#23 門の先には

 


「【ダッシュ】」


「おお、怖い怖い」



 走り込んで大剣を振るが、難なくかわされる。




「逃げてばかりですね!」


「それはどうかのー」




 腰のベルトから、注射器を取り出して、自分の腕に刺す。

 突如、体が肥大化し始める。




「ドーピングですか……」




 はち切れんばかりに膨れ上がった体は、全て筋肉だと主張するように、太い血管が浮き出ている。




「【天運】」



 何に役立つか分からないが、使っておく。

 刹那、赤い線が私の顔面に――




「っ!?」


「おや、外れたかの? 最初は視界がボヤけるのが難点じゃ」




 速い。線を認識したと同時に攻撃が来た。少し横だったら顔面がひしゃげていただろう。



「【飛翔】」



 大人しく飛んで行動範囲の利を取る。

 老人が跳躍の体勢に入る。


 赤い線を避け、大剣を振り上げる。




「ぬんっ!」



「【パワースラッシュ】!!」




 老人のアッパーが空を切り、私の斬撃が、肩に命中する。


 が、



「っ!?」



 肩だけで吹き飛ばされる。

 皮膚が硬すぎて斬れなかった。

 それに、力でも押し負けた。



 どうすれば勝てる? どうすれば攻撃が通る?


 頭を巡らすが、答えは出てこない。




 ――脳筋的なものを除いて。





「【ヒートアップ】」



 肌から赤い蒸気が噴き出てくる。

 力が湧き上がる。




「そちらがドーピングなら、こちらもするまでです!」



「その程度、大して変わらん!」




 老人の拳、私の大剣が衝突し、ヒシヒシとその力が骨に響く。




「はああああああああああ!!」


「ふんっ!」




 気合いでは私が勝っているが、実際はまだ拮抗している。


 この状態から、【飛翔】の勢いと、体重を全て乗せる。




「らあ゛あああああああぁぁぁぁ!!」



「ぐぅ……ふぬぅうううっ!」




 大剣を、振り切る。




「ガハッ…………」



 鉄よりも硬そうな筋肉ごと断ち斬れた。



『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『【飛翔】のレベルが上がりました』『【体捌き】のレベルが上がりました』




 手が震える。

 寒気が全身を襲う。

 それはそうだ。




 人を初めて、この手で殺したのだ。





「ぁ」



 吐き気が一瞬したが、幸いと言っていいのか、【ヒートアップ】の効果時間切れで凄まじい倦怠感が。



 飛ぶのもままならなくなり、ふらふらと降りる。




「立たなきゃ……」




 まだ、戦いは終わっていない。

 このキメラを生み出した張本人は倒せても、他にもいるはずだ。


 この人をそそのかした誰かが。



「カッ――――」



「ったく。この大馬鹿野郎が。何でこんなことをしたんだい?」



 フーさんが、横たわっている。

 全身傷だらけで、いつ死に絶えてもおかしくない程だ。



「エルンストの仇だ。あいつみたいな化け物が殺されたのは、革命を起こしたあいつらだ。師匠は悔しくないのか……?」



「あいつは職務を全うして敗れ、死んだんだろう? ならいいじゃないか。あいつにとって、近衛騎士団団長という立場は気に入ってたようだし」



「でも……」




「それに、あいつを殺したやつはここにはいない。色々探ってみたけど、既に国外に行ったらしいんだよ」



「!」




「あたしゃ、そいつを倒せればいいさ」




 ブランさんの口から、タバコの煙が、寂しく吐かれた。

 事情は分からないが、結果としてはブランさんの勝ちだろう。




「さてと、お前さんはあの子たちを逃がしておくれ」


「分かりました。ブランさんは?」



「このアホをそそのかしたやつをシバいてくるとするよ」



「い、いってらっしゃい」




 タバコを消して、本気になったブランさんの目は、鬼のように恐ろしい。

 絶対に怒らせてはいけない人なんだろう。



 そのままひとっ跳びで、どこか遠くへ行ってしまった。





「こりゃあ、終わったかな……」



「っ!」




 コートを着て、フードを深く被った人がまた現れる。




「同じような現れ方ですね」


「まあ、そのせっかち野郎とそこで隠れてたからな」




 軽く挑発のつもりだったが、効いていない。

 それに、この声。




「何で知り合いばかり敵に回るんですかね……?」


「順序が逆だ。敵だから接触したんだよ」




 王都に来るまでの道中に同行した、旅人のドゥーロさんだ。



 どこから仕組まれていたのだろう?

 ギルドマスターが私を王都に仕向けた後かな。




「まあいいです。それで、諦めて投降してくれるんですか?」




「残念ながら、そうはいかねぇな」



「……」



「もう勝ち目は見えてるが、油断せず倒させてもらう。火の槍よ――――」




 彼の手に、火が出現する。

 この隙にマナさんたちを逃がせているから、結果としては十分だろう。


 痛いのはごめんなんだけどなー。槍が来るのは分かっているので、身構える。












「――――響かせろ、〖サウンドノック〗!」





「ッァ!?」




 ドゥーロさんが、何かに当たって弾き飛ばされる。




「ギリギリセーフか。お待たせ」



 寄って来たのは、サイレンさん。

 今の攻撃も?




「バフとかだけかと思いましたよ」



「あー、詠唱に時間が掛かって、奇襲にしか使えないから」



 使えないから言わなかったと。



 薄情だなー。プンプン。



 冗談は兎も角、助かったのには変わりない。




「ありがとうございました」


「いや、まだ生きてるよ」





 見てみると、壁に寄りかかりながら立っている姿が映る。




「効いたぜ……。こうなったらどっちが死ぬか分からないし、さ晴らしだ。ホントは姫さんとこれで二つ人質にする予定だったらしいけどな」



「何を――」




「ボスはもう無理だろ。あのばあさん、強すぎるし」





 懐から取り出したのは、小さなスイッチだ。




「爆弾、ですか」




「こないだ見せたのとは比べ物にならねぇ、特大のだ。なんたって遺物アーティファクトだからな」




「【パワースラッシュ】!!!」




 よろつく体を何とか奮い立たせ、全力の一撃を放つ。






「一歩遅ぇ」







 スイッチが、押された。

 それと同時にドゥーロさんを引き裂く。




「!?」

「すごい音」






 どこかで、爆発音がした。

 方角的に王都から西側だろうか。




「……ピリースと俺の命の交換……俺の勝ちだろ」




 そう言い残してこと切れる。




『レベルが上がりました』『【大剣術】のレベルが上がりました』






「ピリース…………」


「ミドっさん?」





 ミサンガが、風に揺らされる。







 まずいまずいまずいまずい!




「【飛翔】!!!!」




 どこからこんな力が出たのか分からないが、気にせず飛び立つ。



 急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ。





 まだ、まだ間に合う。




 もっと速く。もっともっと…………。





 西へ西へ、高速で飛ぶ。



 木々が私の下を通る。

 何かの動物も通る。

 村を通過する。

 飛ぶ。

 飛ぶ。



 次々と変わる光景に目をくれることなく、ひたすら、がむしゃら、突き進む。


 目を瞑り、力を振り絞る。





 効果が切れて墜落する。

 多少傷がついたが、意に介さず走る。



 止まらない。止まったら取り返しのつかないことになるかもしれない。




「【ダッ……シュ】!」



 滝のように汗をかいて、息も絶え絶えだ。

 それでも、止まってなるものか!




 走り、飛び、走り、飛ぶ。




 一切休むことなく繰り返し、日が完全に沈んだ頃、ピリースの外壁が見える。




「ぜぇ…………はぁ………」




 よかった!


 何ともなかったのか。

 骨折り損のくたびれ儲けだ。



 折角来たんだし、軽く挨拶して行こうかな。



「…………はあ……はあ」




 門番さんが居ないが、爆発音が聞こえて出っ張ってるのかな。





 門をくぐる。






「…………」





 言葉が、出ない。

 出てきてくれない。



 最初の町は、ピリースは、東側の外壁を残して、無事な場所は無かった。




 門の先には、瓦礫がれきの山が広がっていたのだ。





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