。一旦火の手が迫っていなくて、人も少ない所に降りる。



「二手に分かれて探しますよ」


「あ、うん」



「可能なら、他の人も助けましょう」


「……だね!」




 気合いが入り直したようで、何より。



 サイレンさんは西側を、私は東側を走る。



 人を、火を避け、孤児院の方へ進む。




「はあ……」



 路地裏に入っていく人影が映る。

 フードを深く被った少女だ。


 飛んで先回りし、進路に立ち塞がる。




「どこへ行くんですか」



「っ! あなたには関係な――」


「死に行く人を見過ごせと?」



「だって! ジョンが!」



「もう逃げたのでは?」



「逃げてないんです! スキルで確認したんです!」




 なるほど。そういうのもあるのね。




「その人の家までなら送ります」


「っ! お願い!」



 少女を抱え、再び飛ぶ。



「あそこ! 水の雨よ、〖ウォーターレイン〗」




 少女が使った魔法か魔術が、指し示した場所の火を消す。

 そこ目掛けて降下。



「ジョン! どこ!」




 慌ただしく探す少女を尻目に、周りを見渡す。



「ここは……」



 一度通った覚えがある。貴族っぽい子と平民が逢瀬をしていた場所だ。つまり、そういうことなんだろう。


 辺りの火の勢いからして、無事では済まない。




「ジョン! う、うそよ…………」



 これなら、連れて来ないほうが幸せだったのかもしれない。



 後悔しながら、火の手が迫っているのを確認し、泣いている少女に話しかける。




「そろそろ行きますよ」


「いっそ、ここで……」




 その後に入るのは、死のうとかだろう。

 この焼死体の少年とどういう関係かは推測の域を出ないが、後追い自殺なんて物語ではよく聞く話だ。




「そんなこと、その子が望んでいるとでも?」



「…………早く会いたがっているはずよ」




「一つだけ聞かせてください。その子は貴方の何ですか?」


「………………恋人」



「はぁ……」



 思わずため息が出てしまった。




「それなら、残された貴方が死ぬのはおかしいです。そんなことを望むのは、嫌いな人だけですよ」


「だって……」





「生きて、幸せに過ごすのがとむらいになるはずです。生き抜いた先で死んでも、あの世でいい土産話になりますよ」



「ッ!!」



「その子の分まで、強く、幸せに生きなさい」



「……グスッ……わかった…………うぅ……わああぁぁ――――」



 少女が、焼死体を前に涙をこぼす。



「安らかに」


 泣いてる姿を見ないように背を向け、祈りを捧げる。


 しばらく泣き声が響いていたが、泣き終わって静かになる。ただ、火の壁が近づいている。




「行きま――っ!? 【飛翔】!」




 二つの赤い線が、火の中から少女目掛けて通っているのを見る。急いで少女を抱き、その場から離脱。



 飛ぶと、何が起きたのか理解できた。

 2匹のキメラが、あそこに火のブレスを吐いたのだ。



 飛びうブレスを避けながら、近くの東門へ飛ぶ。



 屋根をつたって追いかけてくるキメラを、視界に収めながら、右へ左へ。



「くっ……!」



 東門の近くにキメラが待ち構えている。迂回しつつ、撒きやすいように低空飛行。

 既に門の場所はここから見えてる。こんな局面で迷うことは無い。


「――っ! 縮こまってください!」


「う、うん」


 縮こまった少女をしっかり抱きかかえ、丸まった状態で不時着する。丸まったおかげで衝撃をいなして大きな怪我は無い。


 少女も無事だ。



 追いつかれていないうちに、逃げ――――





「奇遇じゃのー」



「貴方は……! すみません、この子を外へ連れて行ってください。キメラが来ているんです」




 いつぞやのご老人だ。確か、リスポーン地点や冒険者ギルドの場所を教えてくれたかた



「おやおや、それは大変じゃ。こちらへ」




 少女がご老人の方へ歩み出した瞬間、ご老人の斜め後方の路地裏から、一人、姿を現した。





「エディ、遅いぞ」



 現れたのは、私の知っている人だった。




「ギルドマスターさん?」




 最初の町、ピリースでお世話になったフーさんだ。


 今のセリフ、まさか……。




「こっちへ!」



「え?」



 少女に、赤い線が通る。

 それと同時にご老人の手からナイフが放たれる。



 この距離、間に合わない……!




「あ」




 少女が掠れた声を出した。

 胸の当たりに、ナイフが――

















 ――――キンッ!




 硬質な音と共にナイフを横から弾いたのは、修道服を身にまとった人。




 その手には、安上がりな、でもガッシリとした盾が。





「マナさん!」


「お待たせしたっす! おまけも連れてきたっすよ!」





 後方で凄まじい音が響く。



 キメラが建物を壊して、吹き飛んできたのだ。

 炎の中から現れたのは、同じく修道服を着たブランさんであった。



 懐から取り出したパイプに、近くの燃えてる民家の火を使う。




「ふぅぅ……誰がおまけだい。まあ、丁度いい。馬鹿弟子も居るしねぇ」



「し、師匠……」




 この反応、どうやらフーさんはブランさんの弟子のようだ。



「【鉄拳】」

「くっ! 【鉄拳】!」



 ブランさんとフーさんの拳がぶつかり合う。



「ぐぬぁ!?」


「同じ土俵で勝てるわけないだろうが」




 結果、ブランさんが押し勝って吹き飛ばす。

 現在進行形でタバコを吸っているのに、強い。


 さて、私も戦わなければ。




「全く……間の悪いやつじゃ。どうじゃ? 大人しくその子を差し出せば、危害までは加えないんだがのー?」



「却下です。どんな理由であろうと、渡しません」



「ホッホッホッ! 犠牲の上に成り立つと言っておった者の言う言葉かのー?」



「……」




 その通りかもしれない。でも、立場や状況が変われば意見も変わってくる。



「違う答えを言っていれば、こんなことにはならなかったんですか?」



「少なくとも、儂はこのようなことはしなかったかもしれぬのー」




 他の仲間はしていた、と。




「完璧な存在になるために、こんなことをしているんですか?」



「そうじゃ。キメラという抜け道も考えておるが、なかなか素材が難しいんじゃよ」



「なら、キメラを作ったのは……!」




「儂じゃよ」





「【パワースラッシュ】」




 ストレージから大剣を取り出し、即座に攻撃。

 紙一重でかわされる。



「交渉決裂じゃの」



「交渉なんてしてたか分かりませんが、最早する価値なんてありません」



「ほう?」




「貴方は、私の敵です」





 人間に殺意を直接ぶつけたのは初めてかもしれない。




 少女をマナさんに任せ、ご老人――いな、因縁の敵に向かって駆け出す。



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