#120 気分転換
――昔の自分を知っている、たまにしか話さない異性と二人っきり。それはとても気まずいのではないか。相手が昔の私の様子を覚えているかの確認もしにくいから余計に気まずいだろう。
私は今、幼馴染というより昔馴染みの人と二人っきりになっていた。
最近公園とかで遭遇したりはしたが、相手の家で話せるほどの話題は無いのだ。
今日、私とお母さんで買い物に行く途中、彼ら
その昔馴染みの弟さんは黒川
そして姉の方は黒川
凛さんが相手なら話題はたんまりあるが、共通の話題の少ない
「……一発芸の練習とかしてていいですよ」
「無茶ぶりすぎる。あー、そういえばAWO始めたんだっけ?」
一発芸は見られなかったが、共通の話題を提示してくれた。
確かにこの
「ええ、辛いことも苦しいことも多い世界ですけど、楽しめてます」
「そっか。まあうん、よかったんじゃない?」
ゲームの感想といった形で伝えたのは微妙だったようだ。
それを聞いて喜ぶのはゲーム開発に携わっていた彼の父親くらいか。
「凛さんとは既にフレンド交換しているのですが、どうです?」
「知らんところで仲良いよね、2人って。フレンドは……まあしとくかぁ」
「どっちでも良さげな表情ですね」
「実際問題どっちでもいいからね。知り合いにはまず居ないから平気だし」
それには私も自信を持って同意できる。
ゲーム外でもフレンド登録ができる機能は本当に便利、などと話しながらフレンドを登録した。
「クロ? え、
「なに、え、知ってるの?」
彼のプレイヤー名はクロ。色んなところで話題に出てくる、例の人物だった。カオスさんのおつかいとかもあるが、それ以前に――
「年上の女性にメイド服を着させて侍らせるのはちょっと……」
マツさんの言っていたご主人様なる存在がこの人だったとは。控えめに言ってドン引きである。
関わったら私までメイドにされてしまう! えんがちょー!
「それは完全に違うんだって!!」
「はいは~い、ご飯だよ~」
エプロン姿の凛さんが鍋を持って登場。
真夏の昼間から鍋とは。やはりお母さん含め、ここにいる人達でまともなのは私だけらしい。
「話を聞いてくれ!」
まあ、たまにはこういう騒がしい食卓もいいものだ。
◇ ◇ ◇ ◇
昼間は賑やかだった。
あの後、マツさん自らのメイドRPだというのを知ったが、それを受け入れる方も受け入れる方。どちらも変人という枠組みで私の認識は確定した。
「はぁ」
ここは時計塔の屋上、例の木にもたれかかって町を眺めていた。
あの戦いから既に三日経過した。
傷心の私はログインから逃げていたが、もう逃げてもどうしようもないと割り切ったのだ。
町の様子はかなり元通り、それもそのはず王都のような火事は起きていないため、戦闘で破壊された一部の建物以外は大した損傷はなかった。その壊れた建物もすでに直りかけている。私はもう飛べないので手伝えることもなくここにいる。
「配信、やめようかなー」
もともと道案内のために始めた配信。気分で続けていた部分もあったし、今は仲間もいるからそこまで必要とは思えない。幸いマナさんの状態のことは仲間内で留めているので、視聴者を傷つけずにやめるなら今しかない。
「飽きたので配信やめます、こんな感じでいっか……」
あとは送信するだけ。
文面は不自然なところのない私らしいだろう。違和感を覚える人もいないはず。
送信ボタンに指を近づける。
「ここにいたか、探したよミドリくん」
「ぴゃあ!?」
後ろにパナセアさんが立っていた。
驚いて送信ボタンを押し損ねてしまった。
「な、なな、何かありました?」
「そちらの方が何かありそうだが……まあいい。どうやら私のメッセージは見ていないようだから直接告げに来た」
あ、そういえば数日間放置したのだから何かしら連絡は来ていたか。すっかり失念していた。
「良いニュース――はないな。悪いニュースが3つあるがどれから聞きたい?」
「どれも聞きたくないです」
「1つ目はサイレンくんが離脱した」
「え?」
「どうやら今回の戦いで思うところがあったらしく、修行に行ってくるとのことだ。名残惜しくなるからメッセージでの連絡だった。ちなみにもうクランからも脱退している。確認をしてくれ」
「……」
メニューからクランの画面を開く。
そこには私とパナセアさん、どらごんの名前しか入っていない。今聞いたサイレンさんもだが、封印されたマナさんも脱退認定らしい。
「確認しました。本人の意思に任せますよ」
「そうか。ではもう1つの悪いニュースだ。君のストーカーくんが仲間になりたいらしい」
ストーカーっていうのは……エルフのストラスさんしかいないな。結局龍は倒してくれたのか。戦力的には欲しいカードではあるが、うーん…………。
「断ってもつきまとってきそうですし、仕方ありませんね」
「了解した。そう伝えておこう」
「で、最後まで温めたニュースとはなんですか?」
「――邪神教というのを知っているか?」
「!」
邪神教、その名は帝国でネアさんから聞いた。私を狙っていた謎の集団だったはず。
どうしてそれをパナセアさんが?
「邪神教としての目的は不明だが、その教徒を名乗るプレイヤーと遭遇した。サイレンくんの相手もそうらしい」
「それって人形を操ってた変な人のことですか?」
「そうだね。そいつも私が会った姉妹も、君の厄介なファンだった」
「んー? 急に話が見えなくなりましたよ?」
「つまり邪神教自体の目的に君が関係する可能性があるということだ。どうしろというわけでもないが、せめて注意はしておくといい」
「分かりました」
となると、今私が配信をやめるとエスカレートするかもしれない。ここは問題解決後にやめる方が得策かもなー。
「やっぱしここにおったか。や、ミドリはん」
「コガネさん、やっです。どうしてここが?」
パナセアさんの方を一瞥するも、私ではないと首を振っている。
「うちもここはお気に入りやさかい、ここかなって思うてなぁ。前、ミドリはんとマナはんがおったのは見とったし」
「そうなんですか? ……あ! あの時誰かがいたって思ったのは!」
「うちの幻術や」
「そういうことですかー」
既に私たちは出会っていたのか。
それならここが分かっても不思議ではない。
「そうそう。お願いがあって来たんやったわ」
「お願い?」
「ほう」
「うちも旅路に同行したいんや」
「いいですよー」
「リーダーに同じく。君にはずいぶんとマナくん含めお世話になってるし断る理由はないだろうね」
「……もう少し厳しいと思っとったから拍子抜けやわぁ」
「ちなみに、もし面接をしてたらどんな動機を話していました?」
「ミドリはんはあの女を倒すつもりやろうし、ついてったらライラはんとも会える思うてね。まだ、メロスはんの言葉を伝えられてへんさかい」
何と言うか、本当に――
「ふん!」
「わっ!? なんでしばいたん?」
軽くお腹を叩いてやった。
理由を言うつもりはない。この優しい狐っ子はきっと無自覚だろうし。
「ふっ、いい仲間ができてめでたいことだね。……あ、そういえばサイレンくんの親族の服屋が会いたいと言っていたよ」
「キンモクさんですか。では、全員で行きましょうか。そろそろ買い替え時ですし」
「はあ、スルースキルが高いなあ。うちも慣れなあかんわ」
今日はもう日も暮れる頃合いだし、後日揃って行くことになった。
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