#119 未来のために

 



 私の今ある全てを出し切った斬撃は、コガネさんもろとも相手を真っ二つに斬り裂いた。

 そのまま私は投げ出される形で地面に落下。

 コガネさんの幻術も切れ、私はピクリとも動けなくなった。


 むしろなんで生きているのか。



「っと、コヘッ……マナさんの封印は解けるはずですしストレージから――」

「全くとんだ大損をしたわ。こんなことならあの子に任せておけばよかった」



「な、んで……」



 ついさっき確実に仕留めた相手が立ち上がっていた。



「なんで生きているのかって? 【復活】のスキルのおかげね。でも、あんたらの奮闘が無駄ではなかったからそこは安心なさい」


「チートじゃ、ないですか、おえ」




「でもねぇ……一度でも死んだら空間神としての力は失われるから。それが時空の制約だから仕方ないけど」


「意味わかんないですけど、とりあえずもう一回倒せばいいんですね」



 もう限界をとっくに越えているが、ここで倒しきらないとマナさんが……!

 至る所からこぼれる血を無視して剣を握り、立ち上がるために足に力を込める。



「あんたを生かしているのは私よ。やめておきなさい」

「ぐっ……」



 必死に力を入れるが立てない。

 少しずつ近付いてくる相手に何もできない。



「空間神の力は失ったけど、あんたのその力を奪えばとりあえずプラマイゼロでしょう。【強欲の――――」


「【真打登場】【影斬】☆」

「……ふっ!」



 本体のシフさんが現れて不意打ちをしたが、見事に回避されて蹴りで吹き飛ばされた。そこはしっかり決めて欲しい。



「ガハッ……これ、私早めに死んだ方が良さげですかね…………」

「勘のいい子ね。まあ動けないでしょうけど」



 おっしゃる通り、自殺するだけの余力は残っていない。減らず口を話せるので舌を噛むことはできるけど、噛みちぎれるほど力めない。



「彼女に手出しはさせないっ☆」

「……【召喚・龍】」




 また龍が現れた。

 2匹もいてはシフさんもしんどいだろう。私の救出が目的なら尚更だ。




「お、助っ人がいるね☆」

 〈どらごーーーん!!〉



 遠くからいつぞやの竜神の姿に似たどらごんが突進し、出てきた龍に喰らいつく。頼もしい限りだ。



「まあ足止めは十分。さっさと回収すればいい話よ」



 〈【どらごん】!〉



 どらごんが地面から木の根や枝で攻撃する。

 だが、その全てが無言で発射された火の魔術で燃やされた。そして邪魔をするように龍がどらごんに絡みつく。



「あ、遺言とかしても?」

「それで時間稼ぐつもりね。出血死が狙いかしら。させるわけないでしょう」



 ですよねー。

 未だ名前も知らない怨敵が、私に手のひらをむけている。予言通りなら絶賛封印中の【不退転の覚悟】が奪われるのだろう。ここから逆転の目はないものか……。



「これは……!?」

「ん? 花びらですか?」


 美しい花びらが舞っている。

 相手も驚いていたので同じ方向を見てみると、そこには大きな大きな木があった。

 白い花がたくさん咲いている木は、この街のシンボルたる時計塔の屋上から生えている。先程までは何も無かったので明らかに何かが起こった――いや、


「まさか――」



 こんな非常事態に普通は時計塔なんて誰も行かない。でも、可能性があるとしたら、それはあそこのことを尋ねてきた花屋さんなのではないか。

 彼にそんなことができるのかは分からないが、なぜか相手はそちらに釘付けになっている。



「最期まで、馬鹿な男だったわね」

「……」



 目の前の彼女はどこか晴れやかな表情を浮かべていた。



「予想外の時間稼ぎをされたけど、きちんと目的は果たすわ」

「その前に、あのおじいさんは何者なんです?」



「そうね……ただ、恋に溺れた馬鹿な男ってところかしら」

「貴方に恋を?」


「まさか。マナンティア――あんたのよく知るマナに、よ」



 マナさんとあのおじいさんが知り合いだった?

 やはりよく分からない関係性だ。



「ギリギリセーフだね☆」

 〈どらごん〉



 龍をあっさり仕留めたシフさんとどらごんが相手に向き直る。どらごんは時間制限でもあったのか、元の間抜けな姿に戻っていた。



「また呼び出せば済む……なるほど。そっちが来たのね」

「正解☆ さあ、我らが皇帝陛下のお出ましだ! 道を開けてこうべを垂れようか☆」



 瞬間、私の目の前に太陽が落ちた。




「ずいぶんと小癪なマネをしたのう。おかげで龍の肉で数ヶ月は宴ができそうじゃ」



 蒼く美しい髪が熱気を帯びてたなびく。

 まるで風に揺らめく火のように、苛烈で鮮烈に皇帝さんが佇んでいる。



「は〜、時間切れね。色々な要素で邪魔されたから仕方ないか」

「なんじゃ? 貴様が仕掛けた喧嘩じゃろう。わらわはまだ拳を収めるつもりはないんじゃが」


「私達で殺し合って消耗するのは、お互い望むことじゃないでしょ」

「……今の貴様なら倒せるぞ?」


 皇帝さんの言葉で空気が冷える。

 2人の殺意やらの圧がぶつかり合っている。



「その気がないのは分かるわ。ここで私が暴れてもあんたにとっては痛手しかないもの。大人しくここらでおいとまするわよ」

「ふん、腑抜けめ」



「さようなら。……ミドリ、あんたとはまた会うから言うけど、次は一方的に蹂躙するから」

「次こそマナさんの願いを果たしてみせますよ。私たちで貴方を、必ず



 フッと一笑し、スキルを使って消えていった。

 そして、間に居た皇帝さんが一言私に言い放つ。


「よし。ひとまず楽に殺してやろう」

「お願いします」



 心身共に胸は空洞、全身ボロボロで血まみれなのだ。ひとおもいにリスポーンしてリセットしたかったので助かる。


「ほれ」


 私に指を向け――







  「……あ、え? 死んだ?」



 気が付くとリスポーン地点に居た。







 ◆ ◆ ◆ ◆


 ――時計塔の頂上で、死を待つのみだった老人は希望を繋いだ。




 もともと、彼は永き時間の流れに抗うため、自らの全てを生命力に転換して生き延びていた。


 それはいつかの再会のために。

 それはいつかの願いのために。


 最期に自身の全てを捧げて生みだした木は、戦場に癒しをもたらすかのように花びらを散らす。


 魔物が退いた防衛線ではその木に見とれ、戦いの終わりを感じ取った民衆は呑気にその木を見上げ、降り立った太陽は傲慢にその木を無視し、大切な存在を失って疲れ果てたミドリとコガネはその木を静かに眺めていた。



 その木の名は“■■■■■”。

 花言葉は“永遠の未来”。



 かつて歴史から消えた、この世界だけの独自の植物であった。

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