#118 全てを賭けて

 雨が降り始めた。

 しかし戦いは待ってくれない――




 タイミングを見計らうため、私はコガネさんにこの場を託して見守る。


 

「うちが倒しても構へんよなあ?」

「どうぞ」

「なめられたものね」



 多種多様な魔術と思しき攻撃がコガネさんと私に飛んでくる。しかし、そのどれもが途中で減衰したり、逸れたりして全く当たらない。



「【白爪】」



 コガネさんは強化されていそうな身体能力で空中にいる敵に接近、白く伸びた爪で攻撃した。

 命中したかと思ったそれは寸前で止まる。



「……見えない壁やな」

「空間を司る神の力よ。あんた達には越えられない絶対的な壁だから、諦めてもいいのよ?」



「そないなことして何になるん?」

「後ろの彼女にしかもう用はないもの」


「そか。まあそっちも決定打無いよなぁ?」

「…………現実に馴染ませる幻の領域ね。こちらの攻撃も幻にして無効化といった感じかしら」


「せやな【黒爪】」

「――!」



 先程と同じように攻撃を仕掛けている。

 私もまた防がれると思っていたが、相手も驚いているので何らかの方法で空間の壁を越えたようだ。首元に爪がかかる。



「なるほど、実体を持たないものはそちらに操作権があるわけね」

「転移もできるんか。ならこっちも手数を増やすさかい」



 コガネさんは世界スキルによる効果か、9体に増えた。相手もどういう理屈かスキル名も言わずに転移しているので、それくらいは確かに必要だろう。



「【白黒無爪】」

「っ!」



 全てが実体でどこに逃げても必ず近くに現れる神出鬼没の狐。相手も余裕が無くなってきたようだ。

 このまま押し切ってくれるのが一番良いが、そうもいかないはず。そろそろ私も準備しよう。



「【適応】」


 武器は{適応魔剣}大剣バージョンとしての使用だ。詠唱中は右手で持って振るときだけ両手持ちと決めている。


「さて」


 心持ち的にはもうマナさんが封印された時点で準備はできているので、詠唱を始める。




「『光は集い』」


 右側に剣を向け、神々しい光がそこに宿る。




「『闇は巣食い』」


 左に剣を振り払い、禍々しい闇が取り込まれる。



「『焔は焚べられる』」


 空高く掲げると、猛々しい焔が剣を煮詰める。



「『そこには希望も絶望も無く、目的も未来も見い出せず』」


 白と黒を併せ、燃やし尽くして灰となったオーラが剣を包み込む。

 それはどちらにも寄らずただ自分の信じる道を進む証左。



「『数多の救いを切り捨て、終焉を迎える道を歩む』」


 ――ジジッと不自然な音が聞こえる。

 そう、これはシステムに傷をつけることのできる攻撃。何も無い場所ですらシステムによって構築されているのだ。


 詠唱は完了した。

 あとは狙いを定めて放つだけ。




 戦いの行く末を見てみると、丁度コガネさんが相手に腹部を貫かれていた。分身は既に消えてどうやら彼女の幻の世界スキルも解除されているようだ。



「残念ね。これが現実よ」

「せやな。うちでは敵わなかったな。でも――逃がさへんよ【ラグ】」


「?」

「今や!」



 何をしたのか分からないが、相手の体を掴んでいる。今しかない。デバフもかけてくれたみたいだし、転移で逃げられないようにしてくれたのだろう。そう信じたい。



 空中から落下している二人目掛けて走る。

 構えている剣が灰色に鈍くその存在を強調していた。


 ――もう私は天使でなくなり、空を自由に飛ぶことはできなくなった。それでも、私には前に進むための足がある。

 地を這って泥を啜ってでも、進むのだ。





「はあああああぁああ!!」

「な!? 何が……思考が鈍く…………」

「一緒に斬られようやないか」



 跳ぶ。



「これで終わりです!」


「今すぐ、転移をしないと……」

「ミドリはん!」





「【総てを砕く我が覇道イニグ・ミカエラ】」







 一閃。

 全てを否定する一撃が放たれた。

 同時に雨雲すらまとめて吹き飛ばす。


 勝者を讃えるように、まばゆい陽の光が私を照らし出した。


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